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新しいマインドフルネス、新しい仏教は新しい人材で [2019年01月11日(Fri)]
★2019年1月13日は、専門家向けの講演
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kouen/2019-1-13-kouen.pdf

=僧侶、学者、マインドフルネスの推進者、医療関係者、管理職など
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3630
★人間のエゴイズムはすさまじい、生命までもうばう。
不正、うそ、いじめ、自殺、パワハラの蔓延する日本社会。マインドフルネスでさえも金儲け。 元来、人々の悩みを解決するためのヒントがあったはずなのに活用されていない、従来の仏教や西洋的マインドフルネスの問題を超えていくために
日本の社会問題の解決のための「マインドフルネス」
自分の役割は何か、自分の組織の使命は何か、それぞれにどういう方向があるか。
禅を基礎にして、さらにその問題も超える西田哲学の生活化の実践。

新しいマインドフルネス、新しい仏教は新しい人材で

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3461
★「見て見ぬふりをする社会」目次

 メンタルなことで苦しむひとがたくさんいます。うつ病、パニック症、社交不安症、PTSDが治らない、自殺、こどものいじめ自殺、がん患者のメンタルなサポートがない、家庭内暴力、パートナーの暴力、・・・。そして、夫婦、親子の不和。独断的な思い込み、本音の洞察によって、不和の解消が期待できます。

 マインドフルネス心理療法や仏教が支援できる可能性があります。しかし、遅々としてすすみません。この領域に近い専門家がおられるが、「見て見ぬふり」になります。
 今までの狭い領域のことで忙しく満足している「叡智的自己」だからです。新しいことには、関心がありません。時間的な余裕もありません。現在のものを踏襲します。縛られます。だから、専門家には期待できないと思います。 

 1月13日の講演会では、仏教やマインドフルネスの専門家ではない人が、新しいものを開発することができると訴えます。

 大竹晋氏が、日本の仏教は大乗仏教の本道からそれていると指摘しました。特に、 利他、悩む市民の支援がないことが最も大きい。社会的責任というか、そもそも宗教とは何なのかがゆらいでいます。
 西田幾多郎も仏教を批判しました。竹村牧男先生(東洋大学学長)は、今の仏教ではいけないといいます。宗門も変わってほしい。宗門内の僧侶、学者に強力なリーダーの現れることを期待されています。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3470
★宗門内に強力なリーダーが必要

 しかし、宗門の内では難しい事情があるでしょう。伝統があります。変わることは非常に難しいでしょう。まだ、余裕のある副住職のかたに期待します。各宗門にも心を観察する教えや方法があるはずです。それにマインドフルネスの意味づけして、その宗門のマインドフルネスを作ることができないでしょうか。若いうちに、檀家信者がどういうことで苦悩しておられるか、また、仏教でかなり支援ができることがわかっていると、その後、住職となってからも檀家信者のためにできることを思いつくと思います。「寺院崩壊」がささやかれますが、檀家信者のためにできることがありそうです。

 そのほか、竹村先生は専門家でない人に期待しておられます。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3471
★教団の外の人々に期待できる

 「マインドフルネス」は、仏教の専門家ではないジョン・カバット・ジン氏が始めました。 だから、日本でも、「もうひとつのマインドフルネス」は、専門家でない人材が新しい自己観察方法を開発していけばいいのです。
 すでに、「無評価で観察」のマインドフルネスは頂点になったようです。 かなり効果が報告されていますから、今後も世界中で推進されていくでしょう。

 しかし、もうひとつの「マインドフルネス」が必要でしょう。仏教もそうでしょう。 色々な感情、思惑、評価が渦巻くただなかの自己観察方法や仏教の方法は「無評価」では両立しないと、ポージェス氏が指摘しました。うつ病になる現場、暴力、いじめ、セクハラ、パワハラ、不正を迫られることが起きる現場も「評価」の現場です。教師や医師は、父兄や患者から評価される瞬間を経験します。 ビジネスならば、顧客から厳しい評価の言葉をあびせられます。交感神経が興奮する瞬間です。呼吸法などやっている余裕もありません。
 新しい「観察」方法が必要です。「見る」だけでなく、その瞬間に「考え」すぐ「行為」する方法が必要です。
 新しいマインドフルネス(観察、洞察)が必要です。かなり違うので、「もうひとつのマインドフルネス」は、従来のマインドフルネスの専門家でない人材の参加が急務です。
 新しい仏教、新しいマインドフルネスが必要です。


http://blog.canpan.info/jitou/archive/4013
【誤解だらけの瞑想、坐禅、マインドフルネス】
Posted by MF総研/大田 at 21:20 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL