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こどもと本ジョイントネット21・山口


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中垣竹之助宛 中原中也葉書 @ 山口お宝展 [2018年10月24日(Wed)]
中原中也記念館へ、中也が長男・文也を2歳で亡くした後送った喪中葉書(昭和11年12月 早稲田発信)が展示されているのを観に行きましたぴかぴか(新しい)

日記(雑記貼)(1934(9)年5月〜1936(昭和11)年12月使用)とともに展示されていました。
日記は、11月3、4、10日のことろが開いてありました。

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新発見・初公開で、山口お宝展の特別展示として、10月31日まで展示されます。

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(▲山口お宝展 2018 ガイドペーパー 「Treasure of Yamaguchi Times 七」より)

文也が小児結核で1936年11月10日に亡くなった約1カ月後に送られた喪中葉書とみられます。

文也が死亡した日に

午前九時二十分文也逝去
ひのえ申一白おさん大安翼
 文空童子


と記した日記(今回レプリカですが見ることができます)や12月12日の「文也の一生」と題した文也の短い生涯を綴った日記、同時期の原稿用紙に書かれた詩稿「夏の夜の博覧会はかなしからずや」「冬の長門峡」(12月24日)などと同じ毛筆で墨書されています。

実際、そのいずれも実物を観た(中原中也記念館 平成29(2017)年度特別企画展「詩が生まれた場所へ ― 中也のみた風景」)ことがあるのですが、
その字の乱れが、中也の心の乱れがそのまま表れているようで、中也の深い悲しみを推し量ることができ、心に響きました。

展示されている葉書の宛先は、中也のかつての恋人、長谷川泰子の夫で、石炭商の中垣竹之助です。
宛名面には、

大森区田園調布
 三の五九二
中垣竹之助様


と書かれ、
文面は、

喪中に付年末年始の
礼を欠きます
 昭和十一年十二月
 

と簡素で、当時の中也の無念の思いが偲ばれます。
それに続く住所と署名は、

東京市牛込区市ヶ谷谷町六二
     中原中也


とあります。
中也一家は、四谷区花園町九五 花園アパートが手狭になったため、1935年6月7日に親戚である中原岩三郎氏所有の借家に転居します。
葉書の住所は、妻・孝子と文也と3人で住んでいたまさに、その住所です。

家庭的な幸せに浸っていた中也に、文也の2歳の誕生日を過ぎた頃から不幸が忍び寄って来ます。
1936(昭和11)年10月の日記に

文也の誕生日。雨天なので、動物園行きをやめる

11月4日、

坊やの胃は相変わらずわるく、終日むづかる。明日頃はなほるであらう

とここまでは、ペン書きです。
以後、数日記載がありません。
11月10日、ここからは、墨書きで、

午前九時二十分文也逝去
ひのえ申一白おさん大安翼
 文空童子


文也逝去の記述です。
そして、12月12日の「文也の一生」です。
そこには、2年前の文也誕生からその後の成長の過程が思い出されるままに書き綴られているのですが、

七月末日万国博覧会にゆきサーカスをみる。飛行機にのる。坊や喜びぬ。帰途不忍池を貫く路を通る。上野の夜店をみる。

ここでプツンと打ち切られ、原稿用紙に書かれた「夏の夜の博覧会はかなしからずや」に続きます。


夏の夜の博覧会はかなしからずや



夏の夜の博覧会は、哀しからずや
雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや


女房買物をなす間、かなしからずや
象の前に僕と坊やとはゐぬ、
二人蹲
しやがんでゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ

三人博覧会を出でぬかなしからずや
不忍ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ


そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりき、かなしからずや、
髪毛風に吹かれつ
見てありぬ、見てありぬ、かなしからずや
それより手を引きて歩きて
広小路に出でぬ、かなしからずや


広小路にて玩具を買ひぬ、兎の玩具かなしからずや



その日博覧会に入りしばかりの刻とき
なほ明るく、昼の明
あかりありぬ、

われら三人みたり飛行機にのりぬ
例の廻旋する飛行機にのりぬ


飛行機の夕空にめぐれば、
四囲の燈光また夕空にめぐりぬ


夕空は、紺青こんじやうの色なりき
燈光は、貝釦かひボタンの色なりき

その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦を
その時よ、坊やみてありぬ
その時よ、紺青の空!

(一九三六・一二・二四)


NHK「100分 de 名著」「名著61 中原中也詩集」の第4回目のタイトルが「「死」を「詩」にする」(1917放送)で「夏の夜の博覧会はかなしからずや」を取り上げていました。

まさに、その頃に書かれた喪中葉書が見つかったこと、それも、中也の愛した泰子の夫宛だったこと、一見の価値がありますexclamation×2
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