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こどもと本ジョイントネット21・山口


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『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』 @ アーサー・ビナードとともに平和を考える朗読会A [2019年08月17日(Sat)]
【前回より続く】

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埼玉県羽生市の第2回「ふるさとの詩」(1997(平成9)年募集、1998(平成10)年表彰、テーマ「ふるさとの川」)の最優秀賞に詩「釣り上げては」が選ばれました。

  釣り上げては

父はよく 小さいぼくを連れてきたものだ
ミシガン州 オーサブル川のほとりの
この釣り小屋へ。
そして或るとき コーヒーカップも
ゴムの胴長も 折りたたみ式簡易ベッドもみな
父の形見となった。

(略)

食器棚や押し入れに
しまっておくものじゃない
記憶は ひんやりした流れの中に立って
糸を静かに投げ入れ 釣り上げては
流れの中へまた 放すがいい。



そしてその賞金30万円に自己資金をプラスし、第一詩集『釣り上げては』(思潮社 2000.7)を自費出版したところ、

釣り上げては.jpg

2001年中原中也賞に選ばれました。
中原中也賞受賞の反響は大きく、新聞で取り上げられました。


そして、なんと、福音館書店より絵本の話が舞い込みました。
それが、「くうき」という目に見えないものを絵本にした『くうきのかお』(びじゅつのゆうえんち)(アーサー・ビナード/構成・文 福音館書店 2004.10)。古今東西で描かれた空気の絵を集めて構成し、文を添えました。2004年のことです。

くうきのかお.jpg

野原をわたる風。機関車の蒸気。呼吸するたびに、からだの中を行き来する空気……古今東西の絵画には、さまざまな空気の表情がえがかれています。ふだんはその存在を意識することさえありませんが、ひとたび目をむければ、空気は驚くほど豊かな表情を見せてくれます。さあ、絵の中にはいりこんで、目を見張り、みみをすまし、鼻をひくひくさせて、そこに満ちた空気の気配を思い切り味わってください。福音館書店HP


すると、今度は、集英社よりベン・シャーンの描いた第五福竜丸の絵4〜50枚から絵本を作らないか、という話が来ました。

ベン・シャーンは、父親の大好きだった画家でもあります。父親が絵を買ったことが原因で夫婦喧嘩になっったこともありました(笑)。

ベン・シャーン(1898〜1969)は、第五福竜丸の事故調査にかかわったアメリカの原子核物理学者ラルフ・E・ラップ博士(1917〜2004)が、月刊誌『ハーバーズ・マガジン』(1957年12月号、58年1、2月号)に掲載した「第五福竜丸の航海 The Voyage of The Lucky Dragon」というルポルタージュのために40点の挿絵を描きました。この第五福竜丸事件の重大さに注目したベン・シャーンは、1960年に来日し、1年がかりで、あらためて「ラッキー・ドラゴン・シリーズ」(Lucky Dragon Series)として11点のタブロー画を制作しました。

 1954年3月1日、マーシャル諸島のビキニ環礁で、アメリカ国防省が水爆実験を行った。その爆発力は、広島型原爆の1000倍を超え、きのこ雲は35キロメートルの上空まで昇った。大量の放射能が、潮流にのって太平洋を広く汚染し、気流によって北極まで運ばれ、また放射能雨となって日本全土を含む広範囲に降り注いだ。マーシャル諸島の住民は被曝し、ビキニ環礁の近くで操業していた遠洋マグロ漁船の第五福竜丸も、死の灰をもろに浴びた。「近くで」とはいえ、第五福竜丸は米軍が定めた危険区域の外の公海で、延縄漁をしていただけだ。
 「水平線にかかった雲の向こう側から太陽が昇る時のような明るい現象が3分くらい続いた」と、無線長の久保山愛吉が、爆発の様子を語った。経験豊かな彼は、自分たちが軍事機密に遭遇してしまったことを察知し、仲間に大声で言ったーーー「船や飛行機が見えたら知らせよ。その時は、すぐに焼津に無線を打ち、自分たちの位置を知らせる。そうでなければ無線を打たない」。発信が傍受されれば、自分たちが攻撃目標にされかねないことも分かったいた。
 死の灰にまみれて、放射能に耐えながら、第五福竜丸の23人の乗組員は自力で、二週間かかって母港の静岡県焼津に帰った。自らの体験を語り、水爆の生き証人となった。世界的な原水爆禁止の動きは、彼らの勇敢な行動から始まったのだ。
 その後、核実験は2000回以上も繰り返されてきたが、人類がこれまで「核の冬」を回避し、絶滅に至らなかったのは、核兵器の使用を断固許さない市民の意識によるところが大きい。しかし現在、小型核兵器の新たな開発が進められ、21世紀の戦争でそれが使われる危険性は、高まりつつある。そんな愚行を断固許さない市民の意識が、ますます大事になってくる。
 ベン・シャーンはLucky Dragon Seriesの連作を、無線長の久保山愛吉を主人公にして描いたが、そのことについてこう語っている。「放射能病で死亡した無線長は、あなたや私と同じ、ひとりの人間だった。第五福竜丸のシリーズで、彼を描くというよりも、私たちみなを描こうとした。久保山さんが息をひきとり、彼の奥さんの悲しみを慰めている人は、夫を失った妻の悲しみそのものと向き合っている。亡くなる前、幼い娘を抱き上げた久保山さんは、我が子を抱き上げるすべての父だ」
(略)
(『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』P53「石に刻む線」より抜粋)

ビナードさんは24人目の乗組員になって、絵本『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』(ベン・シャーン/絵 アーサー・ビナード/構成・文 集英社 2006.9)をつくげました。

ここが家だ 裏.jpg ここが家だ.jpg

カバーおよびP4〜5の福竜丸の母港である焼津の町を描いた絵の片隅には闇があり、中には渦巻くような線で表された鬼がいます。放射能の「鬼」でしょうか。
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(「THAT FRIDAY:YAIZU」)

その鬼はP18〜19の水爆が光る瞬間に牙をむきます。
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P22〜23にマーシャル諸島に立ち昇る雲の中にもいます。鬼というよりは竜?
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そして、P27の放射能に犯された久保山愛吉さんの頭の中にも。
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それはP31の久保山さんの放射能を浴びる前の絵と対比すると明確です。
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P41の久保山愛吉さんの遺影の卒塔婆の間にも。
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(「A SCORE OF WHITE PIGEONS」(ヴァチカン美術館))

P43の物理学者の持つ紙にも。
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(「PHYSICIST」)

P54のベッドの座った久保山さんの傍らにも。
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(「THE LUCKY DRAGON」(福島県立美術館))

その久保山さんが持っている紙には、こうあります。
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I AM A FISHERMAN AIKICHI KUBOYAMA BY NAME.
ON THE FIRST OF MARCH 1954 OUR FISHING BOAT THE LUCKY DRAGON WANDERED UNDER AN ATOMIC CLOUD EIGHTY MILES FROM BIKINI.
I AND MY FRIENDS WERE BURNED.
WE DID NOT KNOW WHAT HAPPENED TO US.
ON SEPTEMBER TWENTY THIRD OF THAT YEAR I DIED OF ATOMIC BURN.


(私は漁師で、久保山愛吉といいます。1954年3月1日、私たちの漁船 福竜丸はビキニ環礁から80マイルのところで、原子爆弾の雲の下を移動中でした。私と私の仲間は原爆にやられました。私たちは自分たちに何が起こったのか分かりませんでした。
その年の9月23日、私は原爆症で死にました。)

「原水爆の 被害者は
 わたしを 最後に
 してほしい」といって
かれは なくなった。
ひとびとは わかってきた――
ビキニの海も 日本の海も アメリカの海も
ぜんぶ つながっていること。
原水爆を どこで 爆発させても
みんなが まきこまれる。
 (P38)

「久保山さんのことを わすれない」と
ひとびとは いった。
けれど わすれるのを じっと 
まっている ひとたちもいる。
 (P40)

ひとびとは 原水爆を 
なくそうと 動きだした。
けれど あたらしい 原水爆を 
つくって いつか つかおうと 
かんがえる ひとたちもいる。
 (P42)

わすれたころに
またドドドーーン!
みんなの 家に
放射能の 雨がふる。
 (P45)

どうしてわすれられようか。
畑は おぼえている。
 (P47)

波も
うちよせて
おぼえている。

ひとびとも
わすれやしない。
 (P48)


【次回に続く】
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