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●「鳩居堂」 (きゅうきょどう)

JR熊本駅前の電車通りで少々うるさく振動もある狭い住処を
じょうちゃんの「鳩居堂」と名付けました。
明治維新の頃、大村益次郎という人がいました。
その人は自分の住処を「鳩居堂」と言っていました。
その住処名にならいました。どうぞ、お立ち寄り下さい。

          住人 じょうちゃん


住人


じょうちゃんの「ぼそぼそ」
鳩居堂の部屋名
鳩居堂のかかわり先
●「鳩居堂」訪問者の方のお部屋紹介 http://nzpp.seesaa.net/        「思いつくまま」Fujita Yukariさん  http://blog.canpan.info/o222/    「ゆるすごたいむ」Benyさん  http://blog.canpan.info/kurokuro/  「仙台銀杏並木通信」kurokuroさん   http://blog.canpan.info/haenkaze/  「南風ん風」日記さん  http://blog.canpan.info/munyamunya56/ 「きっと 夢の中」ピースケさん  http://blog.canpan.info/nanohana/  「やつしろ菜の花部会」さん  http://blog.canpan.info/faltboat/   草鞋(わらじ)の緒さんhttp://blog.canpan.info/jodoi/index1_0.rdf
【祝】100,000件突破 [2008年11月16日(日)]
いつの間にか100,000件を突破していました

正確には、昨日(平成20年11月15日)の深夜0時前のようです

お読みいただいていらっしゃる皆様へ感謝申し上げます

これからも「ぼそぼそ」とつぶやいていきますので

是非、お読みください
「浦和駅東口」散策 [2008年04月19日(土)]
じょうちゃんの母校は埼玉大学です。
浦和市(現さいたま市)です。
最寄りの駅は、北浦和です。
1・2年の時は志木市の熊本県人寮「有斐学舎」に住んでいました。
3・4年の時は南浦和のアパートです。
ところが不思議なことに、どこにも懐かしさを感じないのです。
どこに懐かしさを感じるかというと「浦和駅東口」なのです。

折角「浦和駅東口」に降りたので、「さいたま市民活動サポートセンター」さんに寄る前にちょっと散策をすることにしました。

この辺りの路地は一直線になっていないものもあります。
突き当たったと思うとちょっと右に道があったり、ちょっと左にずれていたりしています。
それでも、路地の一本一本は以前と同じでした。
違っているのは、当時の民家や喫茶店だったと思っていたところが、マンションになっていたり駐車場になっていたりしていました。
この辺りを歩くのは1985年以来ですから、変わっていても当然でしょうねぇ。。。
歩いていると不思議な感情が湧いてきます。
懐かしさだけでないのです。
この路地を歩いていた頃に感じていたいろんな感情が思い出されてきます。
今でもじょうちゃんの感情はこの辺りにあるような気がしてきます。
これは熊本では感じることがない感情でした。
これも恩田陸さんの「まひるの月を追いかけて」を読みかかったところからなのでしょうか・・・

「さいたまNPOセンター」さんからに「後何分くらいで着かれますか?」というです。
それでは、この辺りで散策を止めて「浦和駅東口」に戻りましょうかねぇ。。。
必然のためには時間が必要である [2008年03月17日(月)]
明日(3/18)はお江戸で、「−NPO法成立10周年記念フォーラム− NPO法成立10年:語り合おう! これまでとこれから」(中野サンプラザ 8F研修室1 18:30開会〜20:30閉会 資料代1000円)というのに出席予定です。
「NPOくまもと」はこの会の主催者である「NPO/NGOに関する税・法人制度改革連絡会」の九州地区地域幹事なので、発題のレポートを書けと言われていますが、まだ何も書き上げていません。
多分、今から外回りをして、その間頭をフル回転して考え、夕方から書くことになるでしょう・・・いつものパターンです。

実は3月19日というのは、所謂「NPO法」(正式には「特定非営利活動促進法)が国会で可決して10週年目になるのです。
そこに辿り着くまでに、NPO法(当時は「市民活動促進法」)の制定に向けて何年か直接活動し、それ以前には、知らず知らずのうちか、はたまた意識的か「非営利セクター」について勉強し、その必要性を感じていました。

その結果が、「NPO法」という形で結実し、47都道府県で認証条例をつくらなければならないために、そのための行政職員の勉強会を民間レベルで開催し、全47都道府県から職員の方が参加いただいたセミナーを開催することも出来ました。
そして、NPO法人の非営利活動のみのときの法人税均等割りの減免運動が結実しました。
これがやれたのは、日本青年会議所NPOでつくるコミュニティ推進委員会という全国100名のメンバーによる組織力だと思っています。
そのための勉強をしてきたみんなの努力の結果だと思います。
それから、この仲間たちは全国へ「NPOの伝道師」となって普及活動をしていったわけです。

じょうちゃんは現在48歳になりましたが、NPO法制定の時は38歳でした。
「非営利セクター」に取り組むようになったのは、32歳の時でした。
自分自身が「非営利セクター」の一員となって活動し始めたのは27歳の時でした。
じょうちゃんの「非営利セクター」経験は22年目ということになります。
自分の何かを他人に伝えるというのには、それだけの時間と経験が必要だったと思っています。

「中間支援的なことをしたい」と言われる人とお会いします。
しかし、その人とお話をするとその必然性を感じないのです。
なぜいまここに立っているのか!ということを知らないのではないかと思えるのです。
今までの人生のなかで、今やれることをやっているのが、その人の人生だと思います。
そこには、やりたいけどやれないことも沢山あったでしょうけど、今やっていることが、その人のその都度の選択の結果だと思っています。その選択をしていないのに、なぜやれるとなるのでしょうか?
自分自身、選択の結果だと思っています。じょうちゃんがNPOと関わっていることは、今までのじょうちゃんの人生のなかでの選択の結果だと思っています。
こういうことを「必然」という言葉で感じたのは、「光の帝国 常野物語」/恩田陸 [2006年07月30日(日)] を読んだ時でした。

翻って、今からやりたいという人は、今やりたいことへ飛び込んでいくことが必要だと思うのです。「あとで」「もうちょっとしてから」とか思っていると、そのタイミングを逃しちゃっいます。そうすると、今からの貴重な時間を無駄なものに使っちゃいます。
今やっていることが後で「あれは無駄だったナァ」と感じられることなら良いのですが、どーもそれが遠回りではなく、他人に迷惑をかけることになりそうだし、自分自身がそのプロになる過程がみんなから喜ばれるようには思えないこともあります。
そのためには、謙虚に他人の話を聞くことが必要になります。
少々耳障りが悪いことを言われても、真摯に聞きその真意まで自分自身で噛み砕くことが必要です。
今までの価値観と違うことを言われることになるのですから、ツライのは当たり前のことです。それを繰り返していって、新しい価値観を持つことができるのですからね。
20歳台にはみんなが言ってくれますが、30歳代では叱られることもなくなり、40歳台では諦められてしまいます。

周りからみて、「こいつ、今やらなきゃいつ頭を低くしてやるのかなぁ」と思うことがあったので、つらつら自分のことを思い出してしまいました。
CANPAN第2回ブログブログ大賞にエントリーされているそうです [2007年08月29日(水)]
今年もCANPAN第2回ブログブログ大賞が開催されるらしいです。
昨年はもっと遅い時期じゃなかったかなぁとか思いながら、眺めていました。

そしたら、今年のCANPAN第2回ブログブログ大賞にエントリーされます、という案内がありました。
去年の第1回にもノミネートされていましたので、その頃のを読むと表彰式が11/15でしたが、今年は1週間早い11/8ということで、去年と時期的には変わらなかったんですね、納得

「鳩居堂」の住人のアタシ(じょうちゃん)の日々感じたことや出来事を日記として書いているもので、メッセージ性がない個人のお噺綴りみたいなものですが、読んで頂いていることが有り難いことです。
特に先月末からの「テージセー 〜1461日の記録〜」にはCANPANでブログを作られている方だけでなく、いろんな方が検索結果から訪ねてきて頂いていたようです。

もし、CANPAN第2回ブログブログ大賞でご訪問していただく方がいらっっしゃいましたら、お読みください。いろいろ考えさせられることばかりでした。ご意見やトラックバックしていただければ嬉しいです。

・STORY1「夜の入学式 −ヤンキー娘の恋と孤独−」
・STORY2「18歳、母になる −涙・妊娠・休学・・・手首の傷のワケ」
・STORY3「学校がなくなる! −彼女を救え・・・熱血教師の涙−」
・STORY4「日本一の卒業式 −酔っぱらい、少年院帰り・・・それぞれの巣立ち−」
+「テージセー 〜1461日の記憶〜」 じょうちゃんの番外編〜センセー

・・・CANPAN公式ガイドブック(CoCANPAN)第2版にも掲載されているという(でも、じょうちゃんはまだ一度も見たことはありません「NPOくまもと」は、ホームページの代わりの役割をもたせようと結構を入れてつくっています。どなたか推薦していただけないものでしょうか去年は、アドレスが違ってエントリーされていましたもので今年はちゃんとエントリーされたいナァ。。。

CANPAN第2回ブログブログ大賞での選考委員の方のコメントはここにあります。
プロフィールの「筋が通らないこと」の事例 [2007年05月13日(日)]
プロフィールのところに「筋の通らないことというか、筋を通さない人でことをなさることに出くわすことが多くなりました。それが都合がよく手っ取り早いからでしょうねぇ。それだけは許せんなぁ、何とかならんかなぁ。。。と思う昨今です。」と書いています。

先日も、会費を払った記憶のない会から、継続するか辞めるかどうか返事を下さいと来ました。
おいおい、入会した記憶もないし、勝手に会員とされていたらしくこっちがどうこう決めることではないと思うのです。そういう経緯なのにこういうものの言い方をされるってあるのかなぁ・・・?と不快感とともに残念な思いがしました。
けど、それが現在の時代なんでしょうねぇ。
以前、アタシたちが組織として取り組んでいたことをいきなり「やりたい」と宣言し、ご自身の理事会での正式手続きを取ることなく進行しようとされたことがありました。一応その時まではアタシも理事という自覚はあったのですが、理事会を開催することなく、組織決定すべき事項をいきなり「みなさ〜ん、この指とまれ」をされたのでは、理事も理事会の役割もあったことではありません。これでは組織ではなく個人商店であり、個人へのファンクラブっといった様相を呈しており民主的組織とはなっていません。
アタシたちでは横取りをしに来られたという意識もあり「看過ならない」といいましたが、その時全く対処をされませんでした。アタシたちならそういう言葉があれば、すぐに飛んでいってどういう状況だったのか相手に確かめますが、そういうことはありませんでした。そういうことで済まされる個人=組織っていうのがあるんですね。
これは組織とは言いません。
そういうところは、アタシたちは組織として信用できないという結論になるのは当然でした。
現代は、それで済んじゃうんでしょうねぇ。
全て、自分の都合で成り立たせているんだなぁ・・・というのが、このところの実感です。

・・・でも、これって若いからそうなるってことだけではないかもしれませんね。

2月から、特に3月から、自分達が徒労をしているのじゃないか?なぜここまで、板挟みになって苦労してるんだろうか?って思うことがあってずっと考えていたんです。
これも、先頭に立って指導している人が関わっている人の気持ちを省みずに、ご自分の理想の形だけを押しつけられているので、関わっている人たちの主体的・積極的な気持ちが無くなって、指導している人と関わっている人の気持ちに乖離現象が発生しました。
指導する側は常時関わっているわけではなく、ご自分のご都合で指示をされますが、その意図が伝わらないので、関わっている方たちに動いて貰うためにはアタシたちが汗をかかなくてはならなくなりました。
しかし、乖離した気持ちをくっつけることは出来ませんし、アタシの方が参ってしまいました。
これは、指導する方が関わっている人たちの“気持ち”への配慮という部分が抜けていることに起因しているんですよね。“相手”がいるはずなのに、相手を見ていないんですよね。
それをカバーするのが組織ですが、カバーできないということは“組織”自体がなく、個人レベルということになります。そうすると、運動系は拡がりをなくしちゃいますもんね。
それがイベントであれば何とか結果は出せるのですが、調査・検証等になると関わっている人たちは方が疲弊しちゃいます。
ギャラをもらって指導するのであれば、自分のやり方を押しつけるだけでなく、自分が一緒にやれるように工夫したり、関わってくれている人たちのレベルに合わせることが必要だと思います。そうしないと、アタシたちはいつまでも板挟みをさせられるだけで終わってしまいます。関わっていて楽しくないですもんね。97年日本JC村岡会頭の「生涯一Jaycee」講演 [2007年04月27日(金)] でも書きましたが、組織がみんなに(+)面を感じさせることを考えることがまず1歩目かなぁと思います。

こういうことの連続ですので、ストレスで体調が万全とならないのでしょうねぇ。。。
熊本のようなローカル都市で仕事と生活をしているアタシたちは、地べたに這いつくばっているようなものです。一歩一歩確実にしていかなければ、商売の信用がなくなります。
大都会を相手に仕事や生活している人にとってはそういう感覚は解らないのでしょうねぇ。。。

「好事魔多し」・・・上手く行っているように見えているときは程、周りの細事に気を付けなきゃいかんのですねぇ。
ある意味「教訓」です。。。
なぜ「鳩居堂」か? [2006年08月24日(木)]
なぜ「鳩居堂」か?と聞かれます。

「はいはい」じょうちゃんへ で書いたことはあるのですが、すぐに読めるところに残しておきます。

司馬遼太郎先生の作品のなかに、「花神」というのがあります。
そのなかに出てきた「ストラトジー」と「タクティーキ」という発想に強く感銘を受けました。
「ストラトジー」は英語でstrategy=戦略で タクティーキ」はtactics=戦術です。
strategy=戦略は全体の作戦とも言うべきもので tactics=戦術は個々の作戦ともいうべきものです。
昭和51年NHKの大河ドラマで見たとき この使い分けに痛く感激しました。
それ以来、じょうちゃんの考えを組み立てるときの思考回路のなかにひとつのプロセスとして「ストラトジー」と「タクティーキ」が組み込まれています。

司馬遼太郎先生の「花神」のなかに、
「蔵六がなすべきことは、・・・もし維新というものが正義であるとすれば(蔵六はそうおもっていた)津々浦々の枯れ木にその花を咲かせてまわる役目であった。
 中国では花咲爺のことを花神という。蔵六は花神のしごとを背負った。」
という一節があります。
じょうちゃんも、花咲爺になれたら良いなと思っています。

ということで、「花咲爺」になりたいなぁという思いとその思考の根源として、大村益次郎(村田蔵六)さんにちなんだ住処名としたわけです。
鳩居堂は東向き その弐 [2006年08月24日(木)]
夏と冬のお日様の位置の違いを記録してみたいと今朝写真を撮ってみました。

  
左が06年8月24日6:51です。右が05年1月1日7:39です。
両方の写真が並んでくれると良いのですが、窓からみると、実は、その間にもう少し隙間(?)があって、重なりがない位置関係です。
うぅ〜ん、お日様の位置が30°くらい夏場は左にあるという感覚です。

こんなに夏と冬は違うんです!って見てもらおうと思ったけど、わかりますかねぇ?
鳩居堂は東向き [2006年08月23日(水)]
近頃毎日夕立が降っています。
今日はゴロゴロと雷も鳴っていました。
お陰で、しばらくは冷房を消して、窓を開けていて良いようです。
今日現在で35℃以上の日が8月は16日もありますから、「秋の気配」なんて言えるはずのない毎日ですが、日暮れは早くなっているようです。

「鳩居堂」は、東向きに建っています。
しかも、写真で分かるように、東側には坪井川と白川が流れていて、白川河川敷までの数百mには、何も建っていませんので、見晴らしだけはよいのです。

夏の朝は、日差しは強いのですが、窓から日差しが入ってきているという感じはしません。たぶん、日の出頃は入っていてもすぐに陽が高くなり、日差しを感じないんでしょうねぇ。
今朝は窓から体を乗り出すと、日の出の位置を確認することが出来るようになりました。
これからは、段々日の出の位置が右に移動して差し込む日が長くなっていきます。
元旦の頃は、窓を開けずに日の出を見ることが出来ます。
この写真は、去年の元旦の写真です。
ちょっと曇っていますが、良い眺めです。写真を撮ったのが、7時39分ですから、6時には日が出ている今とは随分違いますねぇ。日の出で季節を感じられる「鳩居堂」です。

ただ、欠点は、気密性が良いので、夏場窓を閉めていると蒸し風呂状態です。
去年は夏日が100日もありました。今年もいつまで続くのやら・・・ちょっと憂鬱です。
本を読むにはまだまだ暑い夜が続いています。
恩田陸さんの未読の本が山積みしています。。。
鳩居堂 [2006年07月18日(火)]
明治維新の頃、大村益次郎という人がいました。
その人は自分の住処を「鳩居堂」と言っていました。
このページは、その住処にならい
じょうちゃんの「鳩居堂」と名付けました。
狭い住処ですが、お立ち寄り下さい。

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「鳩居堂」家主の「プロフィール」「バイオグラフィ」です。

「鳩居堂」にある部屋を覗いてみたい方は、ここへお立ち寄り下さい。ご案内しております。
「鳩居堂」家主の「プロフィール」と「バイオグラフィ」です [2006年07月18日(火)]
「鳩居堂」家主の「プロフィール」「バイオグラフィ」です。
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