住民不在のローカル・マニフェスト [2008年04月10日(木)] への役所のクソ坊主Hさんの返事を受けて、続きです。
昨日(4/10)の夜、公開討論会を実施した若手メンバーのDちゃんから

ありました。
30人くらいのメンバーが今集まるのは5人くらいになったそうです。
そのメンバーで月曜日(4/7)に集まり、話し合いをしたそうです。
そこで、ローカルマニフェストのなかに掲げられた「すぐにやること」を自分達でどれだけやられているか見てみよう、となったそうです。
でも、「いざ財政は・・・」となると素人ばかりなのでさっぱり解らない、となったので、詳しい人をあたろうとなったそうです。
その相談の

でした。
財政の話しは財政課の人から聞くのが一番解りやすく、しかも「町の財政や予算組みを分かりやすく町民へ伝えるため、ニセコ町のように分かりやすくして、冊子にして配布しています」ということでしたが、それに沿って話しを聞いた方が解ると思うと言いましたら、そんなのは見たことがないと言われていました。
ここにも、町長側と住民とのギャップがあるようです。
もっと個人的にいうと、コンサルが町の有力者とおぼしき人に「市民会議」のようなものを作ろうという話しはいかがなものかと思ってしまいます。
これだと従来と何ら変わらないように思えます。
折角、公開討論会を実施してくれた人たちがいて、そこで実行委員長や各役割を担ってくれた人たちがいて、その人たちが動かないという事実が、この町の実態を醸し出していると感じています。
そこを敏感に感じないと、結局何をやっても、住民の理解を得るものとならないように思えて仕方がないのです。
そうすると、役所のクソ坊主Hさんの指摘されているように(K市のように)
・首長が、選挙に勝つための一つの選挙手法としてしかローカルマニフェストを考えていない。
・市民が首長を選ぶ手段として、選挙の時だけのものにしかなっていない。
・総合計画により事業推進を行ってきた行政職員がローカルマニフェストを首長のパフォーマンスとしか捉えていない。
ということになってしまう(なってしまっている)と思います。
特に、3番目が厄介です。
検証は必要ですが、住民が手軽にやれるものなら住民が出来ますが、現実専門的知識を必要としたり、手間に煩雑さが入ってきたとき、住民だけではできません。
そこを、無理に強いてしまうと住民は嫌になってしまいます。
住民感情と合ったものであれば、ちょっとだけ無理をすることはいとわないでしょうが、無理が過ぎると住民はやる気が削がれちゃいます。
この意識の乖離をどーやって埋めていくのか?
やっぱり、
北川正恭先生にお会いしに行ってきました [2007年06月16日(土)] で同意したように
ローカルマニフェストの「検証」を議員はなぜしないのかなぁ [2007年05月22日(火)] のサイクルの方が、取り組みやすいと思います。
それが、九州におけるローカル・マニフェスト・サイクルでの大きな問題点となっていると感じています。