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深い問題に関する苦悩 [2019年06月07日(Fri)]

深い問題に関する苦悩

 西田幾多郎に学んだ西谷啓治の言葉をみています。
 大乗仏教の利他、自内證にあって、現代の仏教から利他(他者の救済)や自内證が失われれている苦悩を西谷はこんなふうにいっています。

 「自我的なあり方の本質に根差した種々の根源的な問題が、自己のうちに生起して来る所以もある。即ち、自我というあり方の本質に結びついた倫理、哲学的、宗教的なさまざまな疑惑、苦悩、要求などである。たとえばエゴイズムや人間性の善悪の問題、根源悪や罪の問題、孤独性及び社会のうちへの自己喪失という問題、認識の可能性の問題、救済や解脱の要求等々である。そういう問題は、自己が自己中心的に自己を捉えたという「自我」のあり方と結びついている。」 (p20)

https://blog.canpan.info/jitou/archive/4240
 ここにかかげた苦悩は、その一部でしょう。ほかに、誠実な宗教者ならば、先輩から教えられた団体公式の教えが本当に大乗仏教(教団のではなくて)の核心であるのかという疑惑もあるでしょう。仏教は世界宗教だというが、教えられて理解したものが、「3大世界的宗教」といえる教えなのだろうかと悩む人は多いのではないでしょうか。人間の平等ということが教えに含まれているでしょうか。たとえば、瞑想、観察、坐禅そのものだけでは手法であって、人間の平等の教えはありません。
 インドの原始仏教(釈尊)でさえも、身分の違いでは差別しませんでした。それなのに、現代日本では、医学部の入試において、性の違いによる差別がありました。企業でもあるでしょう。LGBTの人々や被差別部落の人も差別されているでしょう。また、宗教、思想、国籍、人種の違いによる差別もあるかもしれません。こういうことで苦悩するひとにも、現代仏教は発言がないようです。しかし、インド大乗仏教(人種、国の違いのなかで発展した)や西田哲学(西谷哲学)には、根源的な人間の平等の哲学があります。それなのに、現代仏教は、これをいうことがとても少ないのです。それをいう論理が抜け落ちているようです。自内證、利他にかかわる核心です。

 こういう苦悩も無視、傍観されると、うつ病、自殺をもたらすおそれがあります。無評価観察だけが科学などといって、排除してはいけないでしょう。だから、「観察」を広く深くした、第5世代(?)の認知行動療法もどうしても必要です。
 専門の宗教者(部派仏教の教団)がしないので、在家も含めた他の人々が始めた大乗仏教でしたが、また、似た状況になっていると思いませんか。これからは、「マインドフルネス実践者」が、宗教者がしない支援活動をするのでしょう。秋月龍a氏は「新大乗」と呼びました。差別の現場は評価の現場、だから、無評価観察よりも深く広いものです。

文献
西谷啓治(1987)『宗教とは何か』西谷啓治著作集10巻、創文社、p20
【目次】第4世代の認知行動療法? 第5世代?
https://blog.canpan.info/jitou/archive/4236


【目次】第3世代の認知行動療法
https://blog.canpan.info/jitou/archive/3572
Posted by MF総研/大田 at 13:01 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL