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人生を生き抜いていく意志作用 [2014年11月18日(Tue)]

人生を生き抜いていく意志作用

 マインドフルネスは、アメリカのものも日本のものも、人間、自己の「哲学」が理論的な背景にな っています。西洋哲学と東洋哲学は違います。
 マインドフルネスの自己洞察瞑想療法(SIMT)は、西田哲学です。 西田哲学は、西田幾多郎のものです。 「叡智的世界」の中で、西田は、意志作用について、説明しています。

 「意志はある目的の自覚より起こり、その目的を達することによって消滅する。・・・ 合目的的作 用というものが成立するには、その終わりに現われるものが始めに与えられ たものでなければな らない。合目的的作用とはその前後を包むものが、自己自身の内容 を限定する過程と見ること ができる。・・・ かかる意味において我々の意志の奥底に考えられる真の自己とは、我々の意志 を超越し てこれを内に包むものである、我々の意志はかかる自己によって基礎づけられている の である。」

 これをうまく実行できるようにしたのが、自己洞察瞑想療法(SIMT)です。  上記のようにうまく意志作用を働かせるのはどうしたらよいのか、ということを 私が修した道元に由来する只管打坐の坐禅の方法を参考にして、詳細な要素に分けました。 マインドフルネスの、気づく、観察する、集中する(呼吸にではなく大切な人生価値に)という手法に意志作用の数々の要素をプラスして、 独自の数十の手法を開発したのです。
 それを10段階に構成しました。1段階を1週間すれば、10週となり、2か月半です。 でも、私の長い支援経験から、うつ病も不安症/不安障害も これで支援をやめたら、すぐに悪化します。 寛解まで1年ほどかかることがわかりましたので、1年ほど支援を続けるべきであるとして、1段階を1か月、実践してもらうことにしました。 こうして、数年前にほぼ原型ができ、テキストを作成しました。 それで臨床に用いてきて、数年、改善事例のデータのような効果が得られました。

 出版の話があった時に、分量を半分ほどに圧縮しました。こうして、昨年の 『うつ・不安障害を治すマインドフルネス――ひとりでできる「自己洞察瞑想療法」』(佼成出版社)が出版されました。
 西田哲学の「意志作用」を本書のようにするというのは、アメリカのマインドフルネスにはないものです。 瞑想、「基本的自己洞察」も意志作用であり、日常生活のすべてをも意志作用とする「行動時自己洞察」と規定しました。瞑想時も意志作用、日常生活のすべても意志作用であるとしたのです。 マインドフルネスを意志作用とみるというのは、自己洞察瞑想療法(SIMT)の独特のものです。

 これよりも、深い問題は、さらに深い西田哲学、行為的直観、自覚的直観を参照して、深いマインドフルネスを開発 することができます。究極のマインドフルネスまで扉が開かれています。「マインドフルネス」の手法で扱うものが、深いものまであるわけです。MBSR,MBCTのような感覚、身体の動き、から、思考作用のマインドフルネス、意志作用のマインドフルネスがあります。さらに行為的直観のマインドフルネス(叡智的自己レベルのSIMT)、自覚的直観、絶対無のマインドフルネス(人格的自己レベルのSIMT)があります。真の自己に気づくマインドフルネスです。

 叡智的自己レベルのSIMTでは、意識をもう意志作用とはいいません。直観になります(これは西洋哲学にはない。現象学の直観とは別ですー西田がそういっています)。意志作用は、自分が意識されていて(大部分の人がおそらく「魂」と思っている)二元観ですが、直観は一元観(相対的)です。自分がない、ただし行為時のみであるので、相対的です。もっと深いのが、客観と分離した自分などはないという「無我」です。自己の根底のありさまは、絶対無、絶対無分節、絶対無差別、無生死、無評価、無主客、無身心の別などといわれます。すべての人の根底がそうである人格的自己。このような探求は、初期仏教ではされていません。 何度も生まれ変わらないと解脱できないとしたので、 初期仏教のマインドフルネスには、深い自己探求には限界があるはずです。だから、マインドフルネスは形式も大切ではあるものの、哲学が極めて重要です。西洋の哲学によるのか、東洋哲学によるのかの違いも大きいと思います。簡単な問題にマインドフルネスを適用する間は、あまり違いはないでしょうが、複雑な心理による問題をマインドフルネスで解決しようとする場合、哲学が重要な意味を持つでしょう。
 こうしたものがあるのが、日本の襌や西田哲学を参照するメリットです。初期仏教のマインドフルネスともインド大乗仏教の方法とも、日本の宗教の襌とも違うものがあります。形式は似ているが哲学が違うので、行先(浅い目標から究極までの目標)が違います。自己存在については、日本の哲学は、大変深いといわれています。自己存在の苦がかかわるのが、低い自己評価の苦悩、自己存在の消滅(死)ではないでしょうか。うつ病、不安症/不安障害、自傷にも自己評価が低い、虐待された人、する人、否定されて育った人、暴力する人、暴力の被害者、犯罪被害者、パーソナリティ障害などにも低い自己評価がありそうです。がん告知を受けた人も急速に自己評価を低めるのだと思います。
 深いマインドフルネスは、そのモデルを作り、臨床で実験して効果をみなければなりません。 相当の期間と人材が必要です。
人格的自己のマインドフルネスへ
Posted by MF総研/大田 at 20:28 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL