第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)の日本代表監督候補の話がニュースになっていますよね。
星野監督で北京オリンピックのリベンジを

という雰囲気がありますよね。
それに対して、イチローが発言していましたよね。
じょうちゃんには、イチロー発言の主旨は解りません。
しかし、「北京オリンピックのリベンジで星野監督」ていうのはいかがなものでしょうか
北京オリンピック(5) 「プロの視点」U [2008年08月23日(土)] に書いたように
・なぜ前回の韓国戦で打たれていた岩瀬を出したのか

⇔岩瀬ではなかっただろう

・なぜここ一番でダルビッシュへ託さなかったのか

⇔日本のエースダルビッシュと心中する場面だろう

・予選の日韓戦で、同点で韓国がランナー2塁、なぜ日本ベンチは外野手を前に出していなかったのか

⇔前に出していれば勝ち越しのホームは踏ませなかっただろう

・予選の日韓戦で、9回無死2・3塁で阿部になぜバッティングの指示をしなかったのか

⇔耳打ちするだけで相手にプレッシャーをかけられた場面だろうし、阿部には外野フライを打たせる気持ちを最初から持たせるべき場面だっただろう
星野監督の采配には納得行くものがありませんでした。
今晩、9回表、岡田監督が藤川球児を出して、タイロン・ウッズに2ランを浴びました。
あの場面で、立浪にヒットを打たれ、ワイルドピッチで進塁させ、2アウト3塁での藤川球児であれば、打つ手はすべて打ったと思えるのです。
その上で、タイロン・ウッズが誰も手の届かないスタンド・インをさせたのですから、致し方ないと思うしかないのです。
岡田監督は最後まで、手を尽くしたと思えるのです。
しかし、日韓戦の場合、まだ打つ手はあったはずです。
韓国は最後の最後まで手を打ってきました。
それに引き換え日本は手を打たなかったのです。
全力を出し切っての敗北には謙虚になりますが、なぜ万全を期さなかったのか
ピッチャーというものは、自分が投げなければゲームがはじまらないという試合の主導権を持っていますので、負けた場合も「自分の責任です」と言えば済みますし、それを「潔し」とされがちですが、勝負事において最善の手を尽くすことは当たり前であり、それはピッチャーの一級一級に守備位置を変える必要のある野手や指示をする捕手やそういうことまで気を使える投手であればが監督には良いと思います。
星野監督は、万難を排さず、選手に託しただけなのです。
この一点において、星野監督の力量に納得できないのです
敢えて
「火中のクリを拾ってもらう」のであれば、今日がひとまずラストゲームになった
岡田監督にWBCの監督は委ねたいものです