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専門家の多数決のエゴイズム [2018年08月11日(Sat)]

専門家の多数決のエゴイズム

 西田幾多郎がいうように、この世界には独断偏見が充満している。数か国の独裁者によって 支配されている国をみればわかる。人権を否定し、自由を奪う。自分を批判することをゆるさない。思想、意見の自由を制限する。

 さて、日本の大小無数の組織にも独裁的な人物と多数の取り巻きがいるだろう。メンバーの自由を束縛している。 自分をゴリ押ししている。批判するものをいじめ排除する。 一般的には
「正しさをゴリ押しする人」(榎本博昭、角川新書)
でその心理を知ることができる。このような人物が 幹部になった組織はみじめである。

 日本の大小の組織も、その意見、行動がおかしくても多数決で遂行される。 そして、 多数決ですすめるべきではない領域でも多数決で組織が運営される。これは弊害である。

 哲学者、ドイツのマルクス・ガブリエルさんと國分功一郎さんの対談で警告している。 (朝日新聞、2018/6/29)

 「少数意見の切り捨て」になり、「民主主義の理念から隔絶している」との声があった。
「國分さんは「日本で民主主義=多数決となる傾向は「変なことと指摘。」

 宗教(仏教など)やマインドフルネスの組織も、専門家なのであるが、多数決の意見で、少数の意見が排除されているように見えるものがある。オウム事件をみればわかるように、宗教や哲学の領域に近い領域では、多数派の解釈がすぐれているわけではない。しかし、 いくつかの組織では、メンバーの教育のためとか、期待する外部(顧客、信者、学生、市民など)のためとかに、組織の公式見解を表明する。ここで、ごり押ししなければいいのだが、 ある時代、ある期間、攻撃的な人物が自分の意見解釈を絶対視することがある。 深い哲学を理解しない多数が結託して、深い真理らしいものを主張するひとを排除することがある。そうすると その組織のメンバーは深いものを知らされないし、外部に提供する思想、哲学、手法、サービスは浅いものとなる。

 遠藤周作は、多数派である教会の聖書解釈に賛同できないで、独特のキリスト教観をもっている。小説の形で国民に教えた。 小説の才覚のないひとはそれはできない。

 仏教やキリスト教やマインドフルネスは「哲学」がある。多数決で遂行されることは「変」なのである。多数派の利益の確保のために、 多数派の解釈で、少数意見を排除してはならない。さもないと、組織の周辺の市民が真理を知らされなくなる。少数意見を排除していれば、科学的な解明が遅れる。メンバーの自由な創造性の発揮を抑圧するので、手法、サービスの向上が 妨げられる。損するのは学生、顧客、患者、クライアント、信者など国民である。

 SIMTでは「本音」という「独断」的心理を観察する。己見我利我執、独断偏見はおぞましい心理である。白日にさらされれば、恥ずかしい心理なのであり、気づいて抑制しなければならない。 日本では、精神療法の独創がすくない。翻訳、輸入が多い。なぜ、日本はこうなのだろうか。 仏教、マインドフルネス、精神療法の領域で、多数派による少数意見の排除があるのならば「変」である。

 SIMTのカウンセラーは、おのれの本音に気づくように、一生洞察していく。


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【New 目次】非定型うつ病のマインドフルネスSIMT

Posted by MF総研/大田 at 07:48 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL