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宗教とは(4)別の定義 [2017年10月23日(Mon)]

宗教とは(4) 別の定義

 外国にも、日本にも、仏教という「宗教」が多数あるが、哲学、思想、実践がちがっている。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/2638
仏教の各宗派は哲学が違ってみえる

 道元の哲学思想は、現代の哲学者から高く評価されている。しかし、僧侶や学者によって、そこを見ずに、坐禅という実践を重視する人もいる。一体、宗教なのか。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3137
道元禅師の哲学、思想

http://blog.canpan.info/jitou/archive/3482
 こういう道元解釈もある。社会で災害が起きていようとも、かまわず 坐禅せよと道元は言ったはずだという。一般市民の救済は全く眼中にない思想である。これも宗教なのか。

 道元禅師の宗教は、種々の解釈がある。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3481
竹林史博氏編『曹洞宗正信論争』

 しかし、西田哲学は、深い宗教は、常に自己を超えたものから、他者のために働くように呼びかけられているという。当為であり、慈悲(祈りではなくて現実行動)である。「大悲ゆえの当為」の言葉がある。一体、道元は正しく解釈されているのだろうか。「宗教」の定義や解釈はとても難しい。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/1884
常に「当為」があるという。

 西田哲学では、宗教についてこういう。
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3285 
 死後のこととか、空想的なことはない。事実である。自己のところにあるが、意識的自己を超えた働きである、事実である。対象的ではないが、いつも自己の内底から働いている。


この記事は、次の連続記事の一部です。
<目次>本音の観察
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3605

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 =これは、自己を絶対視するエゴイズム、自己を超えたものを認めない点で、宗教とは反対である。
Posted by MF総研/大田 at 07:43 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL