CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«どこへ向かうのか、アメリカ発の「マインドフルネス」 | Main | 【目次】神谷美恵子「生きがいについて」 »
フランクルのロゴセラピーと類似する西田哲学、SIMT [2018年05月06日(Sun)]

フランクルのロゴセラピーと類似する西田哲学、SIMT

 フランクルのロゴセラピーは、定評があります。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/2633

その哲学と類似するのが西田哲学であり、SIMTです。

 フランクルは、内在と超越をいいます。内在は、西田哲学、SIMTの叡智的自己の行為的直観までです。自己、自我が残っています。
 超越は、西田哲学の人格的自己です。ロゴセラピーのセラピストは扱わないで、宗教者が扱うといいます。しかし、ここまでSIMTで扱いたい。ここを説明して扱う宗教者が極めて少ないからです。このレベルで苦しむひとが多いのですから。

 フランクルは、セラピストは、超越の入口を閉ざしてはいけないといっています。西田哲学、SIMTも、人格的自己まで開かれています。
 セラピストが、「超越」を無知のゆえに、超越を否定してはいけないでしょう。救済されるはずの人を絶望させます。

本音の観察、影響の評価
 マインドフルネスのブームを批判する論文にも言っています。 浅いマインドフルネスを提供すると、重いひとに、 本来受けるはずの治療を回避させるおそれがあるのです。 SIMTでいう「本音」を形成させるのです。この場合は、「マインドフルネス (全体)」の「嫌悪」(知的)そして「回避」(意志的レベル)です。そして、それを提供した人物までも嫌悪(人物そのものの嫌悪)の本音を持つことまで発展します。本音にも、階層があります。SIMTは、本音の観察、その影響の評価を重視します。相手の本音の違いをよみとれず、私(大田)も、憎まれました、今も嫌われます。このブログの内容も嫌悪されるでしょう。これは「感情」です。そして、形成されるのが、嫌悪の「本音」です。病気でない人も、それぞれの産業、学問をする人も、数々の嫌悪の本音を持っています。そして、自分のものの「執着」の本音です。

 MBCTは、3回以上再発した人の、うつ病の再発防止法としてしられています。しかし、100%ではないはずです。再発するひともいるでしょう。だから、「もっとほかにもマインドフルネス心理療法がある」といっておくのが良心的でしょう。再発したひとが、「マインドフルネス(MBCTです)でもだめだった。もう絶望だ。マインドフルネスだって、再発する。マインドフルネスでは、治せない。」と絶望して、もっと、強力な治療を回避させるかもしれません。MBCTを提供する時には、支援者に「他のマインドフルネスもあります」と伝える義務を課すべきではありませんか。マインドフルネスの提供の倫理、ガイドラインを作成していただきたいものです。(SIMTのMMTには、倫理があります。経験をかさねて、より厳しくしていきたい。)

本音の観察、影響の評価のスキルの差が大きい
 マインドフルネス瞑想療法士🄬(MMT)のスキルのうまいへたがあります。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3280
☆日記でわかる自己洞察のスキル

 だから、資格取得の後も、スキルの向上に努めます。研究会、発表大会、実際の活用支援など。しない人は、5年後、資格を更新できません。かなり、多数が更新なさらないでしょう。MMTは、少数です。
 マインドフルネスは単なる「技術」のものもありますが、SIMTはやさしくありません。我利我執、独断が渦巻く人生の全過程で、生き抜いていくこころ全体の観察探求ですから。MMTには、生涯、自己洞察の深化が求められます。深い苦に直面なさるクライアントがおいでになります時に、自分の未熟さに気づく、観察されるでしょう。

 「私がだめでも、もっとうまいMMTがいます。紹介します。」
 「SIMTで治らなくても、認知行動療法のカウンセラーがいます。」

というのがいいのでしょう。自分のところに、とじこめてはいけません。大切な命がかかっています。自殺がある病気です。

Posted by MF総研/大田 at 18:14 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL