日本財団公益コミュニティサイト CANPAN CANPANブログ:公益法人,NPO,CSR,社会貢献活動のための無料ブログ

●「鳩居堂」 (きゅうきょどう)

JR熊本駅前の電車通りで少々うるさく振動もある狭い住処を
じょうちゃんの「鳩居堂」と名付けました。
明治維新の頃、大村益次郎という人がいました。
その人は自分の住処を「鳩居堂」と言っていました。
その住処名にならいました。どうぞ、お立ち寄り下さい。

          住人 じょうちゃん


住人


じょうちゃんの「ぼそぼそ」
鳩居堂の部屋名
鳩居堂のかかわり先
●「鳩居堂」訪問者の方のお部屋紹介 http://nzpp.seesaa.net/        「思いつくまま」Fujita Yukariさん  http://blog.canpan.info/o222/    「ゆるすごたいむ」Benyさん  http://blog.canpan.info/kurokuro/  「仙台銀杏並木通信」kurokuroさん   http://blog.canpan.info/haenkaze/  「南風ん風」日記さん  http://blog.canpan.info/munyamunya56/ 「きっと 夢の中」ピースケさん  http://blog.canpan.info/nanohana/  「やつしろ菜の花部会」さん  http://blog.canpan.info/faltboat/   草鞋(わらじ)の緒さんhttp://blog.canpan.info/jodoi/index1_0.rdf
リチャード・ジュエル氏の13年間 [2007年09月18日(火)]
でリチャード・ジュエル氏(44歳)の死亡のニュースと特集が流れていました。

リチャード・ジュエル氏は警察官で、アトランタオリンピックの時の爆破事件の会場警備中、爆弾を見つけ観客を避難させ被害を死亡者1名という最小限に食い止めた功労者だそうです。
事件の4日後、このヒーローには自分で爆弾を仕掛けた爆弾班の疑いがかけられたそうです。それも、まもなくFBIから容疑者ではないことが発表されて、一件落着となったそうです。

しかし、1度付いた汚名は晴れることなく、次の職場に復帰できたのが1年半後で、どこへ行っても「爆弾犯ではなかったと言われているリチャード・ジュエル」という目で見られ、本当はどうだったのか?という疑心暗鬼な衆目の中での生活だったそうです。

日本では松本サリン事件が同様で、第一発見者が犯人として扱われました。

人間の感情ってなんなんだろう?と考えさせられました。

一度ついたイメージは、理屈では理解していても一生拭い去れるものではないのでしょうか?
まして、良くないイメージは永いこと残ってしまうのでしょうか?
一方良いイメージは、得てして忘れ去られるもののようにも思えます。

リチャード・ジュエル氏は、その後毎年事件の日になると、事件の場所へ花を手向けに行っていたそうです。そのとき、もう少し早く誘導することが出来ていれば、死亡者を出すこともなかっただろうにという自責の念だったそうです。
リチャード・ジュエル氏の13年間に想いを馳せてしまう夜でした。
「はいはい」じょうちゃんへ
2008年1年間の月別アクセス数一覧
何と67位 (01/01)
過去1ヶ月(08/12)の日別アクセス数一覧
何と67位 (12/31)
○サン
着信アリ (12/31)
日田人さん,そこには10年は寄っていません/鳩居堂
今年も新潟の「ル・レクチェ」を賞味ス (12/16)
ちょっと久々の日田人
今年も新潟の「ル・レクチェ」を賞味ス (12/16)
ピースケ
「やつしろ菜の花部会」さん (12/10)
18件の落書き
canpan事務局への要望です (12/10)
トラックバック
2007年09月
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30
今月のお噺の数