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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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第14回「やまぐち朗読Cafe」〜朗読と蓄音器ジャズの夕べ〜 @ ジャズスポット ポルシェ [2019年10月15日(Tue)]
詩などの朗読と、蓄音器から流れるジャズを楽しむイベント 「やまぐち朗読Cafe」が、10月16日(水)20:00から、山口市の老舗ジャズ喫茶 ポルシェでありますぴかぴか(新しい)

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中原中也記念館で開かれていた中原中也の時代の音楽をSP盤(78回転のレコード)で楽しむ「蓄音器と朗読の夕べ」をリニューアルしたイベントで、今回で14回目となります。

るんるん日 時るんるん 2019年10月16日(水)20:00〜
るんるん場 所るんるん ジャズスポット ポルシェ
        山口市葵1-1-28           
        電話083-924-4616
るんるん内 容るんるん @オープニング朗読
       ASPレコードで聴くジャズ
       B自由参加の朗読
        ※詩でも小説でもエッセイでもジャンル不問
         お気に入りの作品を朗読
         もちろん、聞くだけでもOK
るんるん参加費るんるん ノーチャージ/1ドリンク
       お好きなドリンクをご注文ください
るんるん主 催るんるん 中原豊さん(中原中也記念館長)

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(▲以上写真は2018年10月31日撮影)


かわいい第13回(2019年8月11日)の様子かわいい
@オープニング朗読は林伸一さんによる『はじまりの日』(ボブ・ディラン/作 ポール・ロジャース/絵 アーサー・ビナード/訳 岩崎書店 2010.2)の朗読でした。
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ASPレコードで聴くジャズは「The History Of Jazz Vol.4 - This Modern Age」(キャピトル 1945)より5曲聞きました。
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B自由参加の朗読は原明子さんによる富永太郎「無題 京都 富倉次郎に」と中原中也「四行詩」の朗読や
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中原豊館長による大岡昇平『中原中也』(角川書店 1974.1)より「秋の悲歎」の朗読を楽しみました。
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(▲以上写真は2019年8月10日撮影)
ムットーニからくり文学館HスペシャルナイトツアーT [2019年10月09日(Wed)]
【前回の続き】

9月28日(土)、中原中也記念館で開催されている「ムットーニからくり文学館」スペシャルナイトツアーに参加しましたぴかぴか(新しい)

8月10日から申込み開始だったのですが、偶然その日にチラシを見かけてすぐに申し込んだので、運よく、先着20人の中に滑り込むることができました。私が申し込んだ時点ですでに、各回とも半数は埋まっているとのことでした。何でも、全国から申込があるそうで、ムットーニの人気の高さが伺いしれます。(11月に後2回ありますが、キャンセル待ちなど受け付けていないそうですし、当日お申し出の方もお断りするそうです)
それに、「無料」(要入館料(320円))だなんて、中原中也記念館は太っ腹!

通常の展覧会が閉館した後、チケットをもぎってもらって受付に待機していた20名に「こちらにどうぞ」と声がかかりました。
懐中電灯の灯りの案内で、照明をほとんど落とした館内を2Fへと進みます。

まず、DVD室で「サーカス」の制作秘話の映像を見ました。
粘土で人形を作り出すところや、
タイムテーブルにそって何枚もの歯車を切っていき場面展開や光のコントロールに使うために何十回路の配線をするところなど、溜息がでるほど、緻密で精巧な作業の様子を垣間見ることができました。

落下傘奴のノスタルヂア
ということで、落下傘には苦心したことひらめき
ボックスシアター「サーカス」の最初と最後の場面で遠景に出る茶色の落下傘の細密なこと! 落下傘にはちゃんと人がいます……。
どうなっているんだろうと思っていたので、1つ疑問が解決しました。

サーカス小屋のテントは茶色だけではちょっと寂しいので、青い線を入れたことひらめき
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サーカス小屋は疾風吹きすさぶ荒野にあるという設定にし、荒野にはやっぱり枯れ木ということで、葉っぱの繁った木2本を作ったけれど、使わなかったことひらめき
だから、1Fの展示ケースに2体、展示してあるのですね。
ということは、チラシではサーカス小屋の後ろに木が写っていますが、これは制作途中の写真だったのですね。貴重です。

より効果的にするためターンテーブルでサーカス小屋が回るようにしたので、始め道をつけたけれどそれは没にしたことひらめき

より前面に設置するため観覧席はカーブさせたことひらめき
このカーブを出すのが、実は大変だったそうです。

観客の鰯は20体作ったけど、観覧席に17体しか座らせることができなかったことひらめき
だから、1Fの展示ケースに3体鰯が展示してあるのですね。
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プランコ乗りの名前はひとみさん。何故かというと、当時の絵葉書にその名があったから。この葉書は展示ケースにあることひらめき
後日確認したら、ちゃんと「ひとみ」と記されていましたexclamation
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色気は要らないということでひとみさんにタイツを履かせたことひらめき
ホント、細かいですよね。

ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん
ブランコは左右に揺れるだけではなく、リアルな動きを追求したことひらめき

それの近くの白い灯が
  安値(やすい)リボンと息を吐き

のライトに苦心したことひらめき
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こんな秘話を聴いたら、次に「サーカス」の上演を見る時の楽しみが倍増しますね。


そして、萩原朔太郎の詩「殺人事件」


  殺人事件       

とほい空でぴすとるが鳴る。
またぴすとるが鳴る。
ああ私の探偵は玻璃の衣裝をきて、
こひびとの窓からしのびこむ、
床は晶玉、
ゆびとゆびのあひだから、
まつさをの血がながれてゐる、
かなしい女の屍體うへで、
つめたいきりぎりすが鳴いてゐる。

しもつき上旬(はじめ)のある朝、
探偵は玻璃の衣裝をきて、
街の十字巷路(よつつぢ)を曲がった。
十字巷路に秋のふんすゐ。
はやひとり探偵はうれひをかんず。

みよ、遠いさびしい大理石の歩道を、
曲者(くせもの)はいつさんにすべつてゆく。



をモチーフにした「殺人事件」を見せていただきました。
この作品は前橋文学館にあります。
萩原朔太郎 殺人事件.jpg

この「殺人事件」と今展示してある「題のない歌」と新作の「サーカス」が三大手間のかかった作品だそうです。

今までに制作された作品は全部で300作品くらいで、このような文学作品をモチーフにした作品は30作品くらいだそうです。

ということで、文学を題材とした作品以外の「ヘル・パラダイス」を見せていただきました。
美脚の美女(魔女?)が骸骨のビッグバンドの演奏に合わせて歌います。
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(写真の左のチラシは2018年に八王子市夢美術館で行われた「ムットーニワールドからくりシアターW」、右は2019年に阪急うめだ本店で行われた「ムットーニ シアター in HANKYU」)

そして、会場に移動し、暗闇のなかでムットーニさんの口上つきのムットーニ・シアターが始まりました。
昼間の上演と違い、光の効果を存分に味わうことができ、ムットーニ・ワールドを堪能することができました。
それはそれはすばらしい贅沢で貴重な時間でした揺れるハート

記念館の外に出てみると、

屋外は真ッ闇 闇の闇
夜は劫々と更けまする
ムットーニからくり文学館Gムットーニが語る!作品上演会 [2019年10月08日(Tue)]
【前回の続き】

9月28日(土)・29日(日)、「ムットーニが語る!作品上演会」で、制作者 ムットーニさんご自身が、洒脱で、慇懃な名調子で「ムットーニからくり文学館」に展示してある5つの作品を上演してくださいましたぴかぴか(新しい)
舞台装置や人形の多彩で複雑な動き、音(音楽・効果音)、光(照明)に加えて、ムットーニ氏の口上が巧みに絡み合い、ボックスシアターから一幕限りの新たな物語が生まれました。

今回見逃した方、「ムットーニが語る!作品上演会」は、まだまだありますかわいい
折角の機会ですので、観覧されることをお薦めします。
るんるん日にち 2019年11月2日(土)、3日(日)、4日(月)、23日(土)、24日(日)
るんるん時間 各日13:00〜/15:00〜 
るんるん所要時間 約40分


ムットーニさんは上演の際の妖しい雰囲気とは違って、普段は、紳士的で優しい方。
そこで、とっても気になっていることを思い切って質問してみました。

今回展示してある「アトラスの回想」は、4年前の2015年に中原中也記念館 特別企画展「萩原朔太郎と中原中也」で展示されたものとは違う作品ですか?「猫町」と「裏猫町」があるように。それとも、何か手を加えられましたか?……と。

「いえ、同じものです。」とムットーニさんの返事。

おそらく展示してある場所や条件が違ったので、受ける印象が変わったのですね。
今回は隣の「エンドレス・リフレクションズ」の光や部屋の照明や階段の照明や常設展示室の下からの光が邪魔し、前回のようにミラーボールの煌きが壁に反映することなく、周囲への広がりもなく、別作品かと思えたのでした。
アトラスの回想.jpg


9月28日(土)に朝日新聞の記者さんが取材されていたのですが、9月29日付の新聞に掲載されていました。
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この写真の方が、ムットーニこと武藤政彦さんです。
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【次回に続く】
ムットーニからくり文学館Fお出迎え人形が編む中也の詩 [2019年10月07日(Mon)]
【前回の続き】

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(▲中原中也記念館 2019年10月6日撮影)


今日は、お出迎え人形が編んでいた中也の詩をじっくり聴いてみましたぴかぴか(新しい)

ムットーニ オフィシャルウェブサイトを見ていたら、本当に、「お出迎え人形」とありました。また、「タイムナビゲーター」とも呼ぶようです。

八王子市夢美術館で2011年に行われた「ムットーニ ワールド からくりシアターU」のチラシにそれらしき人形の写真がありました!
下の方に左右2体写っている人形ですが、画像が粗いので、確信が持てませんが、似ている気がします。
ムットーニからくりシアター2011.jpg

4体のお出迎え人形(タイムナビゲーター)はそれぞれ、「法王」「女神」「神官」「賢者」らしいのですが、どれがどれだか分かりません。


でも、中也の詩は、分かりました揺れるハート


 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん (「サーカス」)

 ただもうラアラア唱つてゆくのだ。 (「都会の夏の夜」)

 あゝ おまへはなにをして来たのだと……
 吹き来る風が私に云ふ
 これが私の故里(ふるさと)だ
 さやかに風も吹いてゐる
 (「帰郷」)

 飛んでくるあの飛行機には、
 昨日私が昆虫の涙を塗つておいた。
 (「逝く夏の歌」)

 私はその日人生に、
 椅子を失くした。
 (「港市の秋」)

 古き代の富みし館(やかた)の
     カドリール ゆらゆるスカーツ
 (「春の思ひ出」)

 千の天使が
   バスケットボールする。
 (「宿酔」)

 風が立ち、浪が騒ぎ、
   無限のまへに腕を振る
 (「盲目の秋」)

 汚れつちまつた悲しみに
 今日も小雪の降りかかる
 (「汚れつちまつた悲しみに」)

 私の上に降る雪は
 真綿(まわた)のやうでありました
 (「生ひ立ちの歌」)

 あすとらかんのあはひ縫ふ 古代の象の夢なりき (「含羞(はぢらひ)――在りし日の歌――」)

 ポッカリ月が出ましたら、
 舟を浮べて出掛けませう。
 (「湖上」)

 海にゐるのは、
 あれは人魚ではないのです。
 (「北の海」)

 ホラホラ、これが僕の骨――
 見てゐるのは僕? 可笑しなことだ。
 (「骨」)
 
 思へば遠く来たもんだ (「頑是ない歌」)

 はたはた それは はためいて ゐたが、
 音は きこえぬ 高きが ゆゑに。
 (「曇天」)

 それに陽は、さらさらと
 さらさらと射してゐるのでありました。
 (「一つのメルヘン」)

 あれはとほいい処にあるのだけれど
 おれは此処ここで待つてゐなくてはならない
 (「言葉なき歌」)

 月夜の晩に、ボタンが一つ
 波打際に、落ちてゐた。
 (「月夜の浜辺」)

 ぞろぞろぞろぞろ出てくるわ、出てくるわ出てくるわ (「正午 丸ビル風景」)

 チヨンザイチヨンザイピーフービー
 真珠のやうに美しいのさ。
 (「ピチベの哲学」)

 こんな御都合な世の中に歌なぞ歌はない (「詩人は辛い」)

 タバコとマントが恋をした (「タバコとマントの恋」)

 よろこびやがれ凡俗!(「春の日の怒」)

 惡魔の伯父さん、おぢやつたおぢやつた。 (「秋の愁嘆」)

 さよなら、さよなら!
   あなたはそんなにパラソルを振る
 (「別離」)

 おまへはもう静かな部屋に帰るがよい。
 そして心の呟きを、ゆつくりと聴くがよい。
 (「四行詩」)


こうして、並べてみると、面白いですねわーい(嬉しい顔)

【次回に続く】
ムットーニからくり文学館E中原中也「サーカス」より「サーカス」 [2019年10月06日(Sun)]
【前回の続き】

最後に、赤い垂幕で囲んである場所に進みます。
サーカス小屋という設定なのでしょうか。

➍サーカス ブランコの影が揺れる荒野にて

中原中也「サーカス」


  サーカス

幾時代かがありまして
  茶色い戦争ありました

幾時代かがありまして
  冬は疾風吹きました

幾時代かがありまして
  今夜此処(ここ)での一(ひ)と殷盛(さか)り
    今夜此処での一と殷盛り

サーカス小屋は高い梁(はり)
  そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ

頭倒(さかさ)に手を垂れて
  汚れ木綿の屋蓋(やね)のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が
  安値(やすい)リボンと息を吐き

観客様はみな鰯
  咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

     屋外(やぐわい)は真ッ闇(くら) 闇(くら)の闇(くら)
     夜は劫々(こふこふ)と更けまする
     落下傘奴(らくかがさめ)のノスタルヂアと
     ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん



をモチーフにした「サーカス」(2019年 作家蔵)ぴかぴか(新しい)
新作で、初公開です。

荒野に一つの落下傘が舞い降りた。
いつしかそれは荒野に張られたテントになり、
ある夜サーカスの幕が開く。
ほら、遠い荒野にブランコの影が揺れている。

(入館者配布パンフレットより)

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箱型劇場の傍の二つのライトが消えるといよいよはじまり、はじまり……。
遠くで戦場を飛び交うプロペラ機のエンジン音が聞えてきます。警報、光、砲音とともに、茶色い落下傘が降りてきます。
落下傘が疾風吹きすさぶ荒野に張られたサーカス小屋になり、
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サーカス小屋は、明かりがともり、盛り上がっています。
汚れ木綿のサーカス小屋の高い梁から、
頭を逆さに手を垂れた空中ブランコの少女が「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん」と揺れます。
ただ、左右に揺れるだけでなく、リアルに複雑な動きをしています!
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白いリボンのようなスポットライトがブランコ乗りの少女の姿を追い照らします。
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観客はみな鰯です。
1Fの展示でおおよその察しはついていましたが、本当に鰯です。
ちゃんと、ブランコの揺れに合わせて、体も頭も動きます。
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歓声が上がるサーカス小屋から、外に目を移すと、すかっり暗闇です。
落下傘が上がっていき、やがて、サーカス小屋の明かりも消えます。
両脇に置かれた二つのライトがともると物語は終わります。

大満足して、階段を降りる途中にライトアップした中原中也「四行詩」があります。

おまへはもう静かな部屋に帰るがよい。 
煥発する都会の夜々の燈火を後に     
おまへはもう、郊外の道を辿るがよい。     
そして心の呟きを、ゆつくりと聴くがよい。


【次回に続く】
ムットーニからくり文学館Dジュール・シュペルヴィエル「海の上の少女」より 「ワルツ・オン・ザ・シー」 [2019年10月05日(Sat)]
【前回の続き】

次は、ジュール・シュペルヴィエルの短編(コント)「海の上の少女」(『海の上の少女 シュペルヴィエル短編選』「海の上の少女」網島寿秀/訳 みすず書房 2004)


 そして木靴をはいた、この一人ぼっちの十二歳の少女の彼女は、まるで堅い地面の上を歩くように、しっかりとした足どりで水の道の上を歩いている。これらのことはどのようにして起こったのだろうか。
(中略)
 船が近づくと、それが水平線に見えぬかのうちに、少女ははげしい眠気におそわれ、村全体が波の下に消えてしまうのだ。だから、船乗り誰一人としてこの村を、望遠鏡の隅にすら捉えたことがなかったし、こんな村があるとは想像だにしなかったのである。
 少女は自分が世界でただ一人の少女だと思っていた。しかし、はたして自分が少女だということからして、本当にわかっていたかどうか……



をモチーフにした「ワルツ・オン・ザ・シー」(「Waltz on the Sea」)(2006年 個人蔵)ぴかぴか(新しい)

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100年程前にフランスの詩人ジュール・シュペルヴィエルが書いた「海の上の少女」を題材にした、少女の亡霊の物語。
波模様の小箱が開く時、一人の少女の思い出がよみがえる。

(入館者配布パンフレットより)

シュペルヴィエルは、少女を

 それほど美しい娘だとは言えなかった。(略)小さな体つきのなかで、おとなしそうな、だが、きらきら光る灰色の目がひときわ目立つその姿は、見る人の体から魂までを、時の流れの奥底からくる大きな驚きでゆさぶるほどのものがあった。(「海原の娘」(『シュペルヴィエル詩集』より 安藤元雄/訳 ほるぷ出版 1983)より引用)

と描いています。

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四角錐の高い台の上に、ぽつんと波模様の青い小さな箱が置かれています。
台の前に置かれた灯りがポッとともって(周りが明るいのでこれが結構わかりにくいです。なので、箱が開くcueがわかりにくいです)、ジジジっという歯車の音が小さく聴こえ始めると、突然、小箱の蓋が開きます。
そして、「魅惑のワルツ」のメロディにのって、中から水色のワンピースを着、水色の靴(木靴ではありません!)を履いた可憐な少女が現れ、波の光景の舞台とともに、高く高くせり上がっていきます。
ミラーボールが壁に投げかける光の変化がまるで波のようで、波の音が合間に効果的に使われていることもあって、少女が波間に漂うようにも見えてきて、ロマンチックなファンタジーの世界に誘ってくれます。
遠くでボーッと船の汽笛が鳴ると、物語のままに海の中に消えるように、少女は箱の中に戻って行き、やがて、静かに再び箱は閉じられ、灯りは消えます。

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オルゴール型の劇場に、不思議な光をたたえるシュペルヴィエルの世界が収められていて、「え?こんな小箱の中から見上げるような仕掛けが?!」とそんな驚きを体感できる作品です。
実際オルゴールのようで、他の作品と違って武藤政彦さんの朗読はなく音楽と効果音だけで構成されています。冒頭部分の武藤さん自身のピアノ演奏→波の効果音→ダイナ・ショアがうたう「Fascination(魅惑のワルツ) 」+間奏部分に波の音→最後に波の音→船の汽笛音→ピアノ演奏と流れていきまするんるん

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シュペルヴィエルの “L’Enfant de la haute mer” は、いろいろな方が翻訳しています。

「海原の娘」(『シュペルヴィエル詩集』より 安藤元雄/訳 ほるぷ出版 1983)
 どうやってできたのだろう、波に浮かんだこの家並みは? いったいどんな水夫たちが、どのような建築家の助けを借りて、大西洋の真っ只中の海面に、六千メートルもの深淵の上に、これを築いたのだろう? この細長い道筋に並ぶ家々の、赤煉瓦がもう色あせて、フランス風の灰色にくすんでしまっているのと言い、スレートや瓦の屋根と言い、十年一日のようなみすぼらしい店並みと言い? それにあの教会堂の、透かし窓をいっぱいにあけた鐘塔は? またここの、中にはただ海の水があるだけだが、どうやら庭園のつもりらしく、壜のかけらを植え込んだ塀をめぐらし、それをときどき魚がとびこえたりしているこの一部は?
 どうやってこれが、波に揺られもせずに、きちんと立っているのだろう? そして、たった一人あそこにいる、十二歳ぐらいのあの娘は? 木靴をはいて、まるで固い地面を歩くように、たしかな足どりで水の街路を通って行く、いったいどうしたわけなのだろう?……
 見るまま聞くままに、話を進めていくとしよう。はっきりしないところが残ったにしても、それをあれこれ考えてみても始まるまい。
 船が近づいて来ると、それがまだ水平線に影も見せないうちから、娘は深い眠りにおちいり、村は完全に波の下に没してしまう。それだから、たとえ望遠鏡の奥にだろうと、この村を一目で見たという水夫は一人もいなかったし、そんな村が存在することを考えてみた者さえなかったのだ。
 娘は自分がこの世界にたった一人の少女だと思っていた。それでも、自分が少女であるということだけはわかっていたのだろうか?


「沖の娘」(『なぞめいた不思議な話』所収 石川清子/訳 くもん出版 1989)
 どのようにしてつくられたのだろう、この波にただよう通りは? どんな船乗りたちが、どんな技師の力をかりて、大西洋のはるか沖合いの、六千メートルの深海の上にこの通りをつくったのだろう?
 赤い色がすっかり色あせ、今ではねずみ色にくすんでしまったレンガづくりの家がたちならぶこの長い通りは? スレートやかわぶきのこれらの屋根、かわることのないこれらのみすぼらしい店は? そして、すかし彫りをたくさんほどこしたこの鐘つき塔は? それから、おそらく庭のつもりなのだろう、どろぼうよけのびんの破片をつけた壁で守られ、海水がたまっているだけのこの囲いは? その上ではときどき魚がとびはねている。


「沖の小娘」(『シュペルヴィエル抄』より 堀口大学/訳 小沢書店 1992)
 この、水に浮かんだ道路が、どうして出来たものか? どんな水夫たちが、どんな建築師の手を借りて、大西洋遥か沖合いの海面、六千メートルもある深海の上に、これを造ったものか? 今ではすっかり褪せてしまって、仏蘭西鼠(グリ・ド・フランス)に近い色に見えている赤煉瓦のこれらの家々も、瓦葺きの、スレート葺きのこれらの屋根も、いつ見ても変わりのない貧しげなこれらの店々も? また透し彫りのどっさりしてあるお寺のあの鐘楼も? それから、見たところではただ海の水が満たしてあるだけだが、どうやらそれでも、壁をめぐらしたり、壜の底を置き並べて飾りにしたりした庭のつもりらしく、そこでときどき魚がはねているこの庭も?
 波にも揺れずに、いったいどうしてこれが立っているのだろう?
 それから、固い地べたを歩くと同じように、確かな歩調で、木靴の歩みを運んで通る、ひとりぼっちの十二になるあの小娘にしても? いったいこれは、どうしたことなのであろうか?
 それらのことがおいおい目の前に見えて来るにしたがって、また、それらが分かってくるにしたって説明するとしよう。それでもまだ分からないことがあるかも知れないけれど、それは仕方のないことだ。


「海の上の少女」(網島寿秀/訳 みすず書房 2004)
 水に浮かんでいるこの道はどのようにしてできたのだろう? いったいどんな水夫たちが、どのような建築技師の助力を得て、大西洋の沖合、六千メートルもの深さの海面に、こんなものを作ったのだろう? 赤煉瓦がすでに色褪せて灰色がかった家が並ぶこの長い道、スレートや瓦の屋根屋根、一様に地味なこれらの店はどのようにして築かれたのか? そしてたくさんの小窓がほどこされたこの鐘楼は? それに、中にあるものといったら海の水だけなのに、壁にはしっかりと瓶の破片が埋め込まれ、時々その上を魚がとび跳ねている、庭園とも言いたげなこの一角は?
(略) 
 そして木靴をはいた、この一人ぼっちの十二歳の少女の彼女は、まるで堅い地面の上を歩くように、しっかりとした足どりで水の道の上を歩いている。これらのことはどのようにして起こったのだろうか。
(略)
 船が近づくと、それが水平線に見えぬかのうちに、少女ははげしい眠気におそわれ、村全体が波の下に消えてしまうのだ。だから、船乗り誰一人としてこの村を、望遠鏡の隅にすら捉えたことがなかったし、こんな村があるとは想像だにしなかったのである。
 少女は自分が世界でただ一人の少女だと思っていた。しかし、はたして自分が少女だということからして、本当にわかっていたかどうか……


「海に住む少女」(永田千奈/訳 光文社 2006.10)
 この海に浮かぶ道路は、いったいどうやって造ったのでしょう。どんな建築家の助けを得て、どんな水夫が、水深六千メートルもある沖合い、大西洋のまっただなかに、道路を建築したというのでしょう。道に沿って並ぶ赤レンガの家、いえ、もうすでに色あせてフランス風のグレーになっていたけれど、この家や、スレートやかわらで出来た屋根や、地味でかわりばえのしないお店はいったい、どうやって? あの小窓がたくさんついた鐘楼はどうやって? たぶんガラス片のついた塀に囲まれた庭だったのだろうけれど、今や海水でいっぱいになっていて、時たま塀の上を魚が跳ねたりするこの場所は、誰がどうやって?
 波に揺さぶられることなく、建物がみんなちゃんと建っているのはどうして?
 そこに住むまったくひとりぼっちで暮らす、十二歳くらいの少女。海水のなかの道を、ふつうの地面みたいに、すたすたと木靴で歩いてゆくこの少女は、いったい?
(略)
 船が近づくと、まだ水平線にその姿が見えないうちから、少女はとても眠たくなって、町はまるごと波の下に消えてしまいます。だから船乗りたちは、望遠鏡の先にすらこの町をみたことがなく、町があるなんて考えたことさえないのです。
 少女はこの世に、自分以外にも女の子がいるなんて知りませんでした。いえ、そもそも自分が少女であることすら、知っていたのでしょうか。
ムットーニからくり文学館C中原中也「地極の天使」より「アトラスの回想」 [2019年10月04日(Fri)]
【前回の続き】

次は、中也の「地極の天使」

 
  地極の天使
  
 われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、人々自らを死物と観念してあらんことを! われは御身等を呪(のろ)ふ。
 心は腐れ、器物は穢けがれぬ。「夕暮」なき競走、油と虫となる理想! ――言葉は既に無益なるのみ。われは世界の壊滅を願ふ!
 蜂の尾と、ラム酒とに、世界は分解されしなり。夢のうちなる遠近法、夏の夜風の小鎚こづちの重量、それ等は既になし。
 陣営の野に笑へる陽炎(かげろふ)、空を匿して笑へる歯、――おゝ古代! ――心は寧ろ笛にまで、堕落すべきなり。
 家族旅行と木箱との過剰は最早、世界をして理知にて笑はしめ、感情にて判断せしむるなり。――われは世界の壊滅を願ふ!
 マグデブルグの半球よ、おゝレトルトよ! 汝等祝福されてあるべきなり、其の他はすべて分解しければ。
 マグデブルグの半球よ、おゝレトルトよ! われ星に甘え、われ太陽に傲岸ならん時、汝等ぞ、讃ふべきわが従者!



をモチーフに天空を背負わされたに「アトラスの苦難」に絡めて制作された「アトラスの回想」(2015年 世田谷文学館蔵)ぴかぴか(新しい)

アトラスは回想する、自らに課せらえた罪を、
そして夢見る。
開かれた天空に翼を広げ舞う天使を。
われ星に甘え、
われ太陽に傲岸ならん時、
汝等ぞ、讃ふべきわが従者!」

(入館者配布パンフレットより)

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「地極の天使」が「アトラス」の物語になるとは、ムットーニの着想の豊かさに脱帽ですひらめき

アトラスの背負う天空が持ち上げられて開くと、パカッと二つに割れ(本当に、パカッとです!)、夜と昼の大地の風景に分かれた球体の中から、女性の有翼の天使が現れます。
日常の象徴である木箱とレトルト(このあたりの作り、実に細かいです)を手に持っていてる天使は、翼を広げて、足元のミラーボールを煌めかせながら、天空へと舞い羽ばたいていきます。そして、静かに舞い降りて来ると、ゆっくりと天空は閉じ、再びアトラスが天空を担ぎます。

そして、この天空には、「マグデブルグの半球」を暗示しているのでしょう、引っ張る取っ手(?)が付いています。

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蛇足ではありますが、言葉の説明を少し……かわいい

「マグデブルグの半球」とは、1657年、ドイツのマクデブルク市長 オットー・フォン・ゲーリケが行なった、大気圧を示す実験です。二つの銅製の半球を動物の皮を間にはさんですきまなく接合し、真空ポンプで内部の空気を抜きました。この半球は、両側から8頭ずつの馬で引っ張り合ってようやく離れ、大気圧の存在とその大きさが示され、真空の存在を証明しました。

「レトルト」とは、物質の蒸留や乾留をする際に用いられるガラス製の器具で、形状としては、球状の容器の上に長くくびれた管が下に向かって伸びています。錬金術などで用いられていました。

「アトラス」とは、ギリシア神話に登場する 巨躯を以て知られた神で、ゼウスによって、世界の西の果てで、両腕と頭で天の蒼穹を支える役目を負わさたとされています。

【次回に続く】
ムットーニからくり文学館B中原中也「失せし希望」より「ロスト」 [2019年10月03日(Thu)]
【前回の続き】

隣は、中原中也「失せし希望」


  失せし希望

暗き空へと消え行きぬ
  わが若き日を燃えし希望は。

夏の夜の星の如くは今もなほ
  遐(とほ)きみ空に見え隠る、今もなほ。

暗き空へと消えゆきぬ
  わが若き日の夢は希望は。

今はた此處(ここ)に打伏して
  獸の如くは、暗き思ひす。

そが暗き思ひいつの日
  晴れんとの知るよしなくて、

溺れたる夜(よる)の海より
  空の月、望むが如し。

その浪はあまりに深く
  その月はあまりに清く、

あはれわが若き日を燃えし希望の
  今ははや暗き空へと消え行きぬ。



をモチーフにした「ロスト」(2011年 個人像)ぴかぴか(新しい)

ムットーニにかかると中也の「失せし希望」がかつて空を舞った記憶を追い求める墮天使の物語となります。

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男は教会の鐘の音を聞いたとき、かって自分が大空を舞っていたことを思い出す。
眼下に遠のく教会の尖塔が、やがて小さな一点の輝きとなって消えた、あの光景を。
そして今、遥か上方より降り注ぐ鐘の音を聞きながら男は悟る。
自分は今、翼を、希望を、そしてすべてを失ってしまったことを。

(入館者配布パンㇾットより)

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他と違ってバックの布の色が黒色です。天幕は白。
リングライトが光り、堕天使は……。
こちらもチラシには「中原中也記念館バージョンになって登場!」とあります。
音楽は「大天使ミカエル ハレルヤ」。



「失せし希望」は、『ノート小年時』に「消えし希望」のタイトルで清書されました。1929(昭和4)年7月14日の日付が入っています。(第一次形態)


  消えし希望

暗き空へと消えゆきぬ
わが若き日を燃えし希望は。

夏の夜の星の如(ごと)くは今もなお
遠きみ空に見え隠る、今もなお。

暗き空へと消えゆきぬ
わが若き日の夢は希望は。

今はた此処(ここ)に打伏(うちふ)して
獣の如くも、暗き思いす。

そが暗き思い何時(いつ)の日
晴れんとの知るよしなくて、

溺れたる夜(よる)の海より
空の月、望むが如し。

その浪はあまりに深く
その月は、あまりにきよく。

あわれわが、若き日を燃えし希望の
今ははや暗き空へと消え行きぬ。

(一九二九・七・一四)



それが推敲改題されて「失せし希望」となり、『白痴群』第6号(昭和5年4月発行)に発表されました。(第二次形態)
それがまた推敲されて『山羊の歌』に収録されました。(第三次形態)

音楽集団「スルヤ」のメンバーで『白痴群』の同人でもある内海誓一郎によって曲がつけられ、1930(昭和5)年5月7日に行われた「スルヤ」の第5回発表演奏会で「失せし希望」のタイトルで初演されました。

一度聞いてみたいものです。

【次回に続く】
ムットーニからくり文学館A萩原朔太郎「題のない歌」より「題のない歌」 [2019年10月02日(Wed)]
【前回の続き】

青い垂れ幕の先に進みます。

➋からくり文学館

ここには、4つのそれぞれ趣向が違った作品が展示してあります。


最初は、萩原朔太郎『青猫』に所収された「題のない歌」


  題のない歌

南洋の日にやけた裸か女のやうに
夏草の茂つてゐる波止場の向うへ ふしぎな赤錆びた汽船がはひつてきた
ふはふはとした雲が白くたちのぼつて
船員のすふ煙草のけむりがさびしがつてる。
わたしは鶉のやうに羽ばたきながら
さうして丈 (たけ)の高い野茨の上を飛びまはつた
ああ 雲よ 船よ どこに彼女は航海の碇をすてたか
ふしぎな情熱になやみながら
わたしは沈默の墓地をたづねあるいた
それはこの草叢(くさむら)の風に吹かれてゐる
しづかに 錆びついた 戀愛鳥の木乃伊(みいら)であつた。



をモチーフにした「題のない歌」(2016年 世田谷文学館蔵)ぴかぴか(新しい)
詩と同名のタイトルです。
詩の中の言葉「夏草の茂つてゐる波止場」「赤錆びた汽船」「沈黙の墓場」「戀愛鳥の木乃伊」をキーワードに、ボックス・シアター(箱型劇場)で繰りひろげられる情景は、朔太郎のイメージそのままの哀愁を帯びたダンディズムが立体的に視覚化されていて、ノスタルジックな独特な世界が大胆に展開します。

場末の酒場で飲んだ一杯のウヰスキーが呼び起こす様々なビジョン。
「夏草の生い茂った波止場」
「赤錆びた汽船」
「沈黙の墓場」
忘れていた物語を紡ぐために、男はまたウヰスキーを口に運ぶ。
遠くで汽笛が鳴っている。
(入館者配布パンフレットより)

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「場末の酒場で、男が独り、ウイスキーのグラスを傾けている。」→「酒場の扉が開き、一人の女が入ってくる。」→「酒場の床は夏草の生い茂る地面となる。」→「波止場に転換する。」→「街灯に明かりが点り、汽笛が鳴って、赤錆びた汽船の巨大な影が近づいてくる。」→「沈黙の墓地。」→「女の肩から白い翼が生える。」→「戀愛鳥のミイラ。」→「汽船は遠ざかる。」→「女の姿も消える。」→「夏草の生えた地面は酒場の床となる。」→「男はまた独り、グラスを傾ける。」→「汽笛だけが遠くで鳴っている。」

言葉で書けばこんなところでしょうか。でも、これでは、きっと伝わりません。

数ミリ単位で動くその緻密さ・精巧さには息をのみます。
とにかく実物を見て、その空間を体感していただきたいものです。
動いていないときでも、場末の酒場の細部のつくりは、一見の価値ありです。
ドールハウス好きの人にもお薦めです。

【次回に続く】
ムットーニからくり文学館@宮沢賢治『春と修羅 ー 心象スケツチ』「序」より「エンドレス・リフレクションズ」 [2019年10月01日(Tue)]
9月26日(木)から中原中也記念館で開催されている開館25周年記念展「文学表現の可能性(前期) ムットーニからくり文学館」に行きましたぴかぴか(新しい)

中原中也記念館は、開館25周年ということで、特別企画展「富永太郎と中原中也」が終ったと思ったら、間髪を容れずに「ムットーニからくり文学館」ですわーい(嬉しい顔)
今年の中原中也記念館は目が離せません。

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1Fの常設展示のコーナーを過ぎ、テーマ展示「四季詩集――中也とめぐる春夏秋冬」の展示コーナーが終わり、読書コーナーから「ムットーニからくり文学館」は始まります揺れるハート
(なので、間違っても、常設展示コーナーにある階段から2Fに上がらないように。出口から入ってしまうことになるので、もったいないです。標示板か何かがあると嬉しいのですが……。)

まず、中原中也「サーカス」を題材とした新作「サーカス」(初公開exclamation×2)の制作関連資料がガラスケースに収まっていました。なんともユーモラスexclamation&questionな鰯の粘土人形(3体)や、木の粘土作品(2本)、昔のサーカスの絵葉書、そして、今回「サーカス」を制作するにあたっての着想メモや設計図、動かすためのタイムテーブルなどが展示してありました。

●「サーカス」制作のためのスケッチ・かけらたち
●戦前のサーカス絵葉書 「サーカス」制作のためのイメージ資料
●設計図・構想を書きとめたノート・シナリオ・タイムサークル表



階段の上り口に、お出迎え人形(キャプションがなかったので勝手に名前をつけました)
中也の詩を紡いています。
耳を傾け聞いてみると、一つの作品という訳ではなく、いろんな詩から引き出されたフレーズです。 ―― きっと、あなたの好きな詩もあるはずです。「サーカス」から「四行詩」まで……エンドレスに流れてます、


 ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん 

 おまへはもう静かな部屋に帰るがよい。
 そして心の呟きを、ゆつくりと聴くがよい。


なんか、違った作品に聞こえて面白いです。

手に持つ灯りは、ゆっくりと時を刻み、揺れています。
現実とは異なる時間軸に誘う階段のはずですが、
ただ、残念なことに、ここの階段は、中原中也記念館の中でも一番光溢れるところ……
なので、日常から離れ、全てがゆっくり動く夢の世界に入り込みたいところですが、まだまだそうはいきませんでした。

階段を登りきったとこころに、お出迎え人形U。

そして、DVD室の横の廊下を通って2階展示室。
照明を落とした展示室は、垂幕によって、3つに仕切られていました。


➊透明な幽体としてのプロローグ

お出迎え人形V、Wが両サイドにいます。

そして、 宮沢賢治『春と修羅 ー 心象スケツチ』
 
     
  

わたくしといふ現象は
仮定された有機交流電燈の
ひとつの青い照明です
(あらゆる透明な幽霊の複合体)
風景やみんなといつしよに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です
(ひかりはたもち その電燈は失はれ)

(以下略)


をモチーフにした「エンドレス・リフレクションズ」(2019年 作家蔵)ぴかぴか(新しい)
左側に「プリモ・テンポレ」(2014年)、右側に「エリア・キーパー」(2016年)という三体一組の作品が向かい合って並んでいます。
チラシに「中原中也記念館バージョンになって登場!」とあります。

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透明のシリンダーの中を光を放ちながら上下する天使たち。
部屋全体に飛散し、いつしかそこに立つ者を一つの発光体と変えていく。
(入館者配布パンフレットより)

音楽は 「O ignis spiritus」。荘厳な曲です。
天使が舞い降り、また舞い上がり、その動きに連動して青い光が部屋全体に拡散し、賢治の言葉が文ストの異能(文ストの賢治の異能は「雨ニモマケズ」でした!)のように放たれ、詩の世界に包み込まれていきます。

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【次回に続く】
中井智彦 ピアノ弾き語り「今宵・・・中也を語る。」 @ 周防四宮 赤田神社 秋まつり前夜祭 [2019年09月30日(Mon)]
10月19日(土)、周防四宮 赤田神社秋まつり前夜祭の奉納舞台で、中井智彦 ピアノ弾き語り「今宵・・・中也を語る。」がありますぴかぴか(新しい)

赤田神社秋まつり前夜祭 中井智彦20191019.jpg

るんるん日にちるんるん 2019年10月19日(土)
るんるん場所るんるん 赤田神社
      山口市吉敷赤田5-3-1 電話083-902-9596
るんるん演奏予定曲るんるん
  「荒城の月」
  「サーカス」 詩人 中原中也の世界「在りし日の歌」より
  「幻影」 詩人 中原中也の世界「在りし日の歌」より
  「見果てぬ夢」 ミュージカル「ラ・マンチャの男」より


  幻影

私の頭の中には、いつの頃からか、
薄命さうなピエロがひとり棲んでゐて、
それは、紗(しや)の服なんかを着込んで、
そして、月光を浴びてゐるのでした。

ともすると、弱々しげな手付をして、
しきりと 手真似をするのでしたが、
その意味が、つひぞ通じたためしはなく、
あわれげな 思ひをさせるばつかりでした。

手真似につれては、唇(くち)も動かしてゐるのでしたが、
古い影絵でも見てゐるやう――
音はちつともしないのですし、
何を云つてるのかは 分りませんでした。

しろじろと身に月光を浴び、
あやしくもあかるい霧の中で、
かすかな姿態をゆるやかに動かしながら、
眼付ばかりはどこまでも、やさしさうなのでした。



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ミュージック前夜祭では神社の岩山をライトアップし、その前に仮設の舞台を組んで夜神楽をはじめ歌舞の奉納を行います。
舞台に先立ち、ロウソクに灯りを燈して境内を飾る「献灯行事」を行います。

かわいい献灯行事かわいい 17:00
 紙コップに願い事を書いてロウソクに点灯し前夜祭の境内を飾ります。どなたでも参加可。
 あなたも願い事を書いて神様に届けませんか。参加ご希望の方は16:30に会場へ。

かわいい前夜祭(神事)かわいい 18:00
 大祭前夜の神事を行います。併せてお神輿に神様の御分霊をお遷しします。

かわいい奉納舞台かわいい 19:00

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ー(長音記号1)プログラムー(長音記号1)
るんるん神楽舞「塩祓」 / 土居神楽舞保存会
るんるん混声合唱 / コーラスyui 「切手のないおくりもの」「今日もひとつ」
るんるんキッズダンス
るんるん和太鼓演奏 / 子供鳳翩太鼓
るんるんピアノ演奏 / 神木涼
るんるんフォークソング / ハルモニア
るんるんバイオリンとピアノ演奏 / SOY 「亡き女王のためのパヴァーヌ」「 情熱大陸」
るんるんピアノ弾き語り/ 中井智彦
るんるん神楽舞「鍾馗」/ 土居神楽舞保存会


かわいい中井智彦かわいい
1983年生まれ、神奈川県出身。東京藝術大学卒。卒業時に同声会賞を受賞。2007年ミュージカル「レ・ミゼラブル」でデビュー。2010年から5年間、劇団四季に所属。「美女と野獣」(野獣役)と「オペラ座の怪人」(ラウル役)はそれぞれ約500ステージをつとめる。
四季財団中、図書館で偶然手にした「中原中也全集」に深く感銘を受け、中也の詩にメロディをつけた楽曲の制作を始める。四季退団後に、中也の感じた芸術を表現者として形にしようと、本格的に舞台の制作を開始。2016年7月自ら企画・構成・演出・作曲を手がける独り舞台「詩人・中原中也の世界」を発表。翌年「山口きずな音楽祭VOL.9 中也を歌う」(山口市民会館)に出演。
艶のあるバリトンボイスを持ち味に、圧倒的な表現力と歌唱力で、ミュージカルやライブを中心に活動中。現在はミュージカル・舞台に加え、制作・コンサート活動も精力的に行う。サラブライトマン日本ツアーにバックコーラスとして参加。テレビ東京系「THEカラオケ★バトル」出演。
CDは1stCD「私の歌を聴いてくれ」(サウンドプロデュース:シングライクトーキング西村智彦)、CD&BOOK「詩人・中原中也の世界ー在りし日の歌ー」、ライブ録音CD「愛せぬならば」「ひそかな夢」「見果てぬ夢」「魅惑の宵」がある。

原稿用紙 @ 富永太郎と中原中也展C [2019年09月29日(Sun)]
【前回より続く】

太郎の詩と中也の詩は、それを観察するに、業念などに相似的な世界のものがあります。そもそも、何か「同じ匂いがする」と思ったら、原稿用紙が同じものが多かったのでしたぴかぴか(新しい)

展示されている太郎の原稿の多くが、「東京 文房堂製」と銘の入った原稿用紙揺れるハート
文房堂原稿用紙@.gif

B4くらいで赤茶色の枠線です。それも、20行×25文字の500字詰めかわいい

文房堂は「ぶんぽうどう」と読み、約130年の歴史の中で、原稿用紙や大学ノート、五線紙などの商品は一番最初の文房具店の時からあったそうです。

文房堂は明治20年に創業し、輸入文具や画材を販売していましたが、程なく、オリジナルの文具を製造販売するようになりました。品質にこだわりぬいた文房堂の原稿用紙は、明治、大正、昭和にかけて多くの人々に愛されました。
文房堂では、明治から昭和初期にかけて、さまざまなタイプの原稿用紙を製造、販売しておりました。特に、500字詰め原稿用紙を製造していた会社は日本で2社しかなく、大変めずらしいものです。
文房堂HPより)

池田治朗吉が明治20(1887)年に創業。合名会社として四代目まで代々治朗吉を襲名していく。輸入文具の取扱をメインに行っていたが、文房堂オリジナル商品の開発・販売も開始。また福沢諭吉に西洋美術の輸入販売を勧められ、文房具だけでなく美術用品の品揃えも豊富となった。明治39年に現在の千代田区神田神保町に店舗を新築。大正11年 現在の社屋(外壁)完成。当時では珍しい鉄筋造りであったおかげで震災や戦火をくぐりぬけた社屋は、レンガ造りの外観をそのまま残し、背面の建物を建て替える特殊工法で現在まで保存されている。中也が訪れていた大正から昭和にかけて文房堂には、たくさんの文士や画家を目指す学生が足を運んで文具や画材を買い求めた。(『第15回中野区ゆかりの著作者紹介展示 中也と中野と中央線』(中野区立中央図書館 2019.3))

 中原が使った原稿用紙には右の罫線のゆがみ、こわれなどを計算に入れて分類すると、六十種類ある。一番多いのは25×10×2の五百字詰の文房堂製である。
これは神田駿河台下にいまでもある画材店で、明治四十二、三年頃から、原稿用紙を作り出した。日本橋の丸善、本郷の松屋、新宿の甲州屋と並んで、昭和初期、最も人気のあった原稿用紙である。
 中原が使ったので一番古いのは、大正十三年十一月頃の24×10×2の四百八十字詰という特殊な型である。同じ頃富永太郎も使っており、当時二人は京都にいたから多分文房堂の京都代理店「画箋堂」で買ったのであろうと思う。

(『群衆』四月号(第24巻第4号 1969.4 講談社)「再説・原稿用紙」(大岡昇平))(『大岡昇平全集18』(筑摩書房 1995.1)「再説・原稿用紙」P460引用)

(略)ここの原稿用紙も丸善製のように百枚ひと組みであったが、印刷はアズキ色で明るい上に、色が薄い。最初は「子持ち」罫で囲んでいたが、次第に点線が一本入っているだけになる。区切り線も点線で、全体として枡目の束縛をより感じさせないようにできていた。
 これを小林秀雄、中原中也に紹介したのは、富永太郎であった、と私は指定している。現在私の手許には小林秀雄の初期手稿と富永太郎の遺構がある。富永は最初は丸善聖を使っているが、大正十二年十一月末の「熱情的なフーガ」から文房聖を使いはじめ、それは二年後の死まで変わらない。(略)
 中原中也は大正十三年十一月の散文「耕二のこと:、戯曲「夢」から文房堂に入っている。(略)
 当時は四百字詰は一般的ではなく、むしろ25×24の六百字詰或いは25×20の五百字詰が優勢であった。四百字詰は小説家のもので、論文は六百字詰を使ったと思われる。(略)
 富永、中原のような詩人は五百字を多く使っている。詩は上を二、三字空けて書くから、下に余裕がある方が坐りがいいからであろう。たまに四百字詰の使用例があるのは、気分転換のためだったろう。
 中原は大正十四年には四百字詰小型を使っているが、大正十五年から五百字詰が安定して来る。

(『文芸』新年特大号(第8巻第1号 河出書房新社 1969.1)「原稿用紙」(大岡昇平) )(『大岡昇平全集18』(筑摩書房 1995.1)「原稿用紙」P454〜456引用)

原稿用紙は、字数、寸法、余白の幅、枠線の色など商品によって様々な違いがあります。

そこで、今回展示してある文房堂製の原稿用紙に限ってですが、分類してみました。
※「東京 文房堂製」と入った活字のポイントの違いや位置な微妙な違いもあるのですが、それは、今回は区別していません。

(1)500字詰
@「人工天国」(大正12年5月29日推定)
 「COLLOQUE MOQUEUR」(大正12年4月)
マス目の周りの線が上と右縦のみ。
ノンブル用のかっこが左上にある。
下に「10×25」と入っている。
「東京 文房堂製」の銘。
0413814E-1310-49E8-9EC6-97FCD0775856.jpeg「人工天国」 E2732AA0-FA6E-42AD-BBF4-E580FB658475.jpeg「COLLOQUE MOQUEUR」

A「俯瞰景」
マス目の周りの線が上と右縦と下の3か所。
下に「10ー25」と入っている。
「(東京 文房堂製)」と銘にかっこがついている。

B「河上に呈する詩論」(中原中也)(昭和4年6月27日)
 「小詩論――小林秀雄に」(中原中也)(昭和2年初頭)
 「詩的履歴書」(中原中也)(昭和11年8月推定)
 「朝の歌」(中原中也)
マス目の周りの線が上と右縦と下の3か所。
下に「10ー25」と入っている。
「東京 文房堂製」と銘。
33DEE505-D5A1-451F-BB1C-2B5D7C04BA2B.jpeg「小詩論」 B4F2115B-02D6-47C1-98ED-33A8FB9E30A2.jpeg「詩的履歴書」 5D906337-8754-417E-BBBB-48D3E0E3DB59.jpeg「朝の歌」

こちらは、復刻して販売されています。
以前、中原中也記念館でも販売されていたので、すぐにGETし、文房具オタクで原稿用紙マニアの友人にプレゼントしましたわーい(嬉しい顔)
(お返しは、司馬遼太郎の原稿用紙でしたかわいい
文房堂原稿用紙B.gif

(2)480字詰(24字×20行)
「遺産分配書」(大正14年2月)
「鳥獣剥製所」(大正14年(推定))
「正岡忠三郎宛書簡」(大正14年1月15日付)(宮沢賢治の詩を同封)
「詩三篇 無題(富倉次郎に)」
周りに太罫の四角の囲み(子持ち罫)。
真ん中に魚尾あり。
「(東京 文房堂製)」と銘にかっこがついている。
AF751B08-DABC-412A-94D3-1329FC36139B.jpeg「遺産分配書」 71EF72AA-5F6D-424E-8945-528EE9D96F46.jpeg「鳥獣剥製所」 73346035-0ABA-4C40-9F44-1009D895424B.jpeg「正岡忠三郎宛書簡」

(3)400字詰(20字×20行)
「ランボオへ」(富永太郎/作 中原中也/筆)(大正14年11月下旬筆)
マス目の周りの線が上と右縦と下の3か所。
下に「10ー20」と入っている。
「東京 文房堂製」と銘。
962BE5BD-2AE8-4D90-8B68-C651F4B07C0A.jpeg「ランボオへ」

(4)一回り小さいA4サイズくらいの400字詰(20字×20行)
@「秋の愁嘆」(中原中也)(大正14年10月7日)
周りに太罫の四角の囲み(子持ち罫)。
真ん中に魚尾あり。
「(東京 文房堂製)」と銘にかっこがついている。
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A「或る心の一季節」(中原中也)(大正14年春推定)
周りに太罫の四角の囲み(子持ち罫)。
真ん中に魚尾あり。
「(東京 文房堂製)G」とある。
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太郎の自筆原稿を観る機会は今後余りないかもしれませんが、中也の原稿については、原稿用紙という観点でも今後も観察を続けたい、と思っています。
夜、うつくしい魂は涕いて @ 劇団ジャンク派幻燈ファンタジー [2019年09月28日(Sat)]
9月29日(日)、劇団ジャンク派の東京公演 幻燈ファンタジー「夜、うつくしい魂は涕いて」が自由学園明日館 講堂で上演されますぴかぴか(新しい)

夜、うつくしい魂はないて.jpg 夜、うつくしい魂はないて 裏.jpg

「やさしかった中也さん。
 ワタシは自分の人生を生きたわ。
 後悔はしてないの……」

魂の詩人 中原中也の儚くも純真な一生を叙情豊かに描く舞台。
音楽は全編生演奏。
2部には心踊る魅惑のショータイムを展開。

るんるん日時るんるん 2019年9月29日(日)14:00〜16:00
るんるんタイムテーブルるんるん
  13:15 開場
  14:00 プロローグ(前芝居)スタート
  14:15 芝居 本編 開幕
  15:00 休憩
  15:15 2部 モダーン・ショー 開幕
  16:00 終演 予定
   ※上演時間 約2時間0分(休憩含む)を予定
   ※プロローグ(前芝居)が定刻にスタート
るんるん場所るんるん 自由学園明日館 講堂
      豊島区西池袋2-31-3 電話03-3971-7535     
      JR池袋駅西口・メトロポリタン口より徒歩5分、JR目白駅より徒歩7分
るんるん演目るんるん 1部 中原中也ラプソディ  2部 モダーン・ショー
るんるん出演るんるん チェン・スウリー、中村ナツ子
 【音楽】田村佳乃子、田中希実
 【ダンス】新谷優采、杣津妃南、宮内心春
るんるん脚本るんるん チェン・スウリー
るんるん演出るんるん チェン・スウリー
るんるんスタッフるんるん
 【ダンス指導】安田有佐(こいね会舞踊学院)
 【宣伝美術】鈴木仁々
 【照明】清恋
 【音響】村上真理(劇団コックピット)
 【木戸】桶山愛子、済陽大介
るんるん料金るんるん 前売 一般 2,500円/学割 1,500円(当日はそれぞれ500円増)※全席自由席
るんるん前売券販売所るんるん
  コクテイル書房(高円寺)電話03-3310-8130
  高品質珈琲と名曲 私の隠れ家(四谷三丁目)電話090-5783-4680
  純手打ちうどん 町田タロー庵(町田)電話050-5891-8158
  バサラ・ブックス(吉祥寺)電話0422-47-3764
  カンフェティ電話予約 フリーダイヤル0120-240-540(平日10:00〜18:00)
   ※電話予約してセブンイレブンで受取
  メールにて gekidan.junk.ha@gmail.com (振込先を案内)
るんるん特別協賛るんるん 湯田温泉旅館協同組合
るんるん協賛るんるん 本多屋 / 福の花
るんるん後援るんるん 中原中也記念館、山頭火ふるさと館、金子みすゞ記念館


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30歳で夭折し、今なお広く愛され続ける詩人 中原中也。
生涯の恋人 長谷川泰子との間のエピソードを中心に、苦悩に満ちた繊細な一生を描く。

今年3月に中也の郷里 山口で初演し好評を博した舞台の東京公演!
東京公演では、ご当地で活躍中の女優 中村ナツ子を客演として迎え新たな境地を切り拓きます。

エレクトーン、バイオリンの生演奏による迫力ある音楽と、趣向を凝らしたショータイムにも、注目。


公演を記念してプレイベントを開催!(9月より)
 高品質珈琲と名曲 私の隠れ家(四谷三丁目)にて中也をイメージした絵のグループ展
 コクテイル書房(高円寺)にて中原中也や小林秀雄にちなんだ飲食メニューを提供等
 
当日、会場にて
 中也のふるさと山口市 湯田温泉のパネル展示
 中也の愛した郷里 山口の名産品・菓子、その他、中也関連のグッズの販売
ランボーと泡鳴と『春と修羅』 @ 富永太郎と中原中也展B [2019年09月26日(Thu)]
【前回の続き】

次のケースは、大正13年10月2日付村井康男宛書簡
中也とフランス大家新作画展覧会を観た感想を報告しています。
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 中央美術主催の仏展を見た。
 見るべきものはローランサンとブラックだけ。(略)
 ローランサン“Amies”にはすっかり参ってしまった。(略)
 会場を出てから 一緒に行ったダゞイスト(略)が、ポケットから今月の「青銅時代」を出して、(略)
 Symbol is a symbol (略)
といふアミエルの句を出して見せて
「ローランサンの絵を見て、それからこの句を読むと全く安心しますね。」と言った。
(略)


隣には、忠三郎の「日記帖6」(1924(大正13)年9月15日〜1925(大正14)年7月8日)が展示されています。
忠三郎は、太郎や中也の交友の様子を詳細に日記に綴っています。


次のケースには、前期は、中也の「創作ノート1924」の上田敏訳・ランボー「酔いどれ船」(『上田敏詩集』(玄文社 1923(大正12))を筆写した頁が展示されていました。
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これは 1924(大正13)年の秋に筆写されたと考えられ、11連で終わっています。

太郎の「詩帖1」にはこの原詩「Bateau ivre」全25連のうち12連目まで転記されています。(※「詩帖1」の展示は表紙のみ)
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それに呼応して、中原中也訳・ランボー『ランボー詩集』(野田書房 1937(昭和12).9.15)が展示してありました。
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前期に展示してあった、大正12年6月13日付正岡忠三郎宛書簡には、次のようにありました。

 近頃「表象派の文学運動」の序文からだんだん岩野泡鳴にひきつけられてゐる。(略)
  
それに呼応して、岩野泡鳴訳・シモンズ『表象派の文学運動』(新潮社 1913(大正2).10.28)が展示してありました。
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当時余り知られていなかった宮沢賢治『春と修羅』(関根書店 1924(大正13).4)をダダイストの辻潤が「読売新聞」で評価した記事を、太郎は切り抜いてとっておいたそうです。
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そして、太郎は「詩帖1」に「原体剣舞連」を筆写しました。(※「詩帖1」の展示は表紙のみ)(※この詩について展覧会では言及されていませんでした)

  原体剣舞連
    (mental sketch modified)


   dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
こんや異装《いさう》のげん月のした
鶏《とり》の黒尾を頭巾《づきん》にかざり
片刃《かたは》の太刀をひらめかす
原体《はらたい》村の舞手《おどりこ》たちよ
鴇《とき》いろのはるの樹液《じゅえき》を
アルペン農の辛酸《しんさん》に投げ
生《せい》しののめの草いろの火を
高原の風とひかりにさゝげ
菩提樹《まだ》皮《かわ》と縄とをまとふ
気圏の戦士わが朋《とも》たちよ
青らみわたる気《かうき》をふかみ
楢と掬《ぶな》とのうれひをあつめ
蛇紋山地《じゃもんさんち》に篝《かゞり》をかかげ
ひのきの髪をうちゆすり
まるめろの匂のそらに
あたらしい星雲を燃せ
   dah-dah-sko-dah-dah
肌膚《きふ》を腐植と土にけづらせ
筋骨はつめたい炭酸に粗《あら》び
月月《つきづき》に日光と風とを焦慮し
敬虔に年を累《かさ》ねた師父《しふ》たちよ
こんや銀河と森とのまつり
准《じゅん》平原の天末線《てんまつせん》に
さらにも強く鼓を鳴らし
うす月の雲をどよませ
  Ho! Ho! Ho!
     むかし達谷《たった》の悪路王《あくろわう》
     まっくらくらの二里の洞
     わたるは夢と黒夜神《こくやじん》
     首は刻まれ漬けられ
アンドロメダもかゞりにゆすれ
     青い仮面《めん》このこけおどし
     太刀を浴びてはいっぷかぷ
     夜風の底の蜘蛛《くも》おどり
     胃袋はいてぎったぎた
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
さらにただしく刃《やいば》を合《あ》わせ
霹靂《へきれき》の青火をくだし
四方《しほう》の夜《よる》の鬼神《きじん》をまねき
樹液《じゅえき》もふるふこの夜《よ》さひとよ
赤ひたたれを地にひるがへし
雹雲《ひゃううん》と風とをまつれ
  dah-dah-dah-dahh
夜風《よかぜ》とどろきひのきはみだれ
月は射《ゐ》そそぐ銀の矢並
打つも果《は》てるも火花のいのち
太刀の軋《きし》りの消えぬひま
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah
太刀は稲妻《いなづま》萱穂《かやほ》のさやぎ
獅子の星座《せいざ》に散る火の雨の
消えてあとない天《あま》のがはら
打つも果てるもひとつのいのち
  dah-dah-dah-dah-dah-sko-dah-dah



展示してある大正14年1月15日付正岡忠三郎宛書簡には、次のようにあります。
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 近頃発見した面白い詩をお目にかける。
 これは 宮沢賢治といふ人の「春と修羅」といふ詩集の中にある。その中のすべてがこれほどの傑作だといふわけではないが、近頃大へん立派な詩集だと思ってゐる。


そして、「蠕虫舞手《アンネリダタンツエーリン》」が転写されています。

(えゝ 水ゾルですよ
  おぼろな寒天《アガア》の液ですよ)
日は黄金《きん》の薔薇
赤いちひさな蠕虫《ぜんちゆう》が
水とひかりをからだにまとひ
ひとりでをどりをやつてゐる
 (えゝ 8《エイト》 γ《ガムマア》 e《イー》 6《スイツクス》 α《アルフア》
  ことにもアラベスクの飾り文字)
羽むしの死骸
いちゐのかれ葉
真珠の泡に
ちぎれたこけの花軸など
 (ナチラナトラのひいさまは
  いまみづ底のみかげのうへに
  黄いろなかげとおふたりで
  せつかくをどつてゐられます
  いゝえ けれども すぐでせう
  まもなく浮いておいででせう)
赤い蠕虫舞手《アンネリダタンツエーリン》は
とがつた二つの耳をもち
燐光珊瑚の環節に
正しく飾る真珠のぼたん
くるりくるりと廻つてゐます
 (えゝ 8《エイト》 γ《ガムマア》 e《イー》 6《スイツクス》 α《アルフア》
  ことにもアラベスクの飾り文字)
背中きらきら燦《かがや》いて
ちからいつぱいまはりはするが
真珠もじつはまがひもの
ガラスどころか空気だま
 (いゝえ それでも
  エイト ガムマア イー スイツクス アルフア
  ことにもアラベスクの飾り文字)
水晶体や鞏膜《きようまく》の
オペラグラスにのぞかれて
をどつてゐるといはれても
真珠の泡を苦にするのなら
おまへもさつぱりらくぢやない
   それに日が雲に入つたし
   わたしは石に座つてしびれが切れたし
   水底の黒い木片は毛虫か海鼠《なまこ》のやうだしさ
   それに第一おまへのかたちは見えないし
   ほんとに溶けてしまつたのやら
それともみんなはじめから
おぼろに青い夢だやら
 (いゝえ あすこにおいでです おいでです
  ひいさま いらつしやいます
  8《エイト》 γ《ガムマア》 e《イー》 6《スイツクス》 α《アルフア》
  ことにもアラベスクの飾り文字)
ふん 水はおぼろで
ひかりは惑ひ
虫は エイト ガムマア イー スイツクス アルフア
   ことにもアラベスクの飾り文字かい
   ハツハツハ
 (はい まつたくそれにちがひません
   エイト ガムマア イー スイツクス アルフア
   ことにもアラベスクの飾り文字)

    (一九二二、五、二〇)
 


後に、中也は『春と修羅』を何冊も買い込んで友人たちに配っていました。

 宮沢賢治全集第一回配本が出た。死んだ宮沢は、自分が死ねば全集が出ると、果して予測してゐたであらうか。
 私にはこれら彼の作品が、大正十三年頃、つまり「春と修羅」が出た頃に認められなかつたといふことは、むしろ不思議である。私がこの本を初めて知つたのは大正十四年の暮であつたかその翌年の初めであつたか、とまれ寒い頃であつた。由(ママ)来この書は私の愛読書となつた。何冊か買つて、友人の所へ持つて行つたのであつた。(略)(一九三四、一一、一九)
(『宮沢賢治研究 第一号』(草野心平/編 宮沢賢治友の会 1935(昭和10).4.20)掲載の「宮沢賢治全集」より引用」)(※この文章は掲示されていませんでした)


次のケースに展示してある太郎の「詩帖1」(1924(大正13))。
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壁面投影には、長谷川泰子の証言。

私達はよく町をほつつきあるきましたが、富永太郎が現れた頃から、家に落着き、富永太郎も私共の家に来ては入りびたつて居りました。詩論にあきると二人は連れ立って、町々をあるき廻つたやうです、二人共、お釜帽子に毛を長くなびかせ、パイプをくはへて、ゆつくり散歩する姿は、京都の古びた町にも似つかふやうに、人々に見送られて居りました。
(中垣(長谷川)泰子「中原の思ひ出」(『中原中也全集月報3』(創元社 1951))


 富永との交友を通して得られた、文学の知識や教養は、中也の詩人としての感性を養い、思想を形作る上で大きな役割を果たしました。
(『特別企画展 富永太郎と中原中也』パンフレット(中原中也記念館 2019.8.1)P8より引用)

【次回に続く】
「秋の日に、湯に浸り」「四行詩」と中原中也日記・書簡を読む @ 第184回中原中也を読む会 [2019年09月25日(Wed)]
9月27日(金)、第184回中原中也を読む会「「秋の日に、湯に浸り」「四行詩」と中原中也日記・書簡を読む」が中原中也記念館でありますぴかぴか(新しい)

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中原中也を読む会は、テーマに沿って中也の詩を読み込んだり、詩に曲をつけたものを聞いたり、記念館の展示を学芸員の解説とともに見学するなど、気軽におしゃべりしながら、中也の詩の世界を楽しく味わう会です。
詩にちょっと興味はあるけど、なんか難しそう…という方にお薦めです。

るんるん日 時るんるん 2019年9月27日(金)13:30〜15:00(予定)
るんるん場 所るんるん 中原中也記念館
るんるん内 容るんるん 「秋の日に、湯に浸り」「四行詩」と中原中也日記・書簡を読む
るんるん参加費るんるん 無料
るんるん連絡先るんるん 中原中也記念館
       電話083-932-6430
       fax to083-932-6431


  秋の夜に、湯に浸り
 
秋の夜に、独りで湯に這入ることは、
淋しいじやないか。

秋の夜に、人と湯に這入ることも亦、
淋しいじやないか。

話の駒が合つたりすれば、
その時は楽しくもあろう

然しそれといふも、何か大事なことを
わきへ置いといてのことのやうには思われないか?

――秋の夜に湯に這入るには……
独りですべきか、人とすべきか?

所詮は何も、
決ることではあるまいぞ。

さればいつそ、潜つて死にやれ!
それとも汝、熱中事を持て!


※   ※
  ※

  四行詩

おまへはもう静かな部屋に帰るがよい。 
煥発する都会の夜々の燈火を後に     
おまへはもう、郊外の道を辿るがよい。     
そして心の呟きを、ゆつくりと聴くがよい。



中也には、もう一つ四行詩があります。


  四行詩

山に登つて風に吹かれた
心は寒く冷たくあつた
過去は淋しく微笑してゐた
町では人が、うたたねしてゐた?



前者の四行詩は富永太郎の次の詩に似ていると思いませんか?


 無題  京都
     富倉次郎に


おまへの歯は よく切れるさうな

山々の皮膚が あんなに赤く
夕陽(ゆうひ)で爛らされた鐃鉢(ねうばち)を
焦々[いらいら]して 摺り合せてゐる
おまへはもう 暗い部屋へ歸つておくれ

おまへの顎が 薄明(うすあかり)を食べてゐる橋の下で
友禪染を晒すのだとかいふ黝(くろ)い水が
産卵を終へた蜉蝣(かげろう)の羽を滲ませる
おまへはもう 暗い部屋へ歸つておくれ

色褪せた造りものの おまへの四肢(てあし)の花々で
貧血の柳らを飾つてやることはない
コンクリートの護岸堤は 思ひのままに白(しら)けさせやう
おまへはもう 暗い部屋へ歸つておくれ

ああ おまへの歯は よく切れるさうな

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