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過労死・過労自殺 横ばい190人 [2018年07月07日(Sat)]
過労死・過労自殺 横ばい190人。
1995年の地下鉄サリン事件の報道の影で、ひっそりと報道。 毎年、大切なかけがえのない家族が過労で自殺されていく。人命に配慮のない組織ですね。
私は、1980年代にうつ病になったのですが。上司の手厚い配慮と坐禅で救われました。海外出帳の前日、 上司に「調子がおかしい、行けない」とうったえたら即座に軽い勤務処置をしてくれました。上司の配慮とうつ病者を受け入れる坐禅の指導者。 この2つがなければ、自殺していたはず。坐禅の師も遷化された。そういう、うつ病者を支援する坐禅指導者はもういません。「目的を持たない坐禅が尊い」とは思えずに、「うつ病を治したい人」を受け入れる師をあちこち探しまわりました。檀家信者の自殺を防止する活動をする宗教者は、今どこにおられるのか。

自分が治り、うつ病は坐禅で治る、そういう坐禅でもいいと、1993年からうつ病を治そうという坐禅会を開始しました。勤務のかたわら、ボランティア活動としての土曜日曜にです。そうしたことをしていた、その2年後に、サリン事件でした。

坐禅はうつ病をあつかわない、坐禅は宗教、宗教なら公的会場は貸しませんと、そうですから、「マインドフルネス」という看板にしました。 しかも、宗教でないマインドフルネスと宗教的マインドフルネスの区別をしっかりともって。

たった一度きりの人生。「何にもならないこと」はしたくない。家族や社会に現実に貢献できる人生でありたい。西田哲学では、個人は「創造的世界の創造的要素」といいます。他(客観)が喜ぶ行動をすることで自分(主観)に満足感が生まれると。自他一体ですから。

まして、人をだましたり、苦しめたりすることはしたくない。そんなことをする専門家のエゴイズムもあります。そういう当たり前のことが通用しない社会ですね。

若者を真剣にさせてくれる宗教、宗教がないなら何かがあるのでしょうか。日本にはありました、と思います。少なくとも私は命を救われました。記憶を呼び起こす必要があります。カミュのいうように。そのままでだめならば、全否定せずに、一部修正すればいいのです。古人が命をかけて創造したものを活かすのです。「作られたものから作るものへ」です。
【目次】「自分の中にある悪」アルベール・カミュの『ペスト』
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3781
Posted by MF総研/大田 at 07:29 | 自死防止 | この記事のURL