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『善の研究』(4) NHK Eテレビ 100分de名著 [2019年10月16日(Wed)]
台風によって、大変大きな災害が起きてしまいました。被災されたかたがたにお見舞い申しあげます。

『善の研究』(4) NHK Eテレビ 100分de名著

 =マインドフルネス心の世界遺産

 NHK Eテレビで、西田幾多郎の「善の研究」を紹介しています。14日、第2回が放送されました。いくつかみていきます。

宗教=おおいなる働き

(【 】は、テレビのナレーション。若松さんの筋でしょう。)

 【西田は宗教を「大いなるはたらき」ととらえていました。そのうえで大いなるものを求めるのは・・】
 「真の自己に出会いたい要求だと、西田はいいます。」(テキストp49)

 「自分が絶対的なものではなく、有限的存在であることを深く認識する。」(p49)

 「己れが「小さき者」であることを知り、大いなるものに畏怖と敬虔な心情をもって向き合う。」(p51)

 【その時、自己の根底で可能性が開花し、人間は真の自己になるのです。それを西田は善としました。】

 このように、西田の宗教は他の宗教と違っています(ただし、道元、親鸞などのものだといいます。フランクルの一人類教に類似します。)。真の自己の探求です。自分は小さいもの(無我)であって、大いなるもの(絶対的一者、超越)の射影にすぎない。しかし、自分は大なるものに包まれているという安心を得るという。こういう宗教を信じない人は、自分は偉い、自分の力で生きているという。(無我からみれば、傲慢、独断です)
 人生には数々の苦難の出来事がありますが、うつ病にならず自殺せず自暴自棄にならず暴力を用いず、こういう宗教で乗り越えていく人たちがいます。精神衛生上も大きな貢献をするわけです。カルトではない深い宗教を必要とする人たちがいます。現在もなお真剣にとりくむ哲学者もいます。若松さんも説明してくださるでしょう。
 代わりになる解決法を提示しないのであれば、自分の知性を頼み、西田が解明して西谷啓治、鈴木大拙、井筒俊彦、秋月龍a、竹村牧男、大竹晋(敬称略)などによっても確認されたような深く考えぬかれた宗教を排除しないほうがいいと思います。
 こういう深い宗教への実践は、自己の言葉行為にエゴイズム、独断、偏見がないか評価しなければならないので、「評価する観察」になるのです。無評価の観察はごく一部です。人はすべて、気がつかないで、選好嫌悪、独断、偏見、差別、排除心を潜在させているのを発動して社会の発展を妨害するのです。利己的なのです。それを観察評価しなければならないのです。気がつきにくいのです。学校の教師が起こしたいじめは、ごく一部です。加害、無視、傍観、否定、隠す、自己の地位保全。

(続く)

参照
「100分de名著 善の研究」若松英輔、NHK出版

http://blog.canpan.info/jitou/archive/4382
★目次(1)

http://blog.canpan.info/jitou/archive/4384
★(2)

http://blog.canpan.info/jitou/archive/4386
★(3)

http://blog.canpan.info/jitou/archive/4388
★(4)

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3329
★後期西田哲学の実践論
 「実践哲学序論」を中心に
★「マインドフルネス心の世界遺産」の索引です
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/sekai-isan/mokuji-sekaiisan.htm

(注)マインドフルネス心の世界遺産の例=河井寛次郎、大山忠作。
★河井寛次郎
★大山忠作
Posted by MF総研/大田 at 08:37 | マインドフルネス心の世界遺産 | この記事のURL