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日本のマインドフルネスSIMT・講座の第5回目 [2019年10月21日(Mon)]

日本のマインドフルネスSIMT
講座の第5回目

 昨日は、マインドフルネス瞑想療法士🄬(MMT)の認定講座の第5回目でした。MMTは、全国に80名程度しかいません。MMTは、現在日本で問題になっている様々な領域(利己的な心理が渦巻く、まさに評価の現場)においてお手伝いできるはずです。

http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kouza/kouza-5.pdf
★5回目の内容です。

 最近の新しい哲学書を紹介しました。

★超越的幸福論の哲学

  山口尚「幸福と人生の意味の哲学」トランスビュー

  西洋、日本に数々の「幸福論」がある。日本の哲学者も幸福とか人生の意味について論じているが、自分のものがないとか、厳しい人生の出来事にあっていない{幸福}な哲学者、宗教者のものであって、真剣さがたりない幸福論だと批判しています。彼らの定義する幸福にはまらない幸福があるという。大田が解釈している後期西田哲学の実践としての自己洞察瞑想療法(SIMT)に通じるところがある。

 家族が幸福、仕事が幸福と多くの哲学者がいうが、病気や災害で家族を亡くした人には幸福はないのか、災害、事故、親の介護、がんによって、仕事を無くした人、余命いばくもない病床の人にはもう幸福はないのか。それに応えない哲学(宗教は?)はそんなに弱いのか。真剣な問題提起である。

 これは、西田哲学や大竹晋氏が浮き彫りにした本来の大乗仏教の実践にも通じるところがあります。自内證が超越の証明なのだろうと思います。大乗仏教の核心に「人間完成」 もありますが、現代人も利己的で自己中心的で、他者を害し、社会の発展を阻害しているところがあります。哲学もか? というところです。「善の研究」でいっていた「善の行為」を、後期は、「至誠」といったのだと思います。超越的幸福とその実践を研究してくべきだと思います。
 こういう真剣な哲学や西田哲学を参照して、深く広い日本のマインドフルネスの「具体的な方法」を研究開発していきたい。

 観察すべき意識には階層がある。
1)一人でいる時の観察
2)対人場面の観察のうち家庭
3)対人場面の観察のうち職場、学校など

以上は、超越(宗教)レベルは必要ではないだろう。

4)超越レベルの意識の観察が必要な場所、人
 (たとえば、生きる意味を失った苦悩にある人、人格的苦悩、死の不安の苦悩をかかえる人など)  

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3930
★大竹晋「大乗非仏説を超えて」

http://blog.canpan.info/jitou/archive/4054
★ポージェスのポリヴェーガル理論
 無評価で観察のマインドフルネスの限界

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3288
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3789
★日本には無評価の観察から最も深い超越的幸福、マインドフルネスまであると思う。後者は前者を包摂すると思う。
Posted by MF総研/大田 at 10:26 | 私たちの心理療法 | この記事のURL