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マインドフルネス精神療法研究第4回発表大会でした [2018年05月19日(Sat)]

マインドフルネス精神療法研究第4回発表大会でした

http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/nenjitaikai/04kai/prog-04.pdf
プログラムです。

IMG_1915.JPG
Posted by MF総研/大田 at 22:26 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
フランクルのロゴセラピーと類似する西田哲学、SIMT [2018年05月06日(Sun)]

フランクルのロゴセラピーと類似する西田哲学、SIMT

 フランクルのロゴセラピーは、定評があります。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/2633

その哲学と類似するのが西田哲学であり、SIMTです。

 フランクルは、内在と超越をいいます。内在は、西田哲学、SIMTの叡智的自己の行為的直観までです。自己、自我が残っています。
 超越は、西田哲学の人格的自己です。ロゴセラピーのセラピストは扱わないで、宗教者が扱うといいます。しかし、ここまでSIMTで扱いたい。ここを説明して扱う宗教者が極めて少ないからです。このレベルで苦しむひとが多いのですから。

 フランクルは、セラピストは、超越の入口を閉ざしてはいけないといっています。西田哲学、SIMTも、人格的自己まで開かれています。
 セラピストが、「超越」を無知のゆえに、超越を否定してはいけないでしょう。救済されるはずの人を絶望させます。

本音の観察、影響の評価
 マインドフルネスのブームを批判する論文にも言っています。 浅いマインドフルネスを提供すると、重いひとに、 本来受けるはずの治療を回避させるおそれがあるのです。 SIMTでいう「本音」を形成させるのです。この場合は、「マインドフルネス (全体)」の「嫌悪」(知的)そして「回避」(意志的レベル)です。そして、それを提供した人物までも嫌悪(人物そのものの嫌悪)の本音を持つことまで発展します。本音にも、階層があります。SIMTは、本音の観察、その影響の評価を重視します。相手の本音の違いをよみとれず、私(大田)も、憎まれました、今も嫌われます。このブログの内容も嫌悪されるでしょう。これは「感情」です。そして、形成されるのが、嫌悪の「本音」です。病気でない人も、それぞれの産業、学問をする人も、数々の嫌悪の本音を持っています。そして、自分のものの「執着」の本音です。

 MBCTは、3回以上再発した人の、うつ病の再発防止法としてしられています。しかし、100%ではないはずです。再発するひともいるでしょう。だから、「もっとほかにもマインドフルネス心理療法がある」といっておくのが良心的でしょう。再発したひとが、「マインドフルネス(MBCTです)でもだめだった。もう絶望だ。マインドフルネスだって、再発する。マインドフルネスでは、治せない。」と絶望して、もっと、強力な治療を回避させるかもしれません。MBCTを提供する時には、支援者に「他のマインドフルネスもあります」と伝える義務を課すべきではありませんか。マインドフルネスの提供の倫理、ガイドラインを作成していただきたいものです。(SIMTのMMTには、倫理があります。経験をかさねて、より厳しくしていきたい。)

本音の観察、影響の評価のスキルの差が大きい
 マインドフルネス瞑想療法士🄬(MMT)のスキルのうまいへたがあります。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3280
☆日記でわかる自己洞察のスキル

 だから、資格取得の後も、スキルの向上に努めます。研究会、発表大会、実際の活用支援など。しない人は、5年後、資格を更新できません。かなり、多数が更新なさらないでしょう。MMTは、少数です。
 マインドフルネスは単なる「技術」のものもありますが、SIMTはやさしくありません。我利我執、独断が渦巻く人生の全過程で、生き抜いていくこころ全体の観察探求ですから。MMTには、生涯、自己洞察の深化が求められます。深い苦に直面なさるクライアントがおいでになります時に、自分の未熟さに気づく、観察されるでしょう。

 「私がだめでも、もっとうまいMMTがいます。紹介します。」
 「SIMTで治らなくても、認知行動療法のカウンセラーがいます。」

というのがいいのでしょう。自分のところに、とじこめてはいけません。大切な命がかかっています。自殺がある病気です。

Posted by MF総研/大田 at 18:14 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
言葉を見て聞き、言葉を書く、発言する [2018年04月26日(Thu)]
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/nenjitaikai/04kai/taikai-04.htm
★第4回発表大会

http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kikansi/hp-04/4gou-hyousi.pdf
★日本で唯一のマインドフルネスの雑誌『マインドフルネス精神療法』

言葉を見て聞き、言葉を書く、発言する

 さらに、西田哲学の「言葉」「言語」についての哲学を見て、マインドフルネス(観察)の範囲を考えます。 対人関係でない時の、感覚は人間の意志、欲求を表現したものではないので、無視していいものです。無評価?でも。

 しかし、対面や電話で言葉を聞くとか、本やメールなどの言葉を見る時は、無評価ではありません。

西田幾多郎は、こういいます。

 「自然現象は何物をも志向せない、自然現象としては何物も言表せない。・・・。一が他を表現するには、表現するものが我々の意志的行為の性質をもたねばならない、空気の振動が意味を表現するのではなく人間の声が意味を表現するのである。言語とか文字とかいうものは意志の客観化せられたもの、否意志的行為の延長として、道具の意味をもったものでなければならない、いわば之によって何物かを掴み得る手の如きものでなければならない。」(『自覚的一般者に於いてあるもの及それとその背後にあるものとの関係』旧全集、巻5, p318-319 )

 MBSRの手法は、食べる、歩く、ヨーガ、正座などにおける感覚の受け止めである。そこには、相手からの言葉はない。壁や畳や、食べ物、歩いていく風景や自然現象が意識される。無評価観察でよいだろう。しかし、我々は、家族のいるところでも、職場でも芸術、教育、医療、福祉、政治、あらゆる現場で、「言葉」を見、聞き、そして、言葉で考えて、言葉を他者に向かって発している。

セクハラ、パワハラ、差別思想、人格否定などが含まれていないか、言葉を発しようとする時に、評価すべきなのである。また、実際、多くの人は評価している。しないものが、セクハラ、パワハラ、アカハラ、ドクハラなどと批判されて、地位、名誉を失う。

言葉は、人の欲求、感情、意志などを表現しているのである。無評価観察ではありえない。こういう哲学が考慮されず、一部の自然相手の感覚の観察に還元した方法で行うものから、対人関係における方法まであるから一貫しないと言われるのだろう。少なくとも、ACT,弁証法的行動療法、自己洞察瞑想療法(SIMT)は、もっと深く観察している。「自己の階層」もいう。浅い自己は真の自己ではないと評価させる。そこも、無評価ではない。

では、どのように「観察」するのか。西田哲学では「独断を捨てて見、独断を捨てて考え、独断を捨てて行動する」である。これは、非常に広い。

 人間の科学の範囲は、広く深いのであるが、全体主義、画一主義、還元主義がはいりこみやすいとフランクルがいうが、どうなのだろうか。(この言葉や上記の西田哲学の「言葉」をどう見られるだろうか。無評価だろうか。こういうことを真剣に検討していっていただきたい。そういうことが学問なのだろうと思う。哲学の違いもある。また、ACTは、西田哲学と違い、西洋哲学である。ビパッサナー瞑想は、古代インド哲学が背景にあり、これは六道輪廻からの解脱を目標にしている。)

 こう考えると、マインドフルネス心理療法は、対人関係でない状況での観察技法と対人関係やすべての人生の場面における観察法とがあると言っていいのだろう。おそらく、こういうところから、MBSRやMBCTは、それだけでは、うつ病、不安症、過食症、人間関係の苦悩の改善にはなりにくいのだろう。他の療法などとの併用が考えられているのであろう。それはそれでいい。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3549
【目次】第3世代の認知行動療法
Posted by MF総研/大田 at 20:38 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
言葉を見て聞き、言葉を書く、発言する [2018年04月26日(Thu)]

言葉を見て聞き、言葉を書く、発言する

 さらに、西田哲学の言葉についての哲学を見て、マインドフルネス(観察)の範囲を考えます。 対人関係でない時の、感覚は人間の意志、欲求を表現したものではないので、無視していいものです。無評価?でも。

 しかし、対面や電話で言葉を聞くとか、本やメールなどの言葉を見る時は、無評価ではありません。

西田幾多郎は、こういいます。

 「自然現象は何物をも志向せない、自然現象としては何物も言表せない。・・・。一が他を表現するには、表現するものが我々の意志的行為の性質をもたねばならない、空気の振動が意味を表現するのではなく人間の声が意味を表現するのである。言語とか文字とかいうものは意志の客観化せられたもの、否意志的行為の延長として、道具の意味をもったものでなければならない、いわば之によって何物かを掴み得る手の如きものでなければならない。」(『自覚的一般者に於いてあるもの及それとその背後にあるものとの関係』旧全集、巻5, p318-319 )

 MBSRの手法は、食べる、歩く、ヨーガ、正座などにおける感覚の受け止めである。そこには、相手からの言葉はない。壁や畳や、歩いていく風景や自然現象が意識される。無評価観察でよいだろう。しかし、我々は、家族のいるところでも、職場でも芸術、教育、医療、福祉、政治、あらゆる現場で、「言葉」を見、聞き、そして、言葉で考えて、言葉を他者に向かって発している。

セクハラ、パワハラ、差別思想、人格否定などが含まれていないか、言葉を発しようとする時に、評価すべきなのである。また、実際、多くの人は評価している。しないものが、セクハラ、パワハラ、アカハラ、ドクハラなどと批判されて、地位、名誉を失う。

言葉は、人の欲求、感情、意志などを表現しているのである。無評価観察ではありえない。こういう哲学が考慮されず、一部の自然相手の感覚の観察に還元した定義で行うものであるから、方法が一貫しないと言われるのだろう。少なくとも、ACT,弁証法的行動療法、自己洞察瞑想療法(SIMT)は、もっと深く観察している。「自己の階層」もいう。浅い自己は真の自己ではないと評価させる。そこも、無評価ではない。

では、どのように「観察」するのか。西田哲学では「「独断を捨てて見、独断を捨てて考え、独断を捨てて行動する」である。 フランクルが言ったように、人間の科学には、全体主義、画一主義、還元主義がはいりこみやすい。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3549 【目次】第3世代の認知行動療法
Posted by MF総研/大田 at 20:38 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
自分を知らない [2018年04月23日(Mon)]

自分を知らない

 北陸での特別講座が終わりました。大変多くのかたのご参加がありました。
関東地区以外の皆様が、マインドフルネス心理療法にご関心をもってられるようです。 来年は、マインドフルネス瞑想療法士🄬の認定講座を、埼玉ではやめて、関東以外の地域で、2か所実施していこうと考えます。

 5月19日は、マインドフルネス精神療法研究第4回発表大会です。マインドフルネスには、様々なレベルのものがありますし、哲学の違うものがあります。自己には階層がありますので、問題に応じたマインドフルネスを適用することが大切です。

 「無評価」だけではいけません。自分の見方、考え方、行為は、たとえば セクハラ、パワハラではないかと観察評価しなければならないのです。ブームのマインドフルネスは、簡単なことに還元していますが、現実の世界は複雑です。

マインドフルネスとは、自己洞察です。自己の作用や自己を観察していきます。この点は、日本にある禅が大変深く実践されてきました。 禅は、「金儲け」と非難されることはありませんでした。

禅のような深い自己洞察を、一般の人でもわかるように実践方法をアドバイスすればいいわけです。 西田哲学によれば、自己の意識作用は、判断、感覚、思考、意志作用、行為的直観、創造的直観と深くなります。発表大会でも触れる見込みです。すべての人の、平等であることを教えています。繰り返し考え、実践していくとわかってきます。女性を蔑視して、セクハラがあります。とんでもないことです。性別に関係なく、すべてのひとの根源が、絶対者のごときものであることを西田哲学で説明しています。

 不幸な家庭、緊張の家庭もあります。自分がひきおこしていることに、気づいていません。 家族の間にも、相手を苦しめる行為があります。その背後にある心理を観察しなければなりません。無評価ではいけません。深い位置からの眼で、見た瞬間、考えた瞬間、行為した瞬間、発言しようとする瞬間に、冷静に本音を観察し、評価判断し、適切な行動をしなければいけません。

日本には、もっとも深く探求されたマインドフルネスがありますので、再興していきましょう。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3288
世界は根源を持つ。自己は根源を持つ。それが一つです。

 日本では、多くの人が表現してきました。

 北陸での講義を終えて、感じました。やはり、西田幾多郎、鈴木大拙を生んだ北陸で、深いマインドフルネス心理療法の実践が広まるだろうと思います。
 最高の哲学があります。これは、実在論、自己とは何か。という問題です。どの自己でものをみるか、考えるか、行動するか、はマインドフルネスになります。ちょうどいい機会がきたのです。治りにくいうつ病や不安症も、日本的なマインドフルネスで治るひとが出てきています。哲学と、脳神経生理学で説明できます。

 日本のマインドフルネスを再興しましょう。西田哲学では、従来の禅を超えて、室内だけの実践ではなくて、独断偏見の渦巻く現場での実践をいっています。現代こそ必要になったのです。発表大会でも、これが話題になります。

http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/nenjitaikai/04kai/taikai-04.htm
★発表大会

 どなたでも、ご参加ください。治りたいかた、ご家族、マインドフルネスや禅や仏教の専門家(禅の現代化のようです)、メンタルな領域に活用したい方、精神医学関係に従事人、、・・・。
Posted by MF総研/大田 at 22:15 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
金沢でのマインドフルネスSIMTの特別講座 [2018年04月23日(Mon)]
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金沢でのマインドフルネスSIMTの特別講座

 昨日は、富山の講座に続いて金沢での講座でした。
 北陸マインドフルネスセンターの主催で、2日間、同じ内容でした。

オープニング(羽利泉さん)
マインドフルネスSIMT(大田健次郎)
実践(大田恵美子)
北陸マインドフルネスセンターの活動(羽利泉さん)

 写真は羽利さんの講義風景です。

 金沢の参加者は、33名の多数でした。マインドフルネスSIMTへの関心が高いことに驚きました。6月から10か月にわたるマインドフルネス瞑想療法士🄬の認定講座の受講希望も10名以上になります。
 講座のあとのアンケートで、
「西田哲学のことをもっと勉強したい」
「自己の階層のことを深く知りたい」
という声が多数ありました。「10か月の間のどこかで、特別講座を開催したいですね」と話しあったことでした。
 後期西田哲学は、前期(「善の研究」の頃)とは違っています。 田辺元博士の批判にこたえるかたちで、深まっていきました。 そして、後期には、自己とは、世界を創造していく創造的世界の創造的要素として論理化しました。
 そのような自己の実践として、至誠で見、至誠で考え、至誠で行動することを提案しました。これが、日本のもっとも深いマインドフルネス実践になります。すなわち、それは、世界でもっとも広く深いマインドフルネスということになります。
 自己には、判断的自己、知的自己、 意志的自己、叡智的自己、人格的自己の階層があります。そのすべての意識と自己を観察(マインドフルネス)するのですから、最も広く深いマインドフルネスになります。ジョン・カバット・ジン博士が、東洋には「全体性」があるといったものなのでしょう。承知の上で、浅い知的自己の観察という認識方法を提案したのが、MBSRでしょう。

 後期西田哲学の実践論は、現代社会の現実の家庭で、職場で、学問研究の場で、どのように見て考えて行動すれば、創造的世界の創造的要素となるのかという実践指針に該当します。それぞれの自己の階層(実在論)で、意識作用が異なります。それで、見方(認識論)と行動(実践論)が違います。MBSRは、実在論をいいません。ACTは、文脈としての自己をいいますが、西田哲学の意志的自己、叡智的自己、人格的自己とは違っています。
 実在論、認識論、実践論の3つがセットになっています。これから、西田哲学に導かれて、人は、どう行動していくことが、すべての人の絶対的平等の共通性を認め絶対的にこれを尊重し、しかも各人の人生価値の違いを尊重して、各人が選んだ領域で個性を発揮して、世界を創造して、共生していく、創造的社会。そうするための共通の実践を「至誠」であると、西田哲学は教えています。
 やはり、西田哲学、鈴木禅哲学(そして、曹洞宗の発展の元になった石川県内の総持寺、永光寺で活躍した瑩山禅師=お生まれは福井県)を生んだ石川県です。西田哲学を指針とするマインドフルネスSIMTへの関心が高いところです。1年後に10名以上のマインドフルネス瞑想療法士🄬が誕生すれば、何かが変わる予感がします。

この講座のことは、翌日、後援の北國新聞に写真いりで報道されました。
Posted by MF総研/大田 at 05:49 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
富山で特別講座でした [2018年04月22日(Sun)]
富山1.JPG

富山で特別講座に参加させていただきました

昨日、富山で特別講座でした。

北陸マインドフルネスセンターさんの企画によるものです。
そこに、私もお話しさせていただきました。
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kouen/2018-3-toyama-kanazawa.pdf

参加してくださいました方々の真剣さが伝わってきました。

今日は、金沢講座、定員をはるかにこえましたので、会場を広い部屋に変えていただきました。

石川県は、禅の総持寺、大乗寺、永光寺がある禅のメッカ、西田哲学は、真宗も深いものがあると認めました。

仏教、禅にあったふかい哲学をほりおこした鈴木大拙、そして、人間と世界の真相の根源を哲学的に解明した西田幾多郎。それは、鈴木大拙があきらかにした禅をも説明できるものです。さらに、実在した仏教、禅、真宗を超えて、現代的永久的な自己探求哲学の記述とその実現のための実践を提案した西田博士。 そして、西田博士の弟子、西谷啓治、世界にほこるべき偉人が輩出した石川県。
こうした「マインドフルネス心の世界遺産」が集中して残る石川県。となりの福井県にも、たくさんあります。

マインドフルネスもまた、金儲け,名誉、地位、他の差配の道具にしようとするエゴイズム。 自分だけの欲望、自分だけの幸福のために、他者を傷つけることがなくならない日本と世界で今こそ見直すべき西田哲学。 違った価値をもつひとの共生を通してすべての人の幸福の可能性を説明した西田哲学。
その貴重な遺産をそのままにはしておられません。「マインドフルネス」という形式で、西田哲学、鈴木禅哲学の実践化、現代社会への貢献の輪が北陸で広まっていく予感を感じています。

(金沢から)
Posted by MF総研/大田 at 08:21 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
日本唯一のマインドフルネス専門雑誌・ 『マインドフルネス精神療法』第4号 [2018年04月18日(Wed)]

日本唯一のマインドフルネス専門雑誌・ 『マインドフルネス精神療法』第4号

 定期的に刊行されるものとしては、日本唯一のマインドフルネス専門雑誌です。

『マインドフルネス精神療法』第4号の編集の佳境です。

http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kikansi/hp-04/4gou-hyousi.pdf
暫定的な目次です。

 特集は「非定型うつ病のマインドフルネス心理療法」 です。なかなか治りにくい、非定型うつ病ですが、カウンセラー(マインドフルネス瞑想療法士🄬)が、治るように、支援しています。自分の課題実践行為によって、脳内の病変を回復させるのですから、治りたいという真剣さと脱落しない、逃避しない覚悟が必要です。1−2年かかりますから。

マインドフルネス心理療法には、さまざまな流派があり、哲学と手法が違っていて、適応症が違ってきます。こちらは、マインドフルネス心理療法の自己洞察瞑想療法(SIMT)です。感覚レベルの観察ではなくて、感覚、思考、行動のすべてを観察する意志的自己の意志作用レベルの観察のマインドフルネス心理療法です。

5月19日、発売予定です。

創刊号から3号は、こちらに。
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kikansi/kikansi-mokuji.htm
Posted by MF総研/大田 at 15:50 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
富山と金沢での講演会の準備 [2018年04月17日(Tue)]

富山と金沢での講演会の準備

富山と金沢での講演会の準備をしています。

http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kouen/2018-3-toyama-kanazawa.pdf
★講演会のチラシ

 このような会は、ほかの地区でも開催しますので、声をかけてください。

日本で開発されたマインドフルネスSIMT(自己洞察瞑想療法)は、感覚の観察ではなくて、意志作用の観察、行使ですから、適切に、真剣に実践すれば、1年ほどで、うつ病、非定型うつ病、パニック症、PTSD,過食症 などが改善します。ひとりでできない人のために、マインドフルネス瞑想療法士🄬が支援します。

マインドフルネス瞑想療法士🄬は、全国で69名おられます。

意志作用は、すべてのひとが用いるので、すべての人にマスターしていただきたいです。エゴイズムの心理(本音、独断)も観察します。

 ある種の本音が、自分にむかうと、上記のような心の病気になります。なってからも、なかなか回復しません。再発もしてしまいます。、

 本音が他者に向かうと、他者を苦しめます。
 国内にも、国際的にも、エゴイズム、独裁者によって、苦しむ人が多いです。組織でもトップや上位の管理者が部下をいじめます。いじめ。 パワーハラスメント、ドクターハラスメント、セクハラ、アカハラ、暴言暴力、ドメスティックバイオレンス、ストーカー、組織内での派閥闘争、情報隠し、権力乱用でサービス低下、・・・。学問というところにも、フランクルがいうように、全体主義、画一主義、還元主義の定義、解釈がされると、社会の発展や福祉の向上を妨害します。 個人の幸福をおびやかしています。マインドフルネスSIMTが必要です。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/2670
★学問における全体主義、画一主義、還元主義を批判するフランクル
Posted by MF総研/大田 at 18:36 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
今度の日曜日はマインドフルネス精神療法研究会 [2018年04月13日(Fri)]

今度の日曜日はマインドフルネス精神療法研究会
 叡智的自己と行為的直観

 15日は、マインドフルネス精神療法研究会です。 叡智的自己と行為的直観の哲学の理解とマインドフルネスの実践を続けています。希望者は、真の自己の目覚めといわれる、西田哲学では「人格的自己」への探求をします。

 今回は、会員でない人の参観もしていただけます。マインドフルネス瞑想療法士🄬の認定講座に関心のある方もどうぞ、ご参加ください。参加費、千円。 会場は、埼玉会館の6D会議室です。
http://www.saf.or.jp/saitama/access/
席とテキストに限りがありますので、必ず、メールでお申し込みください。

 マインドフルネスは、仏教の実践方法から開発されたものですから、マインドフルネスも様々な哲学と実践に分かれています。 仏教が、分裂したのは、自己満足の思想、哲学に批判的なグループが新しい解決方法を開発していったためです。

 自己(主体)と世界(対象)とをどうみるかという、観察実践が深められて、日本において、もっとも深化されたのです。西田哲学の研究者の一致した見解です。
 初歩的には、感覚などを観察しますが、社会で生きていく時に、自分も他者も傷つけないように、他者を排除せず自分の選んだ役割(価値)で責任ある行動をして、みなが幸福になる共生社会を作っていくマインドフルネスの実践は、ブームになっているマインドフルネス(知的自己レベル)ほど容易ではありません。

 社会には、種々の問題があります。心の階層が違います。行動できない苦悩と、自己存在の否定、消滅の苦悩とでは、階層がちがいます。日本の宗教実践も西田哲学も方針をもってます。どう、これを活用するかが、今の私たちに与えられている課題です。

 まず、知的自己レベルのマインドフルネスを入門とし、意志的自己レベルのマインドフルネスを習得すると、社会で生きていく人生価値を実現できる基礎ができます。これを用いて支援する専門家がマインドフルネス瞑想療法士🄬です。意志的自己は、エゴイズムの観察が十分ではありません。多くの専門家になって、「独断の叡智的自己」になっていることに気づきません。禅では、己見我利我執といい、西田哲学では、「独断」といった自己中心的な心理を観察していきます。「無評価」では社会を創造することはできません。

 いっしょに研究して参りましょう。
Posted by MF総研/大田 at 09:23 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL
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