CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る

こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


検索
検索語句
<< 2018年12月 >>
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
最新記事
カテゴリアーカイブ
プロフィール

こどもと本ジョイントネット21・山口さんの画像
月別アーカイブ
最新コメント
クルミのみ
宮沢賢治とクルミの実 (10/06) そらいろ太陽
木漏れ日 @ 鴻ノ峰ハイキング (06/14)
タグクラウド
日別アーカイブ
http://blog.canpan.info/jointnet21/index1_0.rdf
http://blog.canpan.info/jointnet21/index2_0.xml
干し柿を作りました [2018年11月19日(Mon)]
10月20日、渋柿をいただきました。
IMG_9429.JPG

干しやすいように柄と枝の一部の付いています。
IMG_9430.JPG

さっそく剥いて、干し柿を作ることにしましたぴかぴか(新しい)
枝と柄のT字型の部分を紐で結びますが、
このT字型の部分を鐘突きの道具に喩えて「撞木」(しゅもく)と呼ぶそうです。
IMG_9431.JPG

10月27日、蒂から実が落ちそうな感じになったきたので、
BD48B332-E2F1-4659-966B-FAF8EACC4969.jpeg

はずしました。
D5063AFA-244E-43CD-81C0-75C01BAB35C2.jpeg

マイルドな上品な甘さが病みつききになりまするんるん


食べ物の話題の後、紹介するには気が引けるのですが、
中原中也の詩の中で「柿」が出てくるものは、
中也の第2詩集『在りし日の歌』にこんな詩があります。


三歳の記憶

縁側に陽があたつてて、
樹脂
きやにが五彩に眠る時、
柿の木いつぽんある中庭にはは、
土は枇杷
びはいろ 蝿はへが唸く。

稚厠おかはの上に 抱へられてた、
すると尻から 蛔虫
むしが下がつた。
その蛔虫が、稚厠の浅瀬で動くので
動くので、私は吃驚
びつくりしちまつた。

あゝあ、ほんとに怖かつた
なんだか不思議に怖かつた、
それでわたしはひとしきり
ひと泣き泣いて やつたんだ。


あゝ、怖かつた怖かつた
――部屋の中は ひつそりしてゐて、
隣家
となりは空に 舞ひ去つてゐた!
隣家は空に 舞ひ去つてゐた!
山口市の市章A @ 司馬遼太郎『街道をゆく1 甲州街道、長州路ほか』より「瑠璃光寺など」 [2018年10月11日(Thu)]
【前回9月20日の続き】

FB5BD2EA-3409-4D40-81C6-4563C9FC9BBA.jpeg

山口市章はどうだったのか、山口市立中央図書館のレファレンスに問い合わせていたところ、本当に丁寧なご返事をいただきましたぴかぴか(新しい)

結論として、簡単に言えば下記の通りです。

1907(明治40)年山口町に紋章審査会が設けられ、山口町の紋章を募集したところ、53名の方から応募があり、10点に絞り、さらに、審査したところ、一等に、星に山口の二字をデザインしたものと山口の二字を菱形にしたものの二点が、選ばれました。
ですが、永代山口の紋章に制定するには足らず、ということで町章としては採用されませんでした。

ですが、1942(昭和17)年『市勢要覧』の表紙には、山口の二字を菱形にしたものが、何故か、使われています。
確認しましたが、1907(明治40)年11月29日の『防長新聞』と1942(昭和17)年の『市勢要覧』とに掲載されていたデザインは全く同じでしたexclamation×2

その後、1944(昭和19)年、山口市章を募集したところ、100点の応募があり、11月15日市章決定しました。
これが、現在の市章です。

山口市章.jpg


司馬遼太郎『街道をゆく』には、

 山口市の市章は、大内氏の紋所であった大内菱おおうちびしである。毛利氏の前の時代の国主だった大内氏の首都だったために、いまも山口市民にとってはその公家くげふうの文化が誇りであるようであった。

とあります。

▼大内菱
大内菱.jpg

司馬遼太郎『街道をゆく』第1巻第5章は、「週刊朝日」の1971年5月14日号から7月9日号に連載されました。
旅の時期は1970(昭和45)年6月10日前後ということですから、当時は、現在お馴染みの山の中に口を円形にデザインものだった筈です。
どうして、司馬が「大内菱」を山口市章として認識したのか、結局のところわかりませんでした。

さらに、疑問は、当時この『週刊朝日』を読んだ山口市民が、違和感を何故感じなかったかということです。
疑問は残りますが、残念ながら、今としてはわからない、としか言えませんがく〜(落胆した顔)

ご存知の方があれば、ご教授お願いいたします。

蛇足ですが、下関市の合併前の市章(1909年11月15日〜2005年9月30日)は、
下関の「関」を菱形に意匠化したものです。
もしかして…????
下関市旧市章.gif



続きを読む...
宮沢賢治とクルミの実 [2018年10月06日(Sat)]
日本で最初にクルミの化石を発見したのは宮沢賢治です。
宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』にジョバンニとカムパネルラがプリオシン海岸でクルミの化石を見つける場面があります。


「おや、変なものがあるよ。」
カムパネルラが、不思議さうに立ちどまって、岩から黒い細長いさきの尖ったくるみの実のやうなものをひろひました。
「くるみの実だよ。そら、沢山ある。流れてきたんぢゃない。岩の中に入ってるんだ。」
「大きいね、このくるみ、倍あるね。こいつはすこしもいたんでない。」
「早くあすこんへ行って見よう。きっと何か掘ってるから。」
二人は,ぎざぎざの黒いくるみの実を持ちながら、またさっきの方へ近よって行きました。

(略)
「君たちは参観かね。」
その大学士らしい人が、眼鏡をきらっとさせて、こっちを見て話しかけました。
「くるみが沢山あったらう。それはまあ、ざっと百二十万年ぐらゐ前のくるみだよ。
ごく新しい方さ。
ここは百二十万年前、第三紀のあとのころは海岸でね、この下からは貝がらも出る。



この「クルミ」の話は、賢治がイギリスのテームズ川の上流あるいは白亜の海岸と重ね合わせて「イギリス海岸」と命名したとされる花巻市の郊外、猿ヶ石川が北上川にそそぐ合流地点近くの西岸の泥岩層の中から「クルミ」の実の化石を見つけた実体験に基づいています。
賢治が発見した化石は、当時は「第三紀鮮新世」の「バタグルミ」と思われていましたが、現在では「第四紀」の前期〜中期「更新世」の「オオバタグルミ」であろうと考えられているそうです。

▼『銀河鉄道の夜』(宮沢賢治/文 三起商行 2013.10)
91rAlKB7r6L.jpg


4日、仕事仲間4人でランチ会をしましたぴかぴか(新しい)
その時、Fさんが、オニグルミの実をみんなにプレゼントしてくださいました揺れるハート
手間暇かけて、ちゃんと、炒ってくださって…☆⌒v⌒v⌒☆
有難いですわーい(嬉しい顔)
84FD95F6-589F-41A8-89D9-B59E03BFE31A.jpeg

果実。
果肉が腐ってきたら中の堅果を取り出します。
038B113A-165C-4F76-AEFC-30B0CD1A6B84.jpeg

炒ると少し割れ目ができます。
FC0B1E63-3CB0-49A8-9DCD-7290BCFA517E.jpeg

力を加えるときれいにパッカと二つに割れます。
3EEEAFC3-0DAC-4653-963D-8161C5A70284.jpeg

上手にじわじわと割るといわゆるクルミの形が現れます。
貝合わせのように殻はピタッと合います。
4A7E91FA-B9AD-4DA5-AD41-9C6C2EA8A4CC.jpeg

「クルミ」の語源は、「クルクル回る丸い実」、「黒い実」、「樹皮が黒色の染料に使われていたこと」からなど諸説あります。
「オニ」は「核の部分が硬くてなかなか割りにくく、核面のでこぼこが大きい」、「核の表面の模様が鬼の顔に見える」、「実が大きい」ことによるといわれています。

オニグルミは日本原産で、縄文時代から保存食として使っていたそうです。
青森県三内丸山遺跡では、5500年前のクルミが出土しています。

Fさんは、宮城県の出身でするんるん
山口と違って、宮城ではクルミの木が多いそうです。

だからでしょう、私の知っているクルミの木は、2本しかありませんふらふら
5日、実がどうなっているか、久し振りに行ってみました。

下の方の果実は既に落ちていて、上の方にしか果実は付いていません。
05AF87D3-1770-4A7E-9A38-0F3A87997561.jpeg

木のまわりに堅果がなく果肉だけになったものがたくさん残っていました。
動物?人? リスやネズミの食料としても重要だそうですが・・・。

落ちているきれいな果実を数個発見!
触るとネバネバしています。
果皮にはタンニンが含まれ、その液汁は黒色の染料になるそうです。
8FC7C50B-7C2F-425C-801A-4B93F841BA07.jpeg

家に帰って、果肉を取り除き、洗って乾かしました。
1A793A75-5FB6-40BA-B88A-30170AF4BAF2.jpeg


以前に撮ったオニグルミの写真かわいい
5月17日のオニグルミ。
まだ、細い感じです。
IMG_5643.JPG

葉っぱは、大形の奇数羽状複葉です。小葉は4〜10対、卵状長楕円形で、星状毛が多いです。
羽状複葉(うじょうふくよう)とは、小葉が葉の中心の軸の両側に羽のように並び、全体として1枚の葉を形成している葉のことです。
IMG_5646.JPG

6月1日のオニグルミ。
だいぶ丸くなっています。
青々としてブドウの房のようです。
IMG_6155.JPG

10月4日のオニグルミ。
ご近所のです。
だいぶ茶色くなっています。
946A9B3B-944C-413A-BF87-825DB8FB0376.jpeg


大きさを比較してみました。
私の採取したオニグルミ(左)と比較してみると、いただいた実は、少し小さい気がします。
Fさんによると、今年は、いつもより小さいとのことでした。
オニグルミは、大きさ、形状ともに個体により変異が大きいそうです。
0A5A1B1E-6D8B-42D2-91A8-C6C46C4CCF15.jpeg

C32A77E2-C07F-42D6-934F-25CB08A868AC.jpeg
続きを読む...
山口市の市章 @ 司馬遼太郎『街道をゆく1 甲州街道、長州路ほか』より「瑠璃光寺など」 [2018年09月20日(Thu)]
【昨日の続きです】

B8944658-4977-4411-AA78-A4F8009A769A.jpeg

そして、『街道をゆく』を読み返してみて、さらに、あれ?という箇所を見つけました。

 山口市の市章は、大内氏の紋所であった大内菱(おおうちびし)である。毛利氏の前の時代の国主だった大内氏の首都だったために、いまも山口市民にとってはその公家くげふうの文化が誇りであるようであった。

山口市の市章は、大内菱ではありません。少なくとも司馬遼太郎が訪れた当時は。

司馬遼太郎『街道をゆく』第1巻第5章は、「週刊朝日」の1971年5月14日号から7月9日号に連載され、旅の時期は1970(昭和45)年6月10日前後、だそうですから、当時は、お馴染みの山に口をデザインしたものでした。
山口市章.jpg


確かに山口市内のいたるところで、「大内菱」を見かけますが…。

▼大内菱
大内菱.jpg

▼大殿地域交流センターにある大内菱
FE35FCC7-BABB-4E82-BC1C-05E83D3BCD64.jpeg 

▼汚水のマンホールの蓋
58CCAA1F-C88B-4A32-AD8D-F7FA3CEC8830.jpeg

▼五重塔(第二層)
493A039D-4575-4AF9-84FA-121556A7B347.jpeg
D8003049-6621-4CCB-A497-2A271971716B.jpeg

▼築山神社の賽銭箱
IMG_7371.JPG

▼興隆寺・北辰妙見社(大内御堀)
F8F57C07-D929-4F5C-9EE9-8FD529BCD6C2.jpeg

FE534CEA-8F42-4154-9E73-93C4FE5F13D9.jpeg

▼大内弘世像(山口市香山公園内)
AD8FD03D-8886-4875-8C78-986E53E901F7.jpeg

▼大内塗
396C221E-BF23-4AB5-BCDD-963BC04C2D05.jpeg


司馬遼太郎は、どうして、大内菱を山口市の市章として認識したのでしょうか? 
誰かが伝えた?何か資料を見た?
疑問がふくらみます。

司馬遼太郎が「街道をゆく」を週刊朝日に連載していた当時、実家で、週刊朝日をとっていました。
(当時、週刊誌や月刊誌を自宅に配本してもらう、というのはそんなに珍しくなかった、と思います。)
で、リアルタイムに読んでいたのに、特に、市章の箇所で、「あれ?」と思った記憶もないし、熱心に読んでいた父も何も言っていなかった、と思います。

市のHPには、

市名「山口」をかたどり、太い円は広くすべてを抱擁する大和の精神と市勢発展に市民がたがいに協力する気持ちを表わしています。

とあるのみで、制定年などの情報は載っていません。
wikipediaによると、

旧・山口市制時の1944年11月5日に制定され、市制施行後に継承される
2代目の市章である


とあります。(正しくは1944年11月15日だと思います。(市章の制定 告示第33号))
じゃあ、1代目の市章は何?

そこで、私の大好きな『山口市史』を調べたのですが、よくわかりませんでした。
で、初めて、山口市立中央図書館のレファレスサービスを利用してみました。

とっても親切に対応してくださいました。

今の段階で、わかったこと。
「市報やまぐち」No.1000(1989年3月15日号)の4面に
「山口市公報 誕生 ■創刊号・昭和14年4月」と題して、創刊号の写真が掲載されているのですが、な、なんと、そのタイトルのバックシルエット(?)に大内菱が使われているのです!
もしかしたら、大内菱が市章として使われていたのかも?

さらに、調べてくださって、
「2代目市章とあるが、山口市が広域合併した際、旧山口市の市章を使用したことを、2代目という可能性もある」
とのことでした。
つまり、昭和19年以前は、市章がなかった可能性がでてきました。
ただ、なかったことを証明するのは、大変難しい……。

引き続いて、調べてくださるそうです。
工藤直子「出発」 @ NHK全国学校音楽コンクール 山口県コンクール [2018年08月12日(Sun)]
きみはだれ?ときかれたら
 誇りをもって答えよう
 「こども」という日を生きています と

   (略)
 歩き出せば それこそが
 きみの輝く「第一歩」

 (工藤直子「出発」より)

第85回(平成30年度)NHK全国学校音楽コンクール今年のテーマは「一歩」。それぞれの「一歩」を踏み出し、成長してほしい、という思いが込められています。

小学校の部の課題曲は「出発」
第66回小学校の部「ほほう!」、第73回「まいにち「おはつ」」の作詞を担当した工藤直子さんと、これまで過去4回課題曲を作曲し、今回初めて小学校の部を担当する松下耕さんのコンビによる作品です。

054CAE6A-BC78-402F-BB94-C96E90D832F2.jpeg

10日、山口県コンクールを山口市民会館に聴きに行きましたぴかぴか(新しい)

5C61A2C2-9EE9-4EDC-B036-22EDA5D85E36.jpeg

出場は、下関から4校、山口から3校の計7校です。

2D622EC9-777F-4FB1-AB1C-CA370223B73F.jpeg

各校それぞれの「出発」で、
それぞれに努力のあとがうかがえ、素晴らしい演奏でした。

金賞(NHK山口放送局長賞)は、予想通り下関市立勝山小学校でした。

次の目標に向かって、ぴかぴかの「一歩」を踏み出してください揺れるハート

それにしても、自由曲でも、工藤さんの作詞の曲が2曲もあり、その人気がよくわかります。
中高では谷川俊太郎の作詞の曲が圧倒的ですが…。


かわいい工藤直子さんかわいい
1935年生まれ。詩人、童話作家。
著書に詩集『てつがくのライオン』(理論社 1982) 、『あ・い・た・く・て』(佐野洋子/絵 大日本図書 1991)、『ゴリラはごりら』(あべ弘士/絵 童話屋 1992)、「のはらうた」シリーズ(童話屋)、絵本『おいで、もんしろ蝶』(佐野洋子/絵 筑摩書房 1987)、「こぶたはなこさん」シリーズ(いけずみひろこ/絵 童話屋)、『「いる」じゃん』(松本大洋/絵 スイッチパブリッシング 2017)、エッセイ集『まるごと好きです』(筑摩書房 1985)など多数。
1983年に『てつがくのライオン』で日本児童文学者協会新人賞、1985年『ともだちは海のにおい』(長新太/絵 理論社 1984)で産経児童出版文化賞、1990年『ともだちは緑のにおい』(長新太/絵 理論社 1988) で芸術選奨新人賞、2008年『のはらうたX』(童話屋 2008)で野間児童文芸賞を受賞。
子ども向けの詩を多く執筆し、国語の教科書に掲載されている作品も多い。
Nコン課題曲の作詞は第66回小学校の部「ほほう!」、第73回「まいにち「おはつ」」に続いて3回目となる。
雨滴聲 @ 水無月茶会 [2018年06月29日(Fri)]
24日、山口大学茶道部の水無月茶会に行きましたぴかぴか(新しい)
42F305CF-CFBD-47FC-8E12-9AADAE345719.jpeg

大学会館2Fで行われました。
ロビーに飾られた絵かわいい

宇部市出身の日本画家 馬場良治さんの「奥入瀬雪景 雪中六趣 羅」
8F2D9C3C-1088-4D97-B32B-B42E3B279ADF.jpeg

平成2年山口大学卒業の宮崎龍次さんの「門」
D38821BB-7A50-4EB5-9DE1-F3AFCC2ACEC8.jpeg


待合の額かわいい
9997010C-A22B-44CE-899B-AB898F19A70A.jpeg

窮微暢遠

 畑中顯(顕)和(はたなか あきかず)書(山口大学名誉教授)
 「微を窮(きわ)め遠きに暢(の)ぶ」
 意:基礎をしっかり究めさえすれば、応用の道はおのずから開ける
(『バイオテクノロジー標準化支援協会ジャーナル』(SABS Journal) No.93(2017.9 )を参照)


本席かわいい
会記るんるん
DCA1AA40-983C-4DF3-84A7-6E1E36F999C4.jpeg

席のしつらえるんるん
5DA6C317-32D9-4F5F-B5AE-4A6D9AD13349.jpeg
「雨滴聲」

99F94259-25C7-437C-BE16-CA609366B839.jpeg

EF49FE74-9942-4A31-BE6E-274DDC77F09C.jpeg


副席は、立礼かわいい
会記るんるん
C3B6C14C-0702-4657-9630-1CCB7E42744F.jpeg

席のしつらえるんるん
36B3A022-9893-40BA-A050-B10EFE420A81.jpeg

0EEEF721-827F-4441-A2D1-3F2CD73881C5.jpeg


大学生らしく亭主のお手前もみずみずしく、主人のおもてなしもさわやかで、半東もさっそうとして、とても、気持ちのいいお茶会でした。
主客の一体感、茶事として進行する空間、流れる時間がとても心地よかったです。

副席の亭主は中国🇨🇳からの留学生の学生さんが務められました。
日本語もとってもお上手でした。
もともと、中国から入ってきたお茶ですが、日本で総合芸術の茶道として確立しました。
日中の架け橋としてご活躍されることをご祈念いたします揺れるハート

6C668212-1EEC-4E30-93E5-5CB5FF036F30.jpeg


本席のお軸「雨滴聲」(うてきせい)

鏡清問僧。門外是什麼聲。
(鏡清(きょうせい)、僧(そう)に問(と)う、門外(もんげ)是(こ)れ什麼(なん)の声(こえ)ぞ。)
(鏡清禅師が弟子の僧に尋ねた。「門の外に聞こえるのはあれは何だ。」)

僧云。 雨滴聲
(僧(そう)云(いわ)く、雨(う)滴声(てきせい)。)
(弟子の僧は答えた。「はい、あれは雨だれの音です。」)

清云。衆生顚倒迷己逐物。
(清(せい)云(い)わく、衆生(しゅじょう)は顚倒(てんどう)して己(おのれ)に迷(ま)ようて物(もの)を逐(お)う。)  
(すると鏡清禅師は、「世の人も今のお前と同じように、物ばかりを追っかけ、自分を見失う。」と嘆かれた。)

『碧巌録(へきがんろく)』第四十六則
うめもどき @ My Garden [2018年06月13日(Wed)]
我が家の庭のアロニエのそばに、ちょうど、同じくらいの背丈の木があります。
鳥さんが種を運んきたのでしょう、実生の木です。

秋になると赤い実をつけますが、何の木だか分かりませんでした。

でも、この春、花が咲いているのを見つけたので、図鑑で調べてみたところ、
ウメモドキ(梅擬)でしたぴかぴか(新しい)

BC7D6EB6-E05E-4DC7-AC1B-46BD6C6EF11F.jpeg

8A55226A-807A-4595-82D3-C5F9B69764F0.jpeg
(2018年5月28日撮影)

雌雄異株で、実は雌木にのみにつきます。
ということは、うちのウメモドキは、雌木でするんるん
風媒花で、花粉は非常に広範囲に飛ぶので、
雄の木が無くてもどこからか飛んできて受粉するそうです揺れるハート

実は野鳥が大好きだそうでするんるん
発芽抑制物質を含んでおり、小鳥が果肉を食べて種を排出することにより発芽します。
うまい仕組みになっています揺れるハート

学名は Ilex serrata 。
属名の Ilex は、 「モチノキ属」で、「ilex(セイヨウヒイラギ)」は「holly(セイヨウヒイラギ:ホーリー)」の古代ラテン名。
種小名のserrata は、「鋸歯のある」。
英名はJapanese winterberryるんるん


可愛い花を咲かせるので、切らずにおいておきたいのですが…。
アロニエさんの成長の邪魔はしないでねわーい(嬉しい顔)



「梅擬」は、秋の季語になっていますかわいい

残る葉も残らず散れや梅もどき   凡兆

折くるる心こぼさじ梅もどき   蕪村

梅もどき鳥ゐさせじとはし居かな  蕪村

6B9E598A-27AD-4371-9BEA-7823A4305396.jpeg
(2018年6月13日撮影)

今は、青い実がふくらんできています。
秋になって、鳥さんが食べに来るのが楽しみです揺れるハート
新しい家族が増えました [2018年05月23日(Wed)]
5月19日松田素子さんの講演会の帰り、道の駅ソレーネ周南に寄ったら、ちょっとくたびれ気味の姫野ボタンがありました。
日に当てたら元気になるよ、とお店 に人に言われ、連れて帰ったら、本当に、すごく元気になりました。

2B5006DB-BF2E-4E8C-AC66-CAECE51F91DE.jpeg

それで、もう1鉢欲しくなって、20日も行ってみました。
ちょうど、ソレーネ周南4周年祭をやっていて、徳山花き生産組合の花のオークションがありました。

ソレーネ周南20180520.jpg

で、調子に乗って競り落としていたら、8鉢も連れて帰ることになりましたぴかぴか(新しい)

これが、うちの新しい家族でするんるん

39248D54-5739-4778-BC52-BD81E549EF53.jpeg

ブーゲンビレア<フェアリーピンク>揺れるハート
916E5FBB-3608-430B-A165-D97A9AC1EC7A.jpeg

アジサイ<ダンスパーティ>揺れるハート
C7EDFD52-CD27-4A75-B645-52EACF5D59EC.jpeg

ブライダルベール揺れるハート
09DCDA09-2C1E-445D-BF4B-31B0DF7B3C84.jpeg

マダガスカルジャスミン揺れるハート
98AE4F76-62B3-4F68-92F6-30F79C89D3A1.jpeg

カラテア揺れるハート
C3EE7EEF-3FC5-4AB5-89D4-164D50DFCC2E.jpeg

ポトス揺れるハート
1F8927D8-2AE8-43F5-8E20-C5A65389AA34.jpeg

ベンジャミン揺れるハート
B02D7540-BFCE-4A58-B4A5-4A650ACEAD58.jpeg

パキラ揺れるハート
249233AE-A9C0-44B3-BF9D-B94606D783EA.jpeg

大切に育てますかわいい
続きを読む...
しまねっこ @ 山口線 [2018年05月07日(Mon)]
バリィさんのお菓子(バリィさんの焼きしょこら)をいただきましたぴかぴか(新しい)

IMG_3368.JPG

割れてしまっているけどもうやだ〜(悲しい顔)
可愛いですよね。
最近あんまり見ないので、久し振りに出会ったという感じですかわいい

ところで、

IMG_3371.PNG

IMG_3370.JPG

IMG_3369.JPG

上の三つのゆるキャラの名前、みんな言えますか?

一番上は、皆さんご存知のいわずとしれた「ひこにゃんかわいい
彦根市のキャラクターです。

次は、「萩にゃん。かわいい
萩市のキャラクターです。


下は、「しまねっこかわいい
島根県観光キャラクターです。

下の二つはあんまりなじみがないかもしれませんが、
しまねっこは結構頑張っているように思います。

今、「特急スーパーおき号」にラッピングされていて、毎日ではなですが、山口線を走っています揺れるハート

3A1919DE-558E-4F1A-B149-BAF09EC233C4.jpeg
96917A83-12C4-4FEC-A550-CFACA5C60416.jpeg
(2018.5.7 湯田温泉駅にて 特急スーパーおき3号)
続きを読む...
硫酸瓶の町 [2018年03月18日(Sun)]
山陽小野田市には、「セメント町」という変わった名前の町があります。また、バス停には、「硫酸町」「火薬町」という名前もあります。

セメントも硫酸も小野田の有力な地場産業でした。

硫酸瓶を石垣のように積み上げた「瓶垣」も残っています。

地域の至る所で見掛ける硫酸瓶について、1年近く調べたのは、山陽小野田市立小野田小学校の4年生の山田将輝ぴかぴか(新しい)

その「セメントだけじゃないぞ!硫酸瓶の町 山陽小野田市」が、2017年度の第21回「図書館を使った調べるコンクール」小学生中学生の部(公益財団法人 図書館振興財団)で最優秀の文部科学大臣賞を受賞しましたかわいいかわいいかわいい

4DCCC7AA-E4BA-446E-8C83-A02A5353F404.jpeg
(2018年3月13日付山口新聞)

私自身、こんなコンクールがあること自体知らなかったのですが、ネット社会と言われているこの時代に、図書館に何度も足を運んで資料を読み解き、地域の人へのインタビューを重ね、現地取材をしたそうです。揺れるハート素晴らしい揺れるハート

かくいう私も、2月3月とジョイネット主催のイベントが続き、そのチラシや資料作りに山口県立山口図書館を活用させていただきました。「あれ、どうだったっけ?」という時、資料がそばにあるということは、本当にありがたいことです。本を手に取り、ページをめくり、確認できるのは、素敵なことです。
図種館 [2018年01月07日(Sun)]
図種館って、なんでしょうか?

302920FA-0330-453A-8BCC-BABA75150ECF.jpeg
(1月4日付山口新聞)

地域特産の野菜の種を集めて、種の貸し出しや保存をする「タネの図種館」の取り組みのことだそうです。

「タネの図種館」は、津和野町の俵種苗店にあり、
種は貸出帳に記入して借り、収穫後に返却する仕組みで、
種の交換会や、展示会、種を採るワークショップを開催したり・・・
と、本当に、図書館と同じですネるんるん

アメリカ日本でも、「種」の貸し出しをする公共図書館もあるみたいですね。
トヨタカさんに会いました [2017年12月10日(Sun)]
12月9日(土)、山口市の山口県健康づくりセンターにおいて共生社会推進フェスタ2017が開催され、障害者による音楽・演劇等のステージ発表や人権作文の朗読などがありました。

「共生社会」とは、「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会」で、「誰もが相互に人格と個性を尊重し支え合い、人々の多様な在り方を相互に認め合える全員参加型の社会」(文部科学省HPより)です。

そこに、トヨタカさんが来ていましたるんるん
トヨタカさんはトヨタカローラ山口の宣伝部長で、福祉車両のPRに来たとのこと。
とってもひとなつっこくて、ジャンプしたり走り回ったり、元気いっぱいexclamation
F33E708C-4A73-4EBC-976A-0141918AE510.jpeg

山口県PR本部長のちょるるも来ていました。
3451A211-53BA-4C8B-A215-AB57FEB845F2.jpeg

レノファ山口の福元洋平選手と佐藤健太郎選手も参加していました。
573F0D2E-AC02-41C0-9D24-517D0B25AF10.jpeg
SL「やまぐち」号 [2017年11月28日(Tue)]
今、山口市はSLで盛り上がっています。

DEE998E9-B97F-48F8-B2B5-34206CB6B272.jpeg
右上から時計回りに、11月26日付の毎日、朝日、読売、朝日新聞

「幕末維新やまぐちデスティネーションキャンペーン」で新製客車が投入されたり、
11月25日にはD51が、11月26日にはC57とD51の重連で運転されました。

193A1DAE-4656-45E2-AEBC-E2D1764BFAF8.jpeg
6C78AE73-E60F-43C8-AA12-B65947F26578.jpeg
(2017年8月津和野駅で撮ったC57の写真)

CA390024.JPG
(2011年9月山口市立中央図書館近くの踏切で撮影)

おいでませ、山口へ。

続きを読む...