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●「鳩居堂」 (きゅうきょどう)

JR熊本駅前の電車通りで少々うるさく振動もある狭い住処を
じょうちゃんの「鳩居堂」と名付けました。
明治維新の頃、大村益次郎という人がいました。
その人は自分の住処を「鳩居堂」と言っていました。
その住処名にならいました。どうぞ、お立ち寄り下さい。

          住人 じょうちゃん


住人


じょうちゃんの「ぼそぼそ」
鳩居堂の部屋名
鳩居堂のかかわり先
●「鳩居堂」訪問者の方のお部屋紹介 http://nzpp.seesaa.net/        「思いつくまま」Fujita Yukariさん  http://blog.canpan.info/o222/    「ゆるすごたいむ」Benyさん  http://blog.canpan.info/kurokuro/  「仙台銀杏並木通信」kurokuroさん   http://blog.canpan.info/haenkaze/  「南風ん風」日記さん  http://blog.canpan.info/munyamunya56/ 「きっと 夢の中」ピースケさん  http://blog.canpan.info/nanohana/  「やつしろ菜の花部会」さん  http://blog.canpan.info/faltboat/   草鞋(わらじ)の緒さんhttp://blog.canpan.info/jodoi/index1_0.rdf
29年目に拉致と認定された母三江さんを思う [2006年11月18日(土)]
今週胸が詰まるものがもう一つありました。
鳥取の松本京子さんが拉致被害者に認定されましたが、お母さんのインタビューです。
お母さんの三江さんが、京子さんを捜しに出たとき見つけた片方だけのサンダルを触りながらのインタビューでした。

失踪する理由もなく、行方不明と警察には片づけられ、その時見つけたサンダルを29年間見続けられた思いというのはどういうものだったのでしょうか。
それから、海岸線をしらみつぶしに歩かれてたけど、手がかりも見つからなかったと言われておりました。娘への思いをどう整理されたのでしょうか。
人様に言っても分からない、と言われ畑仕事に没頭する姿が見られるようになったそうです。生きていることだけを信じ、必ず娘の姿をもう一度見るという強い思いで、この29年間生きることに全力を費やしてこられたのでしょうか。

こういう思いを巡らしながら、インタビューを見ていました。

失礼ながら、拉致事件というものを理解はしていましたが、感情が入ることはありませんでした。しかし、今回の松本三江さんのインタビューに、突然自分の子どもが目の前からいなくなった親の気持ちというものに、心を揺さぶられました。

これからは、今まで以上に関心を持って拉致事件の解決を見守っていきたいと思っています。
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