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こどもと本ジョイントネット21・山口


〜すべての子どもに本との出会いを〜

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「古地図を片手に街を歩こう 肥中街道・山口」に参加しましたA [2019年06月05日(Wed)]
【前回の続き】

分岐点に戻り、肥中街道を進みます。
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国道435号を跨ぎ進みます。
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立派な石垣。
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古い農家です。
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沓掛川沿いを進みます。
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露頭。
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こちらの道は肥中街道ではありません。
この先は行き止まりだそうです。
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でも、庚申があるので、見逃さないように、と山田さん。
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野口陂碑
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天保九巳戌春 水子中

とありますが、天保九年なら戊戌で、天保十年なら己亥です。天保九年は1838年です。

上東の小田平兵衛は、庄屋として農民の苦しむ姿を見て、なんとかこれを助けようと考えました。そこで代官所にお願いして、寺領(今の赤田)の奥の野口に堤を築きました。これができてからは、日照りが続いても水田の水が枯れることがなくなり、稲は青々と育つようになりました。(『ふるさと よしき』(山口市立良城小学校 1999.3)P58より引用・一部かなを漢字に変更)

東鳳翩山がきれいに見えます。
東鳳翩山は、古図には甑嶽(コシキガ嶽=ヨシキガ嶽)とあります。
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キジがいました!
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左手の山手に寺領庚申塔と石地蔵が安置されています。
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左側は光背型浮彫立像です。
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右の地蔵は北向地蔵で、丸彫坐像です。
東部が欠落しています。
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そばに近年造られたのでしょう、灯籠もありました。
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寺領川は河川改修されています。
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ここで寺領川を跨ぎます。
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このあたりの寺領川は、大きな石がゴロゴロしています。
凌雲寺の石垣の石は近隣から運んできたということでしたが、これを見ると、納得がいきます。
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びっくりですが、ここを曲がります。
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ここを入って行き畑のそばを少し登って行きます。
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個人の畑の中の道(というより畦道?)なので、とても、街道の跡とは思えないような道です。
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ここから左に曲がって民家の裏を通って、山に登って行く感じです。
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山道を少しだけ入って行きます。
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今日は、ここで終わりです。
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この先を行くと、を通り、大峠まで行きます。
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今回、歩いてみて、古図に描かれている道や水路が、今も残っていることに驚きました。
山辺を通る何気ない道(というより通路)が、実は、大内義隆が逃避した道だったり……時代が繋がっていることを感じ、次世代に繋げなくてはいけない、と思います。
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帰り道に発見
沓掛川にも吉敷川のような用水路が作られていました。
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