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こどもと本ジョイントネット21・山口


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「古地図を片手に街を歩こう 肥中街道・山口」に参加しました@ [2019年06月04日(Tue)]
肥中街道は、山口市道場門前安倍橋から湯田を通って下関市豊北肥中を結ぶ、17里23町(約70q)の街道です。
中世、大内氏が海外貿易に使用したことで知られています。
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(▲「古地図を片手に街を歩こう 肥中街道・山口」ガイドブックより)

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(▲「国絵地図でみる肥中街道」(「古地図を片手に街を歩こう 肥中街道・山口」ガイドブックより)

5月11日(土)、山口県立山口博物館主催の「古地図を片手に街を歩こう 肥中街道・山口」に参加し、
古地図を片手に肥中街道を左畑(現在の佐畑)から標高373mの大峠への寺領の山道に入るところまで歩きましたぴかぴか(新しい)
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(▲「古地図を片手に街を歩こう 肥中街道・山口」ガイドブックより)

人気の講座で定員20人のところを大幅に増やしたけれど、落選された方もいらしゃったそうですふらふら

集合場所の山口市吉敷地域交流センターでまず、肥中街道についての座学。
当時秋穂街道も使われましたが、主に肥中街道が使われたそうです。
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山口県には、長州藩絵図方が製作した美しく詳細な絵図がたくさん残っています。
その中で、防長両国全550余りの村ごとに作られた絵図『地下上申絵図(じげじょうしんえず)は、1700年代中心に製作されたもので、村々から提出した「地下図」と絵図方が清書した「清図(せいず)の2種類があり、特に清図の方は美しく彩色され、一村ごとに村境に沿って切り抜かれた独創的な形をしています。
村の境目を図示し、視覚的にするための地図で、水路だけでなく溝まで地図に描いています。

今回は、その中の『吉木村清図』(18世紀後半 山口県文書館/蔵)を片手に肥中街道を歩くイベントです揺れるハート
先程も書きましたが、清図の「清」とは、清書したという意味です。
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成立過程 『一村限明細絵図』は原則として二種類が作成された。最初、各村から藩絵図方へ個々の村絵図が差出され、絵図方はそれを下図として正式の村絵図を清書した。各村から差出された下絵図を「地下絵図」(地下図)と呼び、絵図方で清書したものを「清絵図」(清図〉と呼んで区別している。地下図には原則として各村庄屋の名前と差出年月が記載されているので『一村限明細絵図』全体の成立経過を知ることができる。(略)
地域的まとまりをもって差出年号の最も早いのは小郡、山口宰判の各村で享保十三年(一七二八)五月(略)である。

(川村博忠「藩政基本資料としての地方絵図―萩藩の村図・郡図・小村図ー」(『歴史地理学紀要』第30号 1984)P98、99より引用)

『吉木村地下図』(1728(享保13) 山口県文書館/蔵)
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「今何が残っているということだけではなく、江戸時代の空間を、絵図を通して想起して欲しいです。絵図に川や水路があり、現在の位置にそれが見当たらなければ、暗渠になっていないか探してみる。なぜ水路が引かれたのかを考えてみる。まちの成り立ちを考えてみる。」
と講師の山田稔さん(山口県立山口博物館 学芸員)。
「それを考える助けとなるのが歴史資料です。役に立つ資料はないか、博物館や文書館、図書館などで探してみましょう。」とさすが、山田さんは、文書館にいらっしゃっただけありますねわーい(嬉しい顔)

山口市吉敷地域交流センターをいざ出発exclamation×2
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後ろ姿は、山田稔さんです。後を付いて歩きますわーい(嬉しい顔)
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肥中街道に沿って用水路があります。
(用水路に沿って肥中街道がある、というべきでしょうか?)
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これは何でしょうか?
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今日は、用水路の水の流れに勢いがあります。
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国道435号が遠くに見えてきました。
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国道435号を跨ぐと、赤田庚申塔があります。
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赤田の庚申塔のそばの地蔵堂
中にある地蔵は、坐像のよう見えますが、立像です。
下部が囲われているので分かりにくいです。
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丸彫立像
もとは1209のわいわいハイツのところにあった。
道路拡張の際、後利益著しい地蔵尊なので現在地に移して、手厚く祀っているとのこと。
堂内に
 山根音一開店40周年奉謝改築 昭和15年
の記文あり。

(『山口市の石仏・石塔(1) 〜平川・大歳・吉敷〜』(山口の文化財を守る会/編 山口市教育委員会 2002.3)P205より引用)

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吉敷川が遠くに見えてきました。
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矢田義溝碑
今は吉敷川沿いにありますが、もとはこの場所に建っていなかったとのことです。
義溝碑とは、「公共のために設けた国の用水をひくための水路を建設した功績を、後世に伝えるため建てた石碑(『吉敷さんぽ』P112より引用)のことです。
花崗岩の自然石にして銘を彫っています。
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多くの書物が「大田義溝碑」中には「太田義溝碑」としていますが、『山口市史 史料編 民俗・金石文』(山口市 2015.3)P797より「矢田義溝碑」としました。
篆額を見ると、篆書の「大」より「矢」のような気がします……多分。
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なので、篆額は「矢田義溝記」。
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赤田の矢田太兵衛は、吉敷川の四の宮の下の井手から水を引いて、赤田、佐畑、中村などの水田に水を引いて、いねがよく育つようにしました。(『ふるさと よしき』(山口市立良城小学校 1999.3)P58より引用)
それを称えて、1888(明治21)年に建立されました。

関屋。この辺りから肥中街道は吉敷川河畔を進みます。
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用水路。
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沓掛川が吉敷川に流れ込む地点。
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この辺りに一里山があったそうです。
一里山は一里塚のことで、長州藩ではこう呼んでいたそうです。
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『吉木村清図』には、壱里塚が図示してあり、
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萩より 八里廿三町
山口より 一里廿三町
肥中より 十四里
此一里山ハ山口道場門前ヨリ吉木(敷)大垰(峠)(、)岩永(、)河原(、)大峯之内曽根市(、)三(杉)豊浦郡之内麻生(、)本郷市(、)八道(、)田耕(、)瀧刀(滝部)(、)肥中迄之一里也


と記されていますが、
現在では正確にその位置を知ることはできません。

この地点は、対岸の土地が少し高くなっていて、橋が架かっていたことがわかる、とのことです。
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肥中街道は周防四の宮・赤田神社の鳥居前を左に進みます。
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鳥居前の灯籠のところに道標があります。
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右  中尾 佐々並
    大内義興卿墓北二十
左  畑 大田


今日は、赤田神社を参詣し休憩をとります。
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今、二の鳥居と呼ばれ、地図に記載されている位置にある鳥居の右の柱には
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赤田神社之□□□内五社之一也養老元年始所社□□以蕐表之朽壊一郷
之士(カ)描換以石両供千載不朽焉于時元禄十一年戌寅八月日


と記されていますので、1696年建立です。
ということは、古図の鳥居の絵はまさにこれですひらめき

寺領川が吉敷川に流れ込む地点。
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橋を越え、赤田神社へと進みます。
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古地図にある橋がもしかしたこの橋?
などど夢想しながら進みます。
赤田神社は赤田明神と記されています。
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何度かご紹介していますが、赤田神社境内。
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境内にある二番に古い石造物は1740年建立の鳥居です。
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元文五庚申八月吉祥

この彫刻は「源頼政鵺退治図」で、朝田神社の奉納額(1860(万延元)年)と同じテーマです。
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お百度参りの数え玉。
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日本画家 内藤鳳岳筆の拝殿天井の龍図。
寝ころんでみたらいいよ、山田さんのアドバイスで、寝ころんで撮影してみました。
迫力あります。
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前から気になっていた大きなしゃもじですが、宮島参拝のお土産を奉納したものだそうです。
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本殿の両側の虹梁には波兎の彫り物があります。
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恵比須神社の神額、天井絵、奉納額。
今回は、社殿に入れていたただき撮影しました。
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岩屋の絶壁。
今回は、右上の方にある碑らしきものを撮影することに成功わーい(嬉しい顔)
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岩屋の淵。
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【次回に続く】
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