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こどもと本ジョイントネット21・山口


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宇佐八幡宮にシャクナゲを見に行きました@ [2019年04月17日(Wed)]
防府市大字鈴屋にある宇佐八幡宮の境内及び併設のしゃくなげ園で、約1000本のシャクナゲが咲き誇っているというので、4月16日(火)、行ってみましたぴかぴか(新しい)

行ってみると、茅葺屋根の神社で、近くにこんなすてきな神社があったのかと感激わーい(嬉しい顔)

旧県道そばの社頭。
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一の鳥居前の灯籠。
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一の鳥居前狛犬阿形。
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一の鳥居前狛犬吽形。
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台座に
天明八 戊申秋
とあるので1788年の建立です。
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一の鳥居の神額「八幡宮」。
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一の鳥居に
天明八年戊申之春
とあるので1788年の建立です。
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竿が自然石の灯籠。
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一の鳥居を振り返ってみます。
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参道にある境内社。
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さらに参道を進みます。
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灯籠。
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竿に
寛政十年戊午
とあるので、1798年の建立です。
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県道24号(防府ー徳地町堀)が見えてきました。
「古社 宇佐八幡宮」という大きな看板が建っています。
そのすぐそばに参拝者用の駐車場入り口の坂道があります。
また、防長交通「鈴屋」のバス停もあります。
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県道を横切って、さらに参道を進みます。
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火袋がありませんが、灯籠でしょうか。
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寛政六甲寅
と読めるので、1794年のものです。
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橋。
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安政四年 丁巳
とあるので、1857年建立です。
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階段を登ります。
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二の鳥居が見えてきました。
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二の鳥居の前の狛犬阿形。
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二の鳥居の前の狛犬吽形。
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二の鳥居。
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二の鳥居の説明板。
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佐伯稜威雄顕彰碑。
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佐伯稜威雄顕彰碑の説明板。
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当宮の祠官で本名を鞆彦といい、鈴木高鞆に就いて国典を学び八幡隊に入り、兄徳永秀之と共に山口に久坂玄瑞を訪ね、名を宮藤主水と変じ共に京都に入った。
元治元年(1864)6月5日池田屋に於いて吉田稔磨、杉山松助等と討幕を謀議中、新撰組に察知され、六角の獄に囚われ翌慶応元年6月4日斬殺された。享年 42歳
  辞世の句
いとはしな
  太刀のやきはにかかるとも
     かねてかためし大和魂
(顕彰碑説明板より)

赤さま。
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赤さまの説明板。
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手水所。
谷川に懸かる筧があり、山水で清めます。
冷たい水が気持ちいい揺れるハート
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参道を振り返ります。
参道には桜が植えてあり、両側にたくさんのシャクナゲが植えてあります。
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更に参道を進みます。
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階段を登り切って後ろを見ます。
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社殿。
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拝殿前狛犬阿形。
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拝殿前狛犬吽形。
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社務所横にも手水がありました。
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拝殿。
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拝殿横。
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幣殿。
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本殿。
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由緒書。
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一、御祭神 
譽田別命(応神天皇)
気長足姫皇后(神功皇后)
奥津嶋比賣命、市寸嶋姫命、多紀津姫命 −(三女神)
一.創立・由緒
御創建は宇多天皇の寛平三年(西暦八九一)佐々木徳寿丸が全国八幡宮の総本社鎮西宇佐神宮に参籠、皇祚延長・天下泰平・国家安全・五穀成就・惣民豊楽を奉祈したる御神璽を供奉し、八筈岳中程の伊勢山に鎮祭し創祀とす。その後六四三年を経た後奈良天皇の天文二年(西暦一五三三)八幡宮の御璽が現在の社地鈴寶山の大岩上に御飛座の神変出現したが為、久満佐渡左衛門尉重友が寶殿を建立し移祭した。
一五七年を経た元禄三年(西暦一六九〇)社殿焼火す。元禄七年(一六九四)御神殿を再建、天明五年(西暦一七八五)幣殿・拝殿を再建し今日に至る。
一.神態
明應二年(西暦一四九三)征夷大将軍足利義稙・畠山義豊・細川政元と河内の正覚寺に戦い、敗走して当地に下り、再び大将軍たらんと当宮に参り戦勝祈願のため鐘、太鼓を撃たらしめ、舞踊らしむ。その時より今日に至るまで俗に鐘踊と唱え、毎年例祭にはこれを執行し神意を慰め奉るものである。
一.古跡
八幡宮古跡は伊勢山と唱え八筈岳の山腹にあり境内には石垣・石檀・鳥居・燈籠・石の御神堂もあり、又天より岩上に鎌降り其の名を鎌降石と唱う大岩重なりて其の間に霊松あり(現在は枯木)依りて其の鎌を神璽とし鎌八幡と唱え奉り一社堂ありしも天保十一年御神璽を八幡宮末社真尾鎮座大歳神社へ御相殿とした。
一.宝物 八幡縁起弐巻
明暦四年(西暦一六五八)奉納、神功皇后三韓征討并に築(筑)紫に凱旋して皇子御誕生、八幡宮御神号の由縁・築(筑)前箱崎八幡宮御鎮際の由縁・同所逆松の由縁・誉田別命三歳の児童と顕れ神勅を告げられし由縁・京都男山八幡宮御分霊の次第・宇佐八幡宮へ和気清麻呂直言の事等種々記載の縁起。
大鈴
この地に天より降りしものと伝う平円くして恰も神代の物の如し之に依り鈴屋と云う。降りし跡鈴ケ森と唱え今も残存せり。
太鼓
慶長十六年(西暦一六一一)旧領主毛利氏より奉納、豊民秀吉公朝鮮征討の時の太鼓たりしと云う。
一.例祭日
歳旦祭り 一月一日
節分祭(厄除祈願祭) 二月節分の日
祈年祭(春祭) 五月十五日
例大祭(秋祭) 旧暦八月十五日に近い日曜日
新嘗祭(新穀感謝祭) 十二月三日

(境内由緒書より)
 ※境内由緒書は、「皇作」とありましたが、「皇祚」の間違いだと思われるので訂正してあります。

八幡縁起弐巻は極彩色の絵巻物だそうで、ぜひ見てみたいです揺れるハート
宝物の写真は、宇佐八幡宮宝物のサイトに一部掲載されています。

建造物説明板。
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防府市指定有形文化財(建造物)
宇佐八幡宮本殿(うさはちまんぐうほんでん) 一棟 
  附 棟札(むなふだ) 一枚
宇佐八幡宮拝殿(うさはちまんぐうはいでん) 一棟 
  附 棟札一枚
  平成一五年(二〇〇三年)八月二十九日指定 
 宇佐八幡宮は、社伝によると寛平(かんぴょう)二年(八九〇)に豊前国の宇佐八幡宮から勧請され、天文(てんぶん)二年(一五三三)、現在地に社地を移転したとされています。
 本殿は桁行(たけゆき)三間(約五.八m)梁間(はりま)二間(約三.六m)の三間社流造(さんけんしゃながれづくり)。貞享(じょうきょう)五年(一六八八)、右田毛利氏三代当主毛利就信(もうりなりのぶ)による再建で、県内に現存する数少ない十七世紀の神社建築本殿です。
 拝殿は桁行三間(約八.〇m)、梁間三間(約六.〇m)の入母屋造(いりもやづくり)で向唐破風造(むこうからはふづくり)の向拝(こうはい)がつきます。文政(ぶんせい)二年(一八一九)に、右田毛利氏九代当主毛利房顕(もうりふさあき)と周辺五か村の氏子とによって再建されました。
 なお附指定の棟札には、再建の経緯や工事にかかわった人々の氏名等が記されています。

(境内説明板より)

2002(平成14)年から2003(平成15)年の工事で、本殿、拝殿ともに屋根が本来の茅葺になりました。
茅葺屋根の神社建築は現在では数が少なく貴重です。

「宇佐八幡宮の腰輪踊」説明板。
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防府市指定無形民俗文化財
宇佐八幡宮(うさはちまんぐう)の腰輪踊(こしわおどり)
   平成四年九月一日指定
 この踊りは、宇佐八幡宮の秋祭り(旧暦八月十六日に近い日曜日)に奉納されるもので、「からんこ」とも呼ばれています。社伝によると、政争で京都を逃れた室町幕府将軍足利義稙(あしかがよしたね)が大内義興(おおうちよしおき)を頼り周防国に滞在中、義稙が戦勝を祈願して踊りを奉納したことに由来するといわれています。
 踊り手は胴取り二名、棒使い二名、鉦鼓(しょうこ)たたき八名で構成され、胴取りと鉦鼓たたきは、しごき帯と呼ばれる色とりどりの踊り帯が取り付けられた腰輪を付けますが、この踊りは県内の他の腰輪踊には見られないものです。
 神前で胴取りと棒使いが相対し、鉦鼓たたきがそれを囲み円陣を作り、全部で十二通りの踊りを二回繰り返して奉納します。
 現在は、鈴屋(すずや)地区、奈美(なみ)地区の子供達が交代で踊りを奉納しています。

(現地説明板より)

社殿前のご神木。
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本殿裏にある人丸社。
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「茅葺き屋根保存修理竣工」碑。
2018年葺き替えた記念碑です。
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本殿裏には自然石の立派な石垣があります。
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飛座船石。
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飛座船石の説明板。
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この大岩は寛平三年(八九一)佐々木徳寿丸が全国、八幡宮の総本社鎮西宇佐神宮に参籠、皇祚延長、天下泰平、国家安全、五穀成就、惣民豊楽を奉祈したる御神璽を供奉し、真尾八筈岳中程の伊勢山に鎮祭し創祀とす。
その後、六四三年を経た後奈良天皇の天文二年(一五三三)八幡宮の御璽がこの大岩上に神変出現した為、久満佐渡左衛門尉重友が寶殿を建立し移祭したと言うご創建縁の大岩である。

(説明板より)
 ※説明板「天文二年(一五二三)」となっていましたが、天文2年は1533年なので訂正してあります。


【次回に続く】
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