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「円谷幸吉記念館」へ [2006年08月04日(Fri)]
「円谷幸吉記念館」へ

 東京五輪(1964年)のマラソン銅メダリスト、円谷(つぶらや)幸吉選手(1940〜68 )の生家にある福島県須賀川市の「円谷幸吉記念館」が、まもなく閉館されると聞いてから、落ち 着かず、8月1日、記念館(福島県須賀川)をおとづれて、お兄様から遺品などをみせていただい た。
 私が円谷幸吉選手の遺書を知ったのは、川端康成の「一木一草」による。そこに遺書の全文が掲 載されていた。
       「ややもすると遺書などには、意識的にか無意識的にか、附きがちの臭味、厭味、誇張、虚飾、 また自己否定か肯定、そして自己の弁護や顕示が、これにはみじんもない。ひとえに素直で清らか である。」
     「円谷選手の遺書はその素直で単純な感謝の言葉によって、私の胸にしみた。」(川端康成「一 草一木」より)
 円谷選手は自殺した。その遺書をこのように嘆じた川端康成も自殺した。今も、誠実な人、まじ めな人が自殺していく。毎年3万人以上の人が自殺していく。

 遺書は
    「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。」
で始まり
    「父上様、母上様。幸吉はもうすっかり疲れ切ってしまって走れません。何卒お許し下さい。気が 休まることもなくご苦労、ご心配をお掛け致し申しわけありません。幸吉は父上様、母上様の側で 暮らしとうございました。」
で結ばれる。

 「円谷幸吉記念館」が閉館になるのなら、その前に、この夏、訪問してみたくなったことは、7 月10日に書いた。  1日、朝から電話かけるが、どなたも応答がない。中をみられなくても、外観や幸吉さんが住ん だあたりの近景をみるだけでもいいと、新幹線に乗り、昼ごろ、郡山駅におりた。また、電話をか けるがつながらない。では、まず、文化施設関係のところで、うかがってみようと、市役所のそば にある「芭蕉記念館」によって、そこで、 「円谷幸吉記念館」のことをおたずねした。すると、係りのかたが、電話してくださって、拝観OK とのこと。さっそく、訪問。
 幸吉さんのお兄さんの円谷喜久造氏が案内してくださった。
 名刺をくださったので、私もメンタル・カウンセリングの名刺をお渡しした。 お兄様は「ああ。あなたのようなかたがおられれば、幸吉も死なずにすんだかも。」とおっしゃっ たのに、私は何も申しあげられなかった。

 私が、幸吉さんを知ったのは、川端康成が掲載した遺書をとおしてだけであったが、お話をきい てみて、変わった。 幸吉さんがなくなったのは、 昭和43(1968)年1月8日。当時は、うつ病ということなど、知る人もなく、治療法もなか ったに違いない。幸吉さんが、いくつもの悩みをかかえていたことを、お兄様が話してくださった 。深い悲しみがいくつもある人は、絶望する。とても、セロトニンの薬物療法などがかなうもので はない。

 私が川端康成を読んだのは、ノーベル賞受賞の時の、「美しい日本の私」を読んだからであった 。日本には、禅のような心を深く探求する文学者が幾人もいたことを知った。世阿弥、千利休、芭蕉、夏目漱石、宮沢賢治 、岡本かの子、志賀直哉、川端康成、遠藤周作、高橋新吉などと、心の探求、心の病気などとの関係を読み取 ろうとした。川端の文章で、幸吉さんを知って以来、心のすみっこに、幸吉さんのことがあった。 現代の視点から、幸吉さんのことを学び、自殺ということをなくさなければいけないと思う。薬物 療法だけでは、うつは回復しない、自殺はなくならない。人と人の心のふれあいを通して、人生の 試練をみすえて、別な見方をして克服しないかぎり、うつ病は回復しない。自殺はなくならない。 薬物療法は、緊急避難の対症療法だ。根本のストレス、社会問題を改善するか、(並行して)、悩 む人の心の受け止め方を変えていくことをおこなわないと根本的な治癒にならない。幸吉さんの苦 悩の片鱗にふれて、あらためて、そう思った。

 2枚の写真をご紹介します。右の建物が、幸吉さんの生家、その前からみた近隣の風景。たんぼ があり、前方に丘がある。このあたりを幸吉さんは、かけめぐったのだろう。


遺書の現物。40年近くたって、もう、色あせている。よみとりにくくなっている部分もある。文 章は、川端の文ですでに知っていた。だが、現物の遺書をみているうちに、涙がボロボロと流れて きた。お兄さんの説明が続くが、そちらをふりかえることができなくなった。
これらの遺品の多くは、やがて、市の施設に収蔵されて、別な形で公開されるだろう。生家で拝見 させていただくことができて、感無量であった。

【目次】円谷幸吉
円谷幸吉記念館閉館へ
円谷幸吉記念館閉館へ(2)
悲痛、驚愕、円谷幸吉さんに新しい資料

Posted by MF総研/大田 at 11:46 | こころを描く文学 | この記事のURL