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大山忠作画伯=描かずして描く日本画家 [2017年10月02日(Mon)]
IMG_1577.JPG
(大山忠作美術館)

大山忠作画伯
 =描かずして描く日本画家

9月30日、福島県二本松にある福島県男女共生センターで講演をしたのですが、 駅に早くついたので、時間まちと思って案内所でどこか見どころはありませんかとたずねました。 駅のそばに美術館があるというので、はいりましたら驚きました。

大山忠作画伯の美術館でした。 女優の一色彩子さんのお父さんだそうです。

二本松駅前に大山忠作画美術館があります。
http://www.nihonmatsu-ed.jp/oyama/

その画30数点のうちに、鯉を描いた(ように見える)画が数点ありました。

【大山忠作画像】
で検索するとたくさんの写真が掲示されている ホームページがあります。

https://www.bing.com/images/search?q=%e5%a4%a7%e5%b1%b1%e5%bf%a0%e4%bd%9c+%e4%bd%9c%e5%93%81&qpvt=%e5%a4%a7%e5%b1%b1%e5%bf%a0%e4%bd%9c+%e4%bd%9c%e5%93%81&first=1&cw=990&ch=437

展示されている画のうち、 鯉を描いているように見える画を見て釘づけになりました。

江戸時代の有名な禅僧、良寛の画もありました。 「無」という書もありました。 展示されている画の傍らに画伯の言葉がそえられていました。 画伯は、人や自然を描いたのではなく、こころ、自分を描いているのでした。

釘づけになった画の前にしばしたっていました。

面白いと思ったのは、このホームページにも掲示されているのですが、 実物でないとわかりにくいです。 鯉を描いているようであるが、そうではないと思いました。 画伯は、描かずに描くという禅のような表現をしていると 思いました。

画伯の鯉の画は、花びらが浮かんでいる「水面」が 具体的な線も水面も絵具で描かれていないのですが、 私のこころには水面が見えました。 水面を描かずして、水面を表現しているのです。

別の画は、水面が描かれず、 底が描かれていました。水面もあったはずですが、 全く描かれていないのです。 底に焦点があてられているのです。

こうしたことは、原画をみないとわかりません。 みなさんも、美術館で原画にふれてみてください。

西田哲学は、自己の心の階層をいいます。 意識現象が於いてある場所が深まっていくのです。 感覚の場所、思考の場所、意志作用の於いてある場所、・・・絶対に対象的に観察できない場所。 この場所も具体的なものがあるわけではありません。 論理的な場所です。

建物の画がありましたが、その前に画伯であるはずの人物も描かれていました。 「私」も、描かれているのです。 全体が「私」を描いた画なのですね。

画伯の画はすべて、自分を画いたものらしいです。 思いがけなくも、このような画を鑑賞することができて、驚き喜びました。 日本の芸術は実に面白いです。

私は、こころ、自分を探求した先人の足跡をたずねていく旅が好きです。 こういう人たちの「史跡」めぐりですね。 道元、世阿弥、千利休、芭蕉、良寛、河井寛次郎、東山魁夷、夏目漱石、川端康成、 西田幾多郎、西谷啓二、・・・、ホームページに記載の人々です。
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/program/nihonbunka.htm

機関誌『マインドフルネス精神療法』で、「至誠の足跡」というシリーズで 連載開始し始めました。第3号で、無冠の陶芸家、河井寛次郎をとりあげました。
http://mindful-therapy.sakura.ne.jp/kikansi/hp-03/jjmp03-hp-index-2.htm

大山忠作画伯、至誠の足跡のリストに加えます。
展示替えがありましたら、また行ってみたいです。
Posted by MF総研/大田 at 06:48 | 深いマインドフルネス | この記事のURL