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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

子どもと本をむすぶ活動をしています


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地撮り山口大歳に参加しました@山伏様 [2019年07月08日(Mon)]
7月6日(土)、地撮り大歳山口に参加しましたぴかぴか(新しい)

YANの原明子さんがコースなどを紹介。
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ファブラボ山口さんがtwitterのあげ方などを説明。
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私は歴史ミステリーコースを選びました揺れるハート
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山伏様→王子の森→銭処山最明寺→田中頼三旧宅
を巡ります。

メンバーは、小学生の男子ばかり6名、引率の支援員の先生3名、中学生1名、高校生1名、子ども会の役員2名、大歳史談会の白上さん、YANの井上さん、そして私の総勢15名です。
4台の車に分乗し、いざ大歳地域交流センターを出発exclamation

大歳橋を渡り、自転車道路沿いに車を走らせ、和田橋のところの空き地に停めました。

1908(明治41)年〜1913(大正2)年、小郡・山口間12.9kmを結ぶ軽便鉄道が通っていました。
10あった停留所の一つが、ここ「和田橋」です。
ちなみに、停留所は、小郡 、津市、 新町、仁保津、和田橋大歳、湯田、讃井、亀山、山口でした。

大歳地区内には、和田の茶屋に和田橋停留所、下湯田の藤村踏切のところに大歳停留所があった。(『郷土大歳のあゆみ』P190)

そこから、石州街道を歩き、山伏さまに行きました。
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和田公会堂のところから旧街道を少し下ったところに、 「山伏」という地名があり、その道端に「山伏さま」と、地元の人から親しまれている小さな詞がある。昔、ある大名の家老と家臣(若夫婦)とのいさかいがあった。敗れた若侍が山伏姿に変装して、九州久留米の旧知を頼って落ち延びる途中、家老の差し向けた刺客のため、この地で打ち果たされた。間もなく後を追って来た若妻は、夫の最後を見て悲嘆に暮れ、自分も自害した。里人は、この夫婦の死をあわれみ、比翼塚としてねんごろに弔ったものである。(『郷土大歳のあゆみ』P419〜420)

このあたりの石州街道は農道です。
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明治22年(1889)6月11日、道路兼用堤防工事は竣工し、(略)開通した。こうして、石州街道以来の県道は堤防上に移るのである。(略)朝田から三作までの石州街道は、堤防拡張の関係もあって、半分近く削りとられて農道化し、昔の面影はみられない。(『郷土大歳のあゆみ』P173〜4)

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(山伏さまの写真は7月2日と6日に撮影)

【次回に続く】
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