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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


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絵本の朗読とハープの即興コラボ『アイリッシュハープコンサート「音魂をうたう」』 @ 第7回(通算12回)図書館フェスティバルプレイベント [2019年09月12日(Thu)]
10月26日(土)、第7回(通算12回)図書館フェスティバルプレイベントとして、絵本の朗読とハープの即興コラボ『アイリッシュハープコンサート「音魂をうたう」』が山陽小野田市立中央図書館で開催されますぴかぴか(新しい)

アイリッシュハープコンサート 音魂をうたう.jpg

絵本『ずっとずっとそばにいるよ』(山本安彦/作 本田哲也/絵 芸文社 2009.3)を作者の山本安彦さん自ら朗読し、アイリッシュハープ奏者のChifumiさんが、美しいメロディを即興で奏でまするんるん

ずっとずっとそばにいるよ.jpg

るんるん日 時るんるん 2019年10月26日(土)14:00〜15:30 (開場 13:30)
るんるん場 所るんるん 山陽小野田市立中央図書館 2F 視聴覚ホール(山陽小野田市栄町9-13)
るんるん演 奏るんるん Chifumi(上利千富美)(アイリッシュハーブ演奏者)
るんるん朗 読るんるん 山本安彦(山口県子ども文庫連絡会代表、こどもと本ジョイントネット21・山口代表、山陽小野田市立中央図書館・厚狭図書館館長)
るんるんプログラムるんるん
  かわいい「アメージング・グレース」や「グリーン・スリーブズ」など民謡の演奏
  かわいい絵本『ずっとずっとそばにいるよ』の朗読とハープの即興コラボレーション
  かわいいChifumiさんのオリジナル曲の演奏
るんるん対 象るんるん 幼児以上
るんるん定 員るんるん 100名 ※先着順・全席自由
るんるん入場料るんるん 【一般】¥1,000 (当日¥1,500)  【幼児〜高校生】無料
るんるんチケット取扱るんるん 山陽小野田市立中央図書館 (窓口・電話・FAX・メール)
るんるん問合・申込先るんるん 山陽小野田市立中央図書館
   電話0836-83-2870
   fax to0836-83-3564
   mail tocyuo-library@city.sanyo-onoda.lg.jp
るんるん主 催るんるん 図書館フェスティバル実行委員会

かわいいChifumiさんプロフィールかわいい
北九州市出身。4歳よりピアノを始め、後に電子オルガンに進み、ヤマハマスターコース課程を修了。演奏研究会にて即興演奏と作曲を学ぶ。国際音楽コンクール等、数々のコンクールにて受賞。20年間に渡り各地で 「親子に贈るおはなしコンサート」等のボランティアコンサートを展開。2014年オリジナル曲によるCD 「Dear Memory」を収録。3年間に渡りアイリッシュハープ講師研修を受け、アイリッシュハーピストとしてプロデビュー。銀座十字屋ハープセンター 全国ティーチャーズフォーラム会員。
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かわいい山本安彦さんプロフィールかわいい
獺祭と同じ出身地、産湯の水が一緒。 1980年に山口市宮野に「みやの子ども文庫」開設。「山口県子ども文庫連絡会」および「こどもと本ジョイントネット21・山口」代表。子どもと本の出会いづくりに尽力。 山口県立山口図書館30年余勤務後、小野田市立中央図書館・厚狭図書館館長。大学非常勤講師。著作に猫が主人公の絵本などがある。
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第1回アーサー・ビナード研究会 [2019年09月11日(Wed)]
8月11日、山口の朗読屋さん(代表:林伸一)の主催で開催された「アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会」には、100名の方が参加され、『さがしています』(アーサー・ビナード/作 岡倉禎志/写真 童心社 2012.7)『キンコンカンせんそう』(ジャンニ・ロダーリ/作 べフ/絵 アーサー・ビナード/訳 講談社 2010.8)『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社 2006.9) 『この本をかくして』(マーガレット・ワイルド/文 フレヤ・ブラックウッド/絵 アーサー・ビナード/訳 岩崎書店 2017.6)の朗読とアーサー・ビナードさんの解説がありました揺れるハート

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それを受け、アーサーさんの本を持ち寄って、作品を味わい、互いに学び合う会「第1回アーサー・ビナード研究会」が、10月12日、山口児童館で開催されますぴかぴか(新しい)

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るんるん日時るんるん 2019年10月12日(土)13:00〜16:00
るんるん場所るんるん 山口児童館
       山口市下竪小路254  電話083-928-8656
るんるん定員るんるん 30名
るんるん資料代・連絡通信費るんるん 500円
るんるん申込・連絡先るんるん 山口の朗読屋さん
   なるべく葉書で、@氏名(フリガナ)ATEL B〒・住所 を明記の上、
   メール〒753-0815 山口市維新公園1-12-5 山口の朗読屋さん (代表:林伸一)
   phone to090-6451-8203(林)
   fax to083-920-3459(林)
   mail tohayashi@yamamaguchi-u.ac.jp
『この本をかくして』 @ アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会C [2019年08月19日(Mon)]
【前回の続き】

翻訳の作品も多いビナードさんですが、「昆虫語」で書かれた絵本を「昆虫語」に訳すという作品もあります。
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『なずず このっぺ? 』(カーソン・エリス/作・絵 アーサー・ビナード/訳 フレーベル館 2017.11)という本です。
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ひとつの花の芽を巡る昆虫たちの日常を、誰も聞いたこと、読んだことのない不思議なオリジナル言語「昆虫語」で綴ります。「なずず このっぺ?(なに これ?)」など、全て意味をもつことばになっています。フレーベル館HP

ちょうど、『わたしの森に』(アーサー・ビナード/文 田島征三/絵 くもん出版 2018.8)の打合せ中だったので、田島征三さんが「こんな絵本作りたかった」と悔しがったとか……。
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『この本をかくして』(マーガレット・ワイルド/文 フレヤ・ブラックウッド/絵 アーサー・ビナード/訳 岩崎書店 2017.6)
この本をかくして.jpg

戦争の爆撃で町も図書館も燃えてしまった。
民族について書かれた大切な本を守って、ピーターとお父さんは町を離れた。
お父さんは、ピーターに語った。
「この本には、ぼくらをうんでくれた人びとのこと、
おばあちゃんのおばあちゃんのこと、おじいちゃんのおじいちゃんのことが書いてある。
どこからきたか、それは金よりも銀よりも、宝石よりもずっとだいじなんだ」
民族、国の大事な物、誇りとは何なのか。戦争で失われたもの、守ったものを考えさせる絵本。
岩崎書店HP)

ばくだんが図書館にあたって、まちはもえてしまった。
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図書館がばくはつしたとき、本はみんなこっぱみじんになった。ページのかけらがひらひらと空にまいあがって、ふぶきのようだった。
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「ぼくらにつながる、むかしの人たちの話がここにかいてある。おばあさんのおばあさんのこと。おじいさんのおじいさんのまえのことまでわかるんだ。ぼくらがどこからきたか。それは金や銀より、もちろん宝石よりもだいじだ」
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表紙カバーを取ると、赤い表紙の本が出てきます。
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お父さんがピーターに託した本と同じ赤い表紙の本です。
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オーストラリアの絵本です。
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ですが、本の中には、それとわかる具体的な町の名前などはでてきません。
また、主人公も、ピーターというありふれた名前。

見返しやいくつかの場面では、実際の本のページの切れ端が、画材として使用されています。
そして、それは、いろいろな言語で書かれています。
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原題は “The Treasure Box”
「宝箱」を意味するそれは、お父さんがピーターに託した赤い表紙の本を収める、鉄の箱を指しています。
ビナードさんより質問。
「ピーターのお父さんが、金や銀、宝石よりも大事だといった宝ものを入れていた箱、宝箱=Treasure Box、それは、何でしょう?」
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それは、図書館。

これは、わたしの住んでいる町の図書館。
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「The Treasure Box」でしょうか。
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今回のイベントは新聞にも掲載されました。
2019年8月12日付山口新聞
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2019年8月12日付毎日新聞
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『キンコンカンせんそう』 @ アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会B [2019年08月18日(Sun)]
【前回の続き】

『キンコンカンせんそう』(ジャンニ・ロダーリ/作 べフ/絵 アーサー・ビナード/訳 講談社 2010.8)
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戦争をおしすすめる将軍たちは、教会の鐘まで兵器にしてしまいます。ところが……。人間の愚かな行為を、ユーモアをもって戒める絵本。講談社HP

イタリア児童文学の巨星ジャンニ・ロダーリの絵本です。
ビナードさんは、大学在学中に交際していた女性を追って20歳の時イタリアに渡ったこともあって、イタリア語も堪能です。
イタリア人のロダーリが童話として書き、フランス人画家のペフが絵本にし、アメリカ人のビナードさんが日本語に訳すという実に国際的な絵本です。

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長く続く戦争。
ついに武器にする金属が足りなくなり、ボンボーネ・バクレッツォーネ・フニャラロッシー大将は、

「くにじゅうの とけいとうからも
きょうかいからも がっこうからも
ベルというベル かねというかねを
ぜんぶ あつめてこい! とかして
その きんぞくで せかいいち
でっかい たいほうをつくるんだ!
てきに いっぱつ くらわしたら
せんそうに かてるんだから」


と学校や教会の鐘を溶かして武器にしてしまいます。

日本でも、第二次世界大戦のとき金属類回収令が公布され、金属を供出していました。母の実家でも銅製の樋も、茶道具の釜も風炉も出したそうです。お寺の鐘も出したと聞きますよね。
なのでリアルに心に届きます。

ドデカたいほうの たんとうの へいたいは、はっぽうの ボタンを おした。
すると とつぜん ふしぎな おとが ひびきだした。
「キン! コン! カン!」


「へいわの ぼっぱつの おまつりさ!」

原題は"La guerra delle campane"。
直訳すると「鐘の戦争」。

ビナードさんは、本質を語るために、そのまま翻訳するではなく、一度言葉を体の中に入れてから、訳すそうです。
そこで、例に出されたのが、『はじまりの日』(ボブ・ディラン/作 ポール・ロジャース/絵 アーサー・ビナード/訳 岩崎書店 2010.2)。
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『はじまりの日』は、ボブ・ディランの1974年に発表された名曲「Forever Young」を絵本にしたもので、ビナードさんが翻訳しています。
「Forever Young」をそのまま「いつまでも若く」と訳したのでは、確かにボブ・ディランが息子に作ったその思いが伝わってきません。だから『はじまりの日』。

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こちらは、鐘から造った大型兵器が「キンコンカン」という平和の響きを奏でるというストーリーで、戦争の愚かさを、わかりやすく描いた絵本です。なので『キンコンカン戦争』。

さて、ビナードさんからの質問。
「ふたつの国が作った2つの形の違う大型兵器は何を象徴しているでしょうか?」

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絵本に登場する、1発で戦争に勝てるという大砲は核兵器を意味しています。
ボンボーネ・バクレッツォーネ・フニャラロッシー大将の大砲は、リトルボーイ 。
敵のバンバーネ・ヘキラッツァーネ・ホニャロラッソー大将の大砲は、ファットマン。
広島、長崎へ投下された原子爆弾です。

核配備の競争をしていた冷戦時代をも暗示しています。

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山口の朗読屋さんのKさんの朗読に、
「キーーン! コーーン! カーーン! コーーン!」
と、石本館長のギターの音色が実に効果的に入っていましたひらめき

最近NHKの朝ドラで
るんるんとんがり帽子の 時計台 鐘が鳴ります キンコンカンるんるん
(「鐘の鳴る丘(とんがり帽子)」(菊田一夫/作詞 古関裕而/作曲))と流れていました。

こちらは山口サビエル記念聖堂。1時間毎に時を告げる鐘が鳴ります。
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鐘は時を刻むものです。そうでなければなりません。

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へいわの ぼっぱつ」(平和の勃発)とは、聞きなれない言葉ですが、なんて素敵な言葉でしょう。
そもそも「勃発」とは「突然に起こること。急に発生すること」。
「戦争は長い準備があって起こる。戦争は勃発しない。」とビナードさん。
「戦争が起こる」という意味で「戦争が勃発する」と使いますが、戦争は突然起こるものではないので、言われてみれば「勃発」はおかしい??? 調べてみます。

「戦争は勃発しないけど、平和は勃発しうる」とビナードさん。

【次回に続く】
『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』 @ アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会A [2019年08月17日(Sat)]
【前回より続く】

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埼玉県羽生市の第2回「ふるさとの詩」(1997(平成9)年募集、1998(平成10)年表彰、テーマ「ふるさとの川」)の最優秀賞に詩「釣り上げては」が選ばれました。

  釣り上げては

父はよく 小さいぼくを連れてきたものだ
ミシガン州 オーサブル川のほとりの
この釣り小屋へ。
そして或るとき コーヒーカップも
ゴムの胴長も 折りたたみ式簡易ベッドもみな
父の形見となった。

(略)

食器棚や押し入れに
しまっておくものじゃない
記憶は ひんやりした流れの中に立って
糸を静かに投げ入れ 釣り上げては
流れの中へまた 放すがいい。



そしてその賞金30万円に自己資金をプラスし、第一詩集『釣り上げては』(思潮社 2000.7)を自費出版したところ、

釣り上げては.jpg

2001年中原中也賞に選ばれました。
中原中也賞受賞の反響は大きく、新聞で取り上げられました。


そして、なんと、福音館書店より絵本の話が舞い込みました。
それが、「くうき」という目に見えないものを絵本にした『くうきのかお』(びじゅつのゆうえんち)(アーサー・ビナード/構成・文 福音館書店 2004.10)。古今東西で描かれた空気の絵を集めて構成し、文を添えました。2004年のことです。

くうきのかお.jpg

野原をわたる風。機関車の蒸気。呼吸するたびに、からだの中を行き来する空気……古今東西の絵画には、さまざまな空気の表情がえがかれています。ふだんはその存在を意識することさえありませんが、ひとたび目をむければ、空気は驚くほど豊かな表情を見せてくれます。さあ、絵の中にはいりこんで、目を見張り、みみをすまし、鼻をひくひくさせて、そこに満ちた空気の気配を思い切り味わってください。福音館書店HP


すると、今度は、集英社よりベン・シャーンの描いた第五福竜丸の絵4〜50枚から絵本を作らないか、という話が来ました。

ベン・シャーンは、父親の大好きだった画家でもあります。父親が絵を買ったことが原因で夫婦喧嘩になっったこともありました(笑)。

ベン・シャーン(1898〜1969)は、第五福竜丸の事故調査にかかわったアメリカの原子核物理学者ラルフ・E・ラップ博士(1917〜2004)が、月刊誌『ハーバーズ・マガジン』(1957年12月号、58年1、2月号)に掲載した「第五福竜丸の航海 The Voyage of The Lucky Dragon」というルポルタージュのために40点の挿絵を描きました。この第五福竜丸事件の重大さに注目したベン・シャーンは、1960年に来日し、1年がかりで、あらためて「ラッキー・ドラゴン・シリーズ」(Lucky Dragon Series)として11点のタブロー画を制作しました。

 1954年3月1日、マーシャル諸島のビキニ環礁で、アメリカ国防省が水爆実験を行った。その爆発力は、広島型原爆の1000倍を超え、きのこ雲は35キロメートルの上空まで昇った。大量の放射能が、潮流にのって太平洋を広く汚染し、気流によって北極まで運ばれ、また放射能雨となって日本全土を含む広範囲に降り注いだ。マーシャル諸島の住民は被曝し、ビキニ環礁の近くで操業していた遠洋マグロ漁船の第五福竜丸も、死の灰をもろに浴びた。「近くで」とはいえ、第五福竜丸は米軍が定めた危険区域の外の公海で、延縄漁をしていただけだ。
 「水平線にかかった雲の向こう側から太陽が昇る時のような明るい現象が3分くらい続いた」と、無線長の久保山愛吉が、爆発の様子を語った。経験豊かな彼は、自分たちが軍事機密に遭遇してしまったことを察知し、仲間に大声で言ったーーー「船や飛行機が見えたら知らせよ。その時は、すぐに焼津に無線を打ち、自分たちの位置を知らせる。そうでなければ無線を打たない」。発信が傍受されれば、自分たちが攻撃目標にされかねないことも分かったいた。
 死の灰にまみれて、放射能に耐えながら、第五福竜丸の23人の乗組員は自力で、二週間かかって母港の静岡県焼津に帰った。自らの体験を語り、水爆の生き証人となった。世界的な原水爆禁止の動きは、彼らの勇敢な行動から始まったのだ。
 その後、核実験は2000回以上も繰り返されてきたが、人類がこれまで「核の冬」を回避し、絶滅に至らなかったのは、核兵器の使用を断固許さない市民の意識によるところが大きい。しかし現在、小型核兵器の新たな開発が進められ、21世紀の戦争でそれが使われる危険性は、高まりつつある。そんな愚行を断固許さない市民の意識が、ますます大事になってくる。
 ベン・シャーンはLucky Dragon Seriesの連作を、無線長の久保山愛吉を主人公にして描いたが、そのことについてこう語っている。「放射能病で死亡した無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。第五福竜丸のシリーズで、彼を描くというよりも、私たちみなを描こうとした。久保山さんが息をひきとり、彼の奥さんの悲しみを慰めている人は、夫を失った妻の悲しみそのものと向き合っている。亡くなる前、幼い娘を抱き上げた久保山さんは、我が子を抱き上げるすべての父だ」
(略)
(『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』P53「石に刻む線」より抜粋)

ビナードさんは24人目の乗組員になって、絵本『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社 2006.9)をつくげました。

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カバーおよびP4〜5の福竜丸の母港である焼津の町を描いた絵の片隅には闇があり、中には渦巻くような線で表された鬼がいます。放射能の「鬼」でしょうか。
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(「THAT FRIDAY:YAIZU」)

その鬼はP18〜19の水爆が光る瞬間に牙をむきます。
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P22〜23にマーシャル諸島に立ち昇る雲の中にもいます。鬼というよりは竜?
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そして、P27の放射能に犯された久保山愛吉さんの頭の中にも。
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それはP31の久保山さんの放射能を浴びる前の絵と対比すると明確です。
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P41の久保山愛吉さんの遺影の卒塔婆の間にも。
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(「A SCORE OF WHITE PIGEONS」(ヴァチカン美術館))

P43の物理学者の持つ紙にも。
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(「PHYSICIST」)

P54のベッドの座った久保山さんの傍らにも。
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(「THE LUCKY DRAGON」(福島県立美術館))

その久保山さんが持っている紙には、こうあります。
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I AM A FISHERMAN AIKICHI KUBOYAMA BY NAME.
ON THE FIRST OF MARCH 1954 OUR FISHING BOAT THE LUCKY DRAGON WANDERED UNDER AN ATOMIC CLOUD EIGHTY MILES FROM BIKINI.
I AND MY FRIENDS WERE BURNED.
WE DID NOT KNOW WHAT HAPPENED TO US.
ON SEPTEMBER TWENTY THIRD OF THAT YEAR I DIED OF ATOMIC BURN.


(私は漁師で、久保山愛吉といいます。1954年3月1日、私たちの漁船 福竜丸はビキニ環礁から80マイルのところで、原子爆弾の雲の下を移動中でした。私と私の仲間は原爆にやられました。私たちは自分たちに何が起こったのか分かりませんでした。
その年の9月23日、私は原爆症で死にました。)

「原水爆の 被害者は
 わたしを 最後に
 してほしい」といって
かれは なくなった。
ひとびとは わかってきた――
ビキニの海も 日本の海も アメリカの海も
ぜんぶ つながっていること。
原水爆を どこで 爆発させても
みんなが まきこまれる。
 (P38)

「久保山さんのことを わすれない」と
ひとびとは いった。
けれど わすれるのを じっと 
まっている ひとたちもいる。
 (P40)

ひとびとは 原水爆を 
なくそうと 動きだした。
けれど あたらしい 原水爆を 
つくって いつか つかおうと 
かんがえる ひとたちもいる。
 (P42)

わすれたころに
またドドドーーン!
みんなの 家に
放射能の 雨がふる。
 (P45)

どうしてわすれられようか。
畑は おぼえている。
 (P47)

波も
うちよせて
おぼえている。

ひとびとも
わすれやしない。
 (P48)


【次回に続く】
『さがしています』 @ アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会@ [2019年08月16日(Fri)]
11日13:30〜より山口市小郡ふれあいセンターで開催された山口の朗読屋さん主催の「アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会」に参加しましたぴかぴか(新しい)

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アーサー・ビナードさんは、おそらくそんじょそころの日本人よりよっぽど美しい日本語を使い、日本のことを知っていて、パワフルで、エネルギッシュで、ユーモアにあふれ、フレンドリーで、すごい人でした揺れるハート

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『さがしています』(アーサー・ビナード/作 岡倉禎志/写真 童心社 2012.7)
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(「鍵束」中村明夫/寄贈 広島平和記念資料館/所蔵)

絵本の主人公は広島平和記念資料館に収蔵されている「もの」。

資料館を訪れると、展示してある「もの」が語りかけててくれることがあった。
そこで、「通訳」として絵本を作ろうと思った、

約2万1千点から選んだ、持ち主のわかる「もの」14点。
M井理髪店の「時計」、建物疎開をしていた中学生の浅野綜智くんの「軍手」、同じく建物疎開をしていた女学校の生徒の渡辺玲子ちゃんの「弁当箱」、会社員の藤澤節子さんの手縫いの「ワンピース」等々。
持ち主の暮らしも見えてくる……。

写真を撮ったのは写真家の岡倉禎志さん。主に人物写真を撮っている。
夫婦の写真を撮ってもらった縁でお願いした。その時、いつ撮られたか分からないくらい自然だったので。

「鍵束」をどう置くか?「カタリベ」の豊かな表情を出すため、何枚も写真を撮った。

「カタリベ」に相応しいバック=「証言台」は何にするか……。
写真を撮る時に使う、いわゆる、背景布は使いたくなかった……。
「カタリベ」を資料館の外に持って行くわけにはいかない。
そこで思いついたのが、石。広島の石を使うしかないと、と思った。広島の石はどこから?…倉橋島から来ている。
じゃあ、誰に切り出してもらう?石を切り出してくれる人を探す……。熊野町の石工 京面龍さんが切り出してくれることになった。
国会議事堂に使われているから「議院石」といい、ほんのり桜色していることから「桜御影」ともいわれている石を切り出し、「証言台」として加工してくれた。
「証言台」の大きさは、1枚が長机2枚合わせた半分位の大きさ。1枚で済むかと思ったら、ワンピースは無理だった。本をよく観ると繋ぎ目が判る。

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山口の朗読屋さんのNさん、Kさん、Aさん、Tさん、中原中也記念館の福田百合子名誉館長、中原豊館長、山口児童館の石丸善臣館長など9名で行われた『さがしています』のリレー朗読。それぞれが「カタリベ」の想いを伝えます。

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そして、ピカドンが「ピカアアアアアッ」と光る場面では、石本館長のギター音が効果的に入ります。

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8時15分で止まった「時計」は、「おはよう」のあとの「こんにちは」をさがしています。
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(「時計」M井徳三/寄贈 広島平和記念資料館/所蔵)

両方揃ったちょっと小さめの「軍手」は、がんばっていたソウチくんの右手と左手をさがしています。
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(「軍手」浅野純以/寄贈 広島平和記念資料館/所蔵)

御飯と豆が入ったまま炭化した「弁当箱」は、レイコちゃんの言えなかった「いただきます」をさがしています。
色鮮やかな紫色の「ワンピース」は、「すー…… はー……」というセツコさんの元気な息遣いを忘れません。

そう決して忘れてはいけないのです。

YYくんは、小学生、中学生、高校生の頃、誰に強制された訳でもなく、8月6日の8時15分には黙祷していました。母親が、出掛けよう、といくら誘っても、やることがある、と言って、8月6日は決して出掛けませんでした。
30歳になった会社員のYYくんは、2019年の8月6日の朝も、東京で通勤電車に揺られながら黙祷をしたのでしょうか?

アーサー・ビナードさんのあとがきにはこう記されています。

 「ピカドン」からどれほど多くのことを教わったか。
 ぼくはアメリカに生まれ育って、アメリカの学校で教育を受け、英語で原爆投下について、くりかえしその必要性と正当性を教えられた。けれど、ぼくはそのころ「ピカドン」という言葉を知らなかった。 「原子爆弾」を意味するAtomic Bombか、「核兵器」をあらわすNuclear Weaponをつかっていた。大学を卒業してから来日し、日本語の中へわけいって学び、数年たってから初めて広島を訪れた。平和記念資料館で被爆者の話を聞き、そこで「ピカドン」に出会った。
 「原子爆弾」も「核兵器」も、核開発をすすめた人たちが作った呼び名。
 それに対して「ピカドン」は、生活者が生み出した言葉だ。具体的に、生きた言語感覚で、核分裂をとらえていて、その言葉のレンズがぼくに新しい視点を与えてくれた。同時に「ピカドン」に相当する英語が存在しないことにも気づいて、課題を背負った思いがした。

(中略)
 カタリベたちからも、どれほど多くのことを教わったか。お礼を言いたい。

【次回に続く】
トネリコ図書館活用わくわく講座「面白くて為になる山口弁よもやま話」 [2019年08月15日(Thu)]
前防府市立防府図書館長で山口県方言研究家の森川信夫さんを講師にトネリコ図書館活用わくわく講座「面白くて為になる山口弁よもやま話」が開催されますぴかぴか(新しい)

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るんるん日 時るんるん 2019年9月9日(月)14:00〜16:00
るんるん場 所るんるん 山口市立中央図書館 共同利用スペース
るんるん講 師るんるん 森川信夫(前防府市立防府図書館長、山口県方言研究家)
るんるん参加費るんるん 無料
るんるん申 込るんるん 不要 ※当日会場にお越しください
るんるん問 合るんるん 山口市立中央図書館友の会「トネリコ」事務局 電話083-920-0311(中村)
るんるん主 催るんるん 山口市立中央図書館友の会「トネリコ」
るんるん共 催るんるん 山口市立中央図書館

かわいい講師プロフィール かわいい
1955(昭和30)年防府市生まれ。早稲田大学第一文学部日本文学専攻卒業。
2009(平成21)年4月より2019(平成31)年3月まで防府市立防府図書館館長。
現在、別府大学・梅光学院大学・広島文教大学・山口県立大学で司書課程等の非常勤講師。
やまぐち文学回廊構想推進協議会選定委員。山口県文化功労賞選考委員会委員。山口県立大学附属郷土文学資料センター協力員。
著書に『面白くて為になる山口弁よもやま話 増補版』・『山口県方言基本発音体系』・『山口弁エコかるた』 (監修・解説)・『防府市史―自然・民俗 ・地名一』(「 防府地域の方言」担当)・『やまぐち方言帳』(監修・解説)・『山口県文学年表 年表編・解説編』(防府地域担当)・『うさぎとかめ 一山口県徳地方言おきかえ話―』(編著)・『鑑賞 郷愁詩集十二箇月(第 一集)』他がある。
2010(平成22)年から2014(平成26)年までの4年間、NHK山口放送局「情報維新 山口」の「知つちょる!?やまぐち 使おういね!山口弁」【毎月第1火曜日18:30頃〜】のコーナーにレギュラー出演。2012(平成24)年から現在まで、KRY山口放送ラジオの「おはようKRY―「モーニング+(プラス)山口のお国言葉を知ろう!使おう !」 ―」【毎週木曜日7:28〜】に出演中。
映画「ほたるの星」「長州ファイブ」「マイマイ新子と千年の魔法」「許されざる者」、NHKテ レビ番組「歴史秘話 ヒス トリア「奇兵隊デビュー」」他で方言監修・指導、また、作家・浅田次郎氏の小説『黒書院の六兵衛』でも方言監修をした。
地撮り山口大歳に参加しましたE [2019年07月13日(Sat)]
【前回の続き】

試写会ですぴかぴか(新しい)
みんなが投稿したものをみんなで見ます。 一人3票で、いいと思ったツィートに投票します。

葛飾北斎の波 #30jidori
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ダブル農家娘 #30jidori
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私が投稿したものかわいい

阿仙原は秘境です #30jidori
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大歳様だニャン猫 #30jidori
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玉ねぎのダンス #30jidori
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大判、小判がザックザク #30jidori
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岩富のもりさまは、田中さんちの庭 #30jidori
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大歳に宇宙人が来たあ〜exclamation #30jidori
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観音ブラザーズ #30jidori
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ハイ、ポーズ! #30jidori
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そして、なんと、20票を獲得し、「ハイ、ポーズ!」が大賞ひらめきひらめきひらめき
「観音ブラザーズ」が歴史ミステリー賞ひらめきひらめき
「大歳様だニャン猫」が1票賞ひらめき
を受賞しましたわーい(嬉しい顔)

ステキな賞品もいただきましたかわいい
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みなさんの投稿は、地撮り山口大歳2019 #30jidori #ootoshi 写真投稿まとめ でみることができます揺れるハート

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地撮り山口大歳に参加しましたD秘境珍百景コースと大河ドラマコース [2019年07月12日(Fri)]
【前回の続き】

大歳地域交流センターの会場に入ると、まだ、他のコースのメンバーは帰って来ていませんでした。

どのコースも雨にたたられて大変でした雨
私達の歴史ミステリーコースは、蚊がすごかったですがく〜(落胆した顔)
秘境珍百景コースは、秘境なので、雨宿りする場所もなく、大変だったようですもうやだ〜(悲しい顔)
大河ドラマコースは、吉富簡一邸で足止めをくらっていたようですふらふら

でも、それ以上に発見したこと、楽しいことがたくさんありましたわーい(嬉しい顔)
他のコースをざくっと紹介します。

かわいいかわいい秘境珍百景コースかわいいかわいい
阿仙原入口→馬庭の大岩→一本足鳥居→夜泣き岩→周防五の宮(元朝田神社)→和田古道→子安観音(大乗妙典宝塔)・光澤即明墓

阿仙原入口
1964(昭和39)年以降無住となり、「地図から消えた阿仙原」といわれています。
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下矢印1
馬庭の大岩(馬庭)
その昔山姥が大きな手荷物を置き忘れて岩になったといわれています。
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下矢印1
一本足鳥居(馬庭)
馬庭の森様のところにある2009(平成21)年の大洪水で片脚を失った鳥居です。
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下矢印1
夜泣き岩(河内)
夜泣きする子を連れてお参りするとご利益があったといいます。
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周防五の宮(元・朝田神社)(朝田)
周防国五社の内の一社で、五ノ宮大明神と称され、大内氏の崇敬篤く、1497(明応6)年大内義輿の五社御参詣の記録あります。
創建の年代は不詳ですが、再建立の棟札に1499(明応8)年とあります。
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和田古道(和田)
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下矢印1
子安観音(大乗妙典宝塔)・光澤即明墓(和田)
江戸時代の中期、光澤即明和尚は、「陵が峠」の上の慈眼山巨福庵(小鯖の禅昌寺の末寺)を再興し、1757(宝歴7)年11月に大乗妙経を一字一石に書写し埋納し、上に石造五重塔を建立しました。
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かわいいかわいい大河ドラマコースかわいいかわいい
周布政之助の碑・麻田公輔の墓→吉富簡一邸→調べの森→瑞龍山養元寺

周布政之助の碑・麻田公輔(周布政之助)の墓(上湯田)
周布政之助は、萩藩改革派の重臣として幕末の動乱期に藩政を指導しましたが、幕長戦争に際しては、保守派が勢力をもりかえし改革派は藩府内での指導力を失いました。1864(元治元)年9月25日、盟友井上馨が反対派により中讃井で襲われたこともあり、失意の中で翌26日に吉富邸で自刃。「我死なば屍を公道の傍に南面して埋めよ。敵兵来たり侵せば吾が霊が叱晦せん」との遺書によって、舟田の墓地に「麻田公輔」の名で墓がつくられました。
1931(昭和6)年11月、「鳴呼長藩柱石周布政之助君碑」と題する顕彰碑が、墓のある場所を永久に伝えようと建立されました。
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吉富簡一邸(上湯田)
周布政之助が仮寓していた家です。1864(元治元)年9月26日早朝この家の裏庭で短刀で喉を突き自刃しました。享年42歳でした。
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下矢印1
調べの森(中矢原)
1569(永禄12)年、大内輝弘が豊後の国から押し寄せ秋穂白浜に着岸した際、毛利側は関所を設けて通行人を調べたことによるといいます。
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下矢印1
瑞龍山養元寺
寛永年間、教春が教正寺という浄土真宗の寺院を建立しました。
1739(元文4)年、西本願寺門主のすすめで、親鷲上人の直接の弟子で10人衆の1人といわれる西願坊の子孫 恵明右京が、西願坊の建立した養元寺の寺号とともに養子に入り、現在に至ります。


あなたは、どのコースを巡りたいですか?

試写会が始まるまでは、投稿タイム。
投稿漏れがないか、自分の撮った写真をチェックし、コメントをつけて投稿します。
そして、お待ちかねのおやつタイムです。
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もちろんチキンチキンごぼうパンもあります。
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チキンチキンごぼうは、大歳小の保護者の発案の給食メニューより発祥しました。(『大歳交流センターだより』 平成29年7月 No.100参照)
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【次回に続く】
地撮り山口大歳に参加しましたC田中頼三旧宅 [2019年07月11日(Thu)]
【前回の続き】

最明寺で雨宿りをしているうちに、雨足は少しはましになりましたが、止みそうにないので、最後の目的地 田中頼三旧宅に向かうことにしました。

出発前、最明寺入口 岩富公会堂のそばに岩富のもりさまがあることの紹介をしました。
クロガネモチの大木です。
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雨のため、田中頼三旧宅は車窓からの見学です。
今は別の方が借りて住まわれているので、邸内の見学ができないこともあります。

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田中頼三は、1892年、嘉川の本間家の3男として誕生し、旧制山口中学校(16期)を経て海軍兵学校(41期)卒業後に岩富の大地主 田中家に婿養子として入籍します。
1942年、ガダルカナル島のルンガ沖夜戦で勝利をおさめましたが、日本海軍上層部からはあまり評価されず左遷されました。
一方、アメリカからは高い評価を受け、『アメリカ海軍作戦史』を著したアメリカの海軍戦史家サミュエル・エリオット・モリソンは「田中こそ不屈の闘将である」と田中のことを"redoubtable Tanaka"(恐るべき田中)と呼び、軍事史研究家のハンソン・ボールドウィンはその著書の中で「太平洋戦争で日本の名将を2人挙げるとするなら、陸の牛島・海の田中」として田中の名を挙げています。

こちらは、田中邸のそばの土蔵です。石垣の上に建てられています。
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岩富は椹野川とその支流である吉敷川が合流し、氾濫地帯であったことから、石垣を築いた民家が見られます。
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岩富を後にして、石州街道を大歳地域交流センターに向かいます。
この一角を黒川市といいます。

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恵比須社
黒川市にある。矢原村庄屋、吉富藤兵衛の覚書に、「建立の由来も、市恵比須の作者も不明。古老の言い伝えでは、大内時代からあった古い恵比須で、社敷地は往還べりの空地にあり」とある。明治末年ごろは、大歳村役場の門前にあったが、のちに石村宅の屋敷東隅に移された。昭和32年(1957)夏の大風で転倒大破後、石造の詞として黒川市福田氏屋敷東隅に移された。
(『大歳小百年史』(山口市立大歳小学校 1995)P33)


大歳地域交流センターに帰ってみると、前の水路は溢れんばかりの水嵩でした。

【次回に続く】
地撮り山口大歳に参加しましたB最明寺 [2019年07月10日(Wed)]
【前回の続き】

車に戻って、次の目的地 最明寺のある岩富の方へ向かう途中、なんだか雲行きが怪しくなり、ポツポツとしてきました。
そうして、最明寺に着く頃には雨足は激しくなり、あわてて最明寺に避難しました。

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『防長寺社由来』(1741年記述)には寺号は「西明寺」とあり、『風土注人進案』(1840年代)では、「最明寺」となっています。
『風土注人進案』に「平時頼入道道崇の草創にして、寺号はその法諱(ほうき)により」とあることから、1741〜1840年の間に「最明寺」と寺号を変えたことがわかります。(『郷土大歳のあゆみ』P367〜8参照)

本尊の阿禰陀如来坐像。
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慈覚大師作と伝えられています。
慈覚大師とは第3代天台座主の円仁(えんにん)(794(延暦13)年〜864(貞観6)年)のことです。
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大歳史談会で調査してもらったところ、平安時代(794〜1185)後期の作だというのがわかったそうです。
どうやら、慈覚大師とは少し年代が合わないようです。
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両脇に僧像。
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隣の床の間には、
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左に持国天(増長天説あり)と右に多聞天、
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左の像は寶髻(ほうけい)を結い、右手に三叉戟( さんさげき)を持ち、左手を腰に当て、足下に邪鬼を踏みつけ、
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右の像は兜を被り、左手に宝塔を持ち、足下に邪鬼を踏みつけ、
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多聞天の後ろには法輪のようなものが見え、
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太鼓のようなものも置いてあります。
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前には観音像(と白上さんが言っていました)がたくさん飾ってあります。
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その隣には、
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観音像、
厨子の中に入っていて、
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厨子の絵がとてもキレイです。
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半跏思惟像、
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台座に腰をおろし、左足を垂らし、右足を曲げて左ひざの上に置き、右手でほおづえをついています。
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僧像。
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木魚。
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鉦鼓(しょうこ)(鉦(かね・しょう))。
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最明寺入口には、回国塔があります。
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天明七丁未歳
奉納大乗妙典日本回国


その他、最明寺の周囲には、いろいろチェックしたいものがあったのですが、雨のためそれもできませんでした。
また、来てみたいと思っています。


最明寺
浄土宗、最明寺。山号を銭処山という。本寺は山口の法界寺。本尊は阿禰陀如来(慈覚大師作) 。
寺伝によると、最明寺殿(北条時頼)によって創立された天台宗の寺院という。創建年代は明らかでない。その後久しく荒廃していたが、江戸時代初期に山口法界寺の人世寿諌法師が再興し、浄土宗に改めたといわれる。 『風土注人進案』(1840年代)によると、地蔵十王・木魚・牛王模板(ごおうもば)・馬の鞍など甚だ古いものが、この寺に伝わっていると記されている。牛王模板には西明寺とあり、いつごろから最明寺といわれるようになったかさだかでない。明治3年(1870)吉敷村長楽寺へ合併して長明寺となったが、同13年(1880)再び分離した。現在は無住寺。境内には山下玄良(江戸後期の名医。天民と号し、文雅の道でも高名。その2男は画家高島北海、 3男は藩医高島良台)の墓所もある。
(『大歳小百年史』(山口市立大歳小学校 1995)P33)

【次回に続く】
地撮り山口大歳に参加しましたA王子の森 [2019年07月09日(Tue)]
【前回の続き】

次は、王子の森ぴかぴか(新しい)

椹野川に向かって突き出た丘陵に4個の古墳があり、福生寺という大寺があったとされる。これにちなんで、林聖太子の次男福性太子が住んだとの伝承が生まれ、享保期の「地下上申絵図」に早くも「王子ノ森」と記述されている。(『発見!おおとし』(大歳自治会 大歳明治150年記念事業実行委員会))

山伏様から眺めた王子の森。
大内氏の祖 林聖太子(りんしょうたいし)の王子が住んでいたから「王子の森」とは、ネーミングのセンスがありますね。
1728(享保13)年の『地下上申絵図』にも記されています。
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山口と小郡の境にある陵ヶ峠、その丘陵の先端部です。
今では国道9号とJR山口線とに分断されています。
分断された場からは、1919(大正8)年および昭和53年の発掘調査で箱式石棺7基が発見されているそうです揺れるハート
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石州街道を歩き、王子の森を目指します。
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田んぼにはジャンボタニシのショッキングピンクの卵が大発生していて、気持ちが悪いといいながら、子どもたちは大騒ぎexclamation
水路の壁や山伏様の祠にも張り付いていました。
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通称ジャンボタニシは、スクミリンゴガイといい、1981年に台湾から食用として持ち込まれました。有害動物に指定された1984年以降、廃棄されたり養殖場から逸出したものが野生化し、分布を広げています。要注意外来生物(外来生物法)、日本の侵略的外来種ワースト100、世界の侵略的外来種ワースト100リスト選定種の1種ともなっています。
わかりにくいですが、これだと思いますがく〜(落胆した顔)
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王子の森は、森へ入る畔道の辺りから見るとこんな形の山をしています。
いかにも古墳っぽいです。
茶臼山とも呼ばれるそうです。
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畦道に茂った草を踏み倒しながら山に分け入ります。
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隣の家の石垣だと思うのですが、
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子ども達は、古墳時代のものではないか、と言いながら、一人がお茶碗の破片を発見したので、大興奮exclamation×2
どう見ても、最近のものとしか思えないのですが、言わぬが花ですふらふら
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森の中に入ると、祠が見えます。
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その先に石室。
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墳丘は失われ天井石もなく、玄室が露出していますが、
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一枚岩の大きさに圧倒されます。
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王子の森墳墓群(朝田)(山口市朝田字西角(王子の森)) 
小郡町との境界付近へ南に張り出した丘稜先端部(現在はJ R山口線と国道九号線で分断されている)に位置する。大正八年(一九一九)、昭和五十三(一九七八)年に発掘調査され、箱式石棺墓七基、土墳墓一基が発見された。弥生時代中期から後期にかけての土器片などが出土していることから、同時代の墳墓と見られるが、以前に土取り作業で破壊されていて、鉄鏃一点のほか、副葬品はない。同地区に伝わる林聖太子の王子の伝説から、「王子の森」と名付けられた。
門前遺跡(朝田郷多羅)(山口市朝田門前)
王子の森墳より北奥同一段丘で、中世初頭の出城だったと考えられる門前山(国道開通のとき削りとられている)に立地する。弥生時代から古墳時代末期にかけての複合遺跡。昭和四十八年(一九七三)に発掘調査され、箱式石棺墓・集石遺構とともに横穴式石室境二基が発見された。このうち王子の森墳墓の西端に隣接する横穴式石室墳(門前一号墳)は、墳丘は失われ天井石も取り去られて石室が露出しているが、玄室規模は幅一・二〜一・四メートル、長さ四メートル、高さ二メートルもあり、縦一〜一・八メートル、横一〜二メートルの大型一枚岩数個によって築かれたものである。古墳時代後期のものと推定される
(略)。(『郷土大歳のあゆみ』P38〜39)

王子の森(朝田)
和田、朝田の境にあり、陵ヶ峠(城ヶ峠)の丘陵部の先端を「王子の森」という。享保十三(一七二八)年の『地下上申絵図』(地下図)にもすでに王子ノ森と記されているが、当地に伝わる大内氏の始祖林聖太子の王子伝説によるものであろうか。現在はJR山口線と旧九号線によって背後を分断され、独立の丘陵をなし、茶臼山と呼ばれている。ここは弥生時代中・後期の墳墓とみられる王子の森墳墓群と、古墳時代の石室墳である門前遺跡が発掘されている。
(『郷土大歳のあゆみ』P420)

【次回に続く】
地撮り山口大歳に参加しました@山伏様 [2019年07月08日(Mon)]
7月6日(土)、地撮り大歳山口に参加しましたぴかぴか(新しい)

YANの原明子さんがコースなどを紹介。
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ファブラボ山口さんがtwitterのあげ方などを説明。
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私は歴史ミステリーコースを選びました揺れるハート
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山伏様→王子の森→銭処山最明寺→田中頼三旧宅
を巡ります。

メンバーは、小学生の男子ばかり6名、引率の支援員の先生3名、中学生1名、高校生1名、子ども会の役員2名、大歳史談会の白上さん、YANの井上さん、そして私の総勢15名です。
4台の車に分乗し、いざ大歳地域交流センターを出発exclamation

大歳橋を渡り、自転車道路沿いに車を走らせ、和田橋のところの空き地に停めました。

1908(明治41)年〜1913(大正2)年、小郡・山口間12.9kmを結ぶ軽便鉄道が通っていました。
10あった停留所の一つが、ここ「和田橋」です。
ちなみに、停留所は、小郡 、津市、 新町、仁保津、和田橋大歳、湯田、讃井、亀山、山口でした。

大歳地区内には、和田の茶屋に和田橋停留所、下湯田の藤村踏切のところに大歳停留所があった。(『郷土大歳のあゆみ』P190)

そこから、石州街道を歩き、山伏さまに行きました。
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和田公会堂のところから旧街道を少し下ったところに、 「山伏」という地名があり、その道端に「山伏さま」と、地元の人から親しまれている小さな詞がある。昔、ある大名の家老と家臣(若夫婦)とのいさかいがあった。敗れた若侍が山伏姿に変装して、九州久留米の旧知を頼って落ち延びる途中、家老の差し向けた刺客のため、この地で打ち果たされた。間もなく後を追って来た若妻は、夫の最後を見て悲嘆に暮れ、自分も自害した。里人は、この夫婦の死をあわれみ、比翼塚としてねんごろに弔ったものである。(『郷土大歳のあゆみ』P419〜420)

このあたりの石州街道は農道です。
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明治22年(1889)6月11日、道路兼用堤防工事は竣工し、(略)開通した。こうして、石州街道以来の県道は堤防上に移るのである。(略)朝田から三作までの石州街道は、堤防拡張の関係もあって、半分近く削りとられて農道化し、昔の面影はみられない。(『郷土大歳のあゆみ』P173〜4)

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(山伏さまの写真は7月2日と6日に撮影)

【次回に続く】
アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会 [2019年07月02日(Tue)]
アーサー・ビナードさんは、『釣り上げては』(思潮社 2000.7)で、2001年の第6回中原中也賞を受賞されています。

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そのアーサー・ビナードさんをお迎えし、ビナードさんの絵本をリレー式に一人一頁朗読し、ビナードさんによる作品の背景説明や解説をしていただく「お話とリレー朗読の会」が開かれますぴかぴか(新しい)

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るんるん日 時るんるん 2019年8月11日(日)13:30(開場13:00)〜16:30
るんるん場 所るんるん 山口市小郡ふれあいセンター 集会室
        山口市小郡下郷1440-1
          JR山口線 周防下郷駅下車 徒歩1分
        電話083-973-0003
るんるん参加費るんるん 無料
るんるん定 員るんるん 100名
るんるん内 容るんるん 下記4冊の絵本をリレー式に一人一頁朗読し、
       アーサー・ビナードさんによる作品の背景説明や解説。
るんるん申込・連絡先るんるん なるべく葉書で、
  @氏名(フリガナ)A電話番号 B〒・住所 を明記の上
  メール〒753-0815 山口市維新公園1-12-5 山口の朗読屋さん (代表:林伸一)
  phone to090-6451-8203(林)
  fax to083-920-3459
  mail tohayashi@yamamaguchi-u.ac.jp
るんるん申込期限るんるん 7月末日
るんるん主 催るんるん 山口の朗読屋さん
るんるん後 援るんるん 山口市教育委員会、(公財)山口市文化振興財団、中原中也記念館
       山口県教育カウンセラー協会、日本語クラブ山口、学校法人YIC学院
       ギャラリーカフェつるかめ

るんるん朗読に使用する絵本るんるん
『さがしています』(アーサー・ビナード/作 岡倉禎志/写真 童心社 2012.7)(表紙写真:「鍵束」寄贈者・中村明夫 広島平和記念資料館所蔵)
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『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社 2006.9)
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『キンコンカンせんそう』(ジャンニ・ロダーリ/作 べフ/絵 アーサー・ビナード/訳 講談社 2010.8)
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『この本をかくして』(マーガレット・ワイルド/文 フレヤ・ブラックウッド/絵 アーサー・ビナード/訳 岩崎書店 2017.6)
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かわいいアーサー・ビナードかわいい
詩人。1967年アメリカのミシガン州に生まれる。五大湖の魚と水生昆虫に親しんで育ち、高校生のころから詩を書き始める。ニューヨーク州の大学で英文学を学び、卒業と同時に来日、日本語でも詩作を始める。

るんるん受賞歴
2001年、第一詩集『釣り上げては』(思潮社 2000.7)で第6回中原中也賞。
2005年、エッセイ『日本語ぽこりぽこり』(小学館 2005.2)で第21回講談社エッセイ賞。
2007年、絵本『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/作 集英社 2006.9)で第12回日本絵本賞。
2008年、詩集『左右の安全』(集英社 2007.10)で第8回山本健吉文学賞(詩部門)。
2012年、ひろしま文化振興財団、第33回広島文化賞(個人の部)。
2013年、絵本『さがしています』(アーサー・ビナード/作 岡倉禎志/写真 童心社 2012.7)で第44回講談社出版文化賞絵本賞、第60回産経児童出版文化賞ニッポン放送賞。
2017年、第6回早稲田大学坪内逍遙大賞奨励賞。
2018年、絵本『ドームがたり』(アーサー・ビナード/作 スズキ コージ/画 玉川大学出版部 2017.3)で第23回日本絵本賞。
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るんるん詩集
『ゴミの日』(古川タク/絵 理論社 2008.8)
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るんるん翻訳詩集
『ガラガラヘビの味 アメリカ子ども詩集』(アーサー・ビナード/訳 木坂涼/訳 岩崎書店 2010.7)

るんるん訳詩集
『日本の名詩、英語でおどる』(アーサー・ビナード/訳著 みすず書房 2007.12)

るんるん絵本
『くうきのかお』(びじゅつのゆうえんち)(アーサー・ビナード/構成・文 福音館書店 2004.10)
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『はらのなかのはらっぱで』(きゅーはくの絵本 4「針聞書」)(アーサー・ビナード/文 長野仁/解説 フレーベル館 2006.11)
『わたしの森に』(アーサー・ビナード/文 田島征三/絵 くもん出版 2018.8)
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るんるん英訳絵本
『雨ニモマケズ Rain Won’t』(宮沢賢治/文 アーサー・ビナード/英訳 山村浩二/絵 今人舎 2013.11)
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るんるん翻訳絵本
『どんなきぶん?』(サクストン・フレイマンドン・フリーマン ジュースト・エルファーズ/作 サクストン・フレイマン ジュースト・エルファーズ/絵 アーサー・ビナード/訳 福音館書店 2001.11)
『ダンデライオン』(ドン・フリーマン/作・絵 アーサー・ビナード/訳 福音館書店 2005.2)
『あつまるアニマル』(ブライアン・ワイルドスミス/作・絵 アーサー・ビナード/訳 講談社 2008.9)
『ホットケーキできあがり!』(エリック・カール/作 アーサー・ビナード/訳 偕成社 2009.9)『えを かく かく かく』(エリック・カール/作 アーサー・ビナード/訳 偕成社 2014.2)
『ほんとうのサーカス』(ミッシャ・ダムヤン/作 ギアン・カスティ/絵 アーサー・ビナード/訳 BL出版 2011.5)
『なずず このっぺ?』(カーソン・エリス/作・絵 アーサー・ビナード/訳 フレーベル館 2017.11)
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など。
地撮り山口大歳 #30jidori [2019年06月27日(Thu)]
7月6日(土)に開催される地撮り山口大歳2019について、5月26日のブログでお知らせしましたが、今回は3つのコースについてご紹介しますぴかぴか(新しい)


@秘境珍百景コース
(阿仙原)→馬庭の大岩→一本足鳥居→夜泣き岩→周防五の宮(元朝田神社)→和田古道

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(▲馬庭の大岩)

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(▲和田古道)

その昔山姥が大きな手荷物を置き忘れて岩になったといわれている朝田川上流にある4m四方の大きな馬庭の大岩、馬庭のもりさまの一本足鳥居、夜泣きする子を連れてお参りするとご利益があったという河内の夜泣き岩、1497(明応6)年大内義興が五社詣を行った朝田の五ノ宮大明神跡(今の朝田神社の前身)、昔公道として人々が行きかっていた和田古道を探検するコース


A歴史ミステリーコース
王子の森→山伏様→子安観音・光澤即明(こうたくそくみょう)墓→銭処山最明寺→田中頼三旧宅

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(▲子安観音・光澤即明墓)

大内氏の始祖 淋聖太子の王子の言い伝えが残る王子の森、ある大名の家老との争いで命を亡くした家臣夫婦を葬った比翼塚 山伏さまの祠がある石州街道、光澤即明が建立した子安観音(大乗妙典宝塔)、北條時頼(通称最明寺殿)が建立したとのいわれもある最明寺とそこに残る古仏、海の名将といわれた田中頼三旧宅を巡るコース


B大河ドラマコース
周布政之助の碑→吉富簡一邸→調べの森→瑞龍山養元寺

‘NHK花燃ゆ’の舞台となり、幕末の時代を変えた事件が刻まれている貴重な歴史の事柄を辿るコース


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上記3つのコースのうちいずれかを散策して、携帯やスマートフォンでお気に入りを撮影して、#30jidoriのハッシュタグをつけてツイッターにリアルタイムに投稿していきます。
そのツイッター上の写真を、参加者全員で鑑賞し、投票し、順位をつけて優秀作品を選別し、新たな地域の魅力を楽しみます。

るんるん日  時るんるん 2019年7月6日(土)12:45〜17:00 ※小雨決行
るんるん集合場所るんるん 山口市大歳地域交流センター 2F 講堂
        山口市矢原1407-5
るんるん日  程るんるん 
        受   付 12:30〜
        オリエンテーション 12:45
        地撮り開始 13:00
        地撮り終了 15:00
        試 写 会 15:30〜 
        表 彰 式 16:00〜
        終   了 17:00
るんるん定  員るんるん 30名(小学生〜一般)
るんるん参 加 料るんるん 500円(おやつ代込み)
るんるん申 込 先るんるん 山口市大歳地域交流センター
        電話 093-922-4035
        fax to 083-922-4036
        メール ohtoshi@city.yamaguchi.lg.jp
るんるん申込期限るんるん 2019年6月28日(金)〆切
るんるん主  催るんるん 大歳自治振興会子ども部会
るんるん後  援るんるん 大歳地区青少年健全育成協議会
るんるん運  営るんるん Yan 山口アートネットワーク、潟Aウワセルブズ
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