住民不在のローカル・マニフェスト
[2008年04月10日(木)]
「NPO」という言葉は世間で当たり前のように使われるようになったので、ある意味では、この10年で「NPO」は進んだと言えます。
同じように、「マニフェスト」という言葉もここ5年で当たり前のように使われますし、法律まで出来ました。これまた、ある意味順調だといえます。
では、実態は・・・というと、人それぞれの感じ方が違うはずです。
ある町の現状報告のメールが来ました。
それを読む限り「ローカル・マニフェスト」が有効に機能しているように思われます。
しかし、実態はどーなのか?と危惧をしてしまいます。
具体的成果として住民の方たちには開示され評価されている様子ではないですし、住民側から積極的に求められているという感じがしないのです。
役所側、特に首長さんだけが旗を振っていて、そこに住民の方たちが積極的に主体的に参加しているという姿は感じないのです。
公開討論会を主催したたちの姿が見えないのです。
公開討論会を主催された方たちは、従来の閉ざされた役場から住民のための役場を引っ張っていってくれる人を選択したいという思いで、ある意味“大きなリスク”を背負って開催されました。金銭的にも、手出しでした。
その一歩は尊いものだと思っています。
それがなければ、今の首長さんのやられていることはできなかったと言っても過言ではないと思っています。
しかし、今の状況を見ていると、その人たちが見えてこないのです。
つまり、コンサルと首長だけで進めているのです。
コンサルのご縁を作ってくれたのも、その実践の場のきっかけを作ってくれたのも、みんな住民の方たちです。それなのに、住民の方たちの姿が見えないのです。
住民の頭越しにコンサルが首長とやっているという構図になってしまっています。
はて、これで「ローカル・マニフェスト」は住民のものになるのでしょうか?
「ローカル・マニフェスト」が世間に出て5年、首長のためのものにはなっても、住民のものにはなっていない・・・それが現状のようです。
そして、そこに気付かないでことが進んでいるというのが現状です。
同じように、「マニフェスト」という言葉もここ5年で当たり前のように使われますし、法律まで出来ました。これまた、ある意味順調だといえます。
では、実態は・・・というと、人それぞれの感じ方が違うはずです。
ある町の現状報告のメールが来ました。
それを読む限り「ローカル・マニフェスト」が有効に機能しているように思われます。
しかし、実態はどーなのか?と危惧をしてしまいます。
具体的成果として住民の方たちには開示され評価されている様子ではないですし、住民側から積極的に求められているという感じがしないのです。
役所側、特に首長さんだけが旗を振っていて、そこに住民の方たちが積極的に主体的に参加しているという姿は感じないのです。
公開討論会を主催したたちの姿が見えないのです。
公開討論会を主催された方たちは、従来の閉ざされた役場から住民のための役場を引っ張っていってくれる人を選択したいという思いで、ある意味“大きなリスク”を背負って開催されました。金銭的にも、手出しでした。
その一歩は尊いものだと思っています。
それがなければ、今の首長さんのやられていることはできなかったと言っても過言ではないと思っています。
しかし、今の状況を見ていると、その人たちが見えてこないのです。
つまり、コンサルと首長だけで進めているのです。
コンサルのご縁を作ってくれたのも、その実践の場のきっかけを作ってくれたのも、みんな住民の方たちです。それなのに、住民の方たちの姿が見えないのです。
住民の頭越しにコンサルが首長とやっているという構図になってしまっています。
はて、これで「ローカル・マニフェスト」は住民のものになるのでしょうか?
「ローカル・マニフェスト」が世間に出て5年、首長のためのものにはなっても、住民のものにはなっていない・・・それが現状のようです。
そして、そこに気付かないでことが進んでいるというのが現状です。





・・・更にそれが扁桃腺にも刺さったのか、左の扁桃腺も腫れています