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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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地撮り山口大歳に参加しましたA王子の森 [2019年07月09日(Tue)]
【前回の続き】

次は、王子の森ぴかぴか(新しい)

椹野川に向かって突き出た丘陵に4個の古墳があり、福生寺という大寺があったとされる。これにちなんで、林聖太子の次男福性太子が住んだとの伝承が生まれ、享保期の「地下上申絵図」に早くも「王子ノ森」と記述されている。(『発見!おおとし』(大歳自治会 大歳明治150年記念事業実行委員会))

山伏様から眺めた王子の森。
大内氏の祖 林聖太子(りんしょうたいし)の王子が住んでいたから「王子の森」とは、ネーミングのセンスがありますね。
1728(享保13)年の『地下上申絵図』にも記されています。
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山口と小郡の境にある陵ヶ峠、その丘陵の先端部です。
今では国道9号とJR山口線とに分断されています。
分断された場からは、1919(大正8)年および昭和53年の発掘調査で箱式石棺7基が発見されているそうです揺れるハート
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石州街道を歩き、王子の森を目指します。
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田んぼにはジャンボタニシのショッキングピンクの卵が大発生していて、気持ちが悪いといいながら、子どもたちは大騒ぎexclamation
水路の壁や山伏様の祠にも張り付いていました。
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通称ジャンボタニシは、スクミリンゴガイといい、1981年に台湾から食用として持ち込まれました。有害動物に指定された1984年以降、廃棄されたり養殖場から逸出したものが野生化し、分布を広げています。要注意外来生物(外来生物法)、日本の侵略的外来種ワースト100、世界の侵略的外来種ワースト100リスト選定種の1種ともなっています。
わかりにくいですが、これだと思いますがく〜(落胆した顔)
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王子の森は、森へ入る畔道の辺りから見るとこんな形の山をしています。
いかにも古墳っぽいです。
茶臼山とも呼ばれるそうです。
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畦道に茂った草を踏み倒しながら山に分け入ります。
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隣の家の石垣だと思うのですが、
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子ども達は、古墳時代のものではないか、と言いながら、一人がお茶碗の破片を発見したので、大興奮exclamation×2
どう見ても、最近のものとしか思えないのですが、言わぬが花ですふらふら
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森の中に入ると、祠が見えます。
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その先に石室。
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墳丘は失われ天井石もなく、玄室が露出していますが、
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一枚岩の大きさに圧倒されます。
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王子の森墳墓群(朝田)(山口市朝田字西角(王子の森)) 
小郡町との境界付近へ南に張り出した丘稜先端部(現在はJ R山口線と国道九号線で分断されている)に位置する。大正八年(一九一九)、昭和五十三(一九七八)年に発掘調査され、箱式石棺墓七基、土墳墓一基が発見された。弥生時代中期から後期にかけての土器片などが出土していることから、同時代の墳墓と見られるが、以前に土取り作業で破壊されていて、鉄鏃一点のほか、副葬品はない。同地区に伝わる林聖太子の王子の伝説から、「王子の森」と名付けられた。
門前遺跡(朝田郷多羅)(山口市朝田門前)
王子の森墳より北奥同一段丘で、中世初頭の出城だったと考えられる門前山(国道開通のとき削りとられている)に立地する。弥生時代から古墳時代末期にかけての複合遺跡。昭和四十八年(一九七三)に発掘調査され、箱式石棺墓・集石遺構とともに横穴式石室境二基が発見された。このうち王子の森墳墓の西端に隣接する横穴式石室墳(門前一号墳)は、墳丘は失われ天井石も取り去られて石室が露出しているが、玄室規模は幅一・二〜一・四メートル、長さ四メートル、高さ二メートルもあり、縦一〜一・八メートル、横一〜二メートルの大型一枚岩数個によって築かれたものである。古墳時代後期のものと推定される
(略)。(『郷土大歳のあゆみ』P38〜39)

王子の森(朝田)
和田、朝田の境にあり、陵ヶ峠(城ヶ峠)の丘陵部の先端を「王子の森」という。享保十三(一七二八)年の『地下上申絵図』(地下図)にもすでに王子ノ森と記されているが、当地に伝わる大内氏の始祖林聖太子の王子伝説によるものであろうか。現在はJR山口線と旧九号線によって背後を分断され、独立の丘陵をなし、茶臼山と呼ばれている。ここは弥生時代中・後期の墳墓とみられる王子の森墳墓群と、古墳時代の石室墳である門前遺跡が発掘されている。
(『郷土大歳のあゆみ』P420)

【次回に続く】
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