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12月に、宿泊形式で宮城県でマインドフルネス合宿を開催します [2014年11月11日(Tue)]

12月に、宿泊形式で宮城県で開催します

 こちらをご覧ください。  定員が少数です。早めにお申し込みをお願いいたします。


 上記だけアップして外出しまして、戻りました。今、23時38分です。もう休みます。
20年前に、襌を用いて支援を開始した時の、やりかたです。 急遽、開催することにしましたので、参加者が少ないことが予想されるので、関心あるテーマ別にわけません。20年前から10年ほど前まで、いっしょのグループで毎週日曜日にやっていました。不眠症の人、うつ病や不安症の人、心の安定を求める人、他の坐禅ではあきたりない人、悟りをめざす人・・・。
 当時は、「マインドフルネス」とは言っていませんでしたが、内実は同じです。 同じものに、別の「あだ名」をつけたのです。 歴史的に、仏教、仏道、襌などという名前でよばれていました。内実は、マインドフルネスの実践です。ただし、教団、指導者によって、哲学が違っています。形式的マインドフルネス手法は類似するのですが、目標が違うのです。哲学、目標はとても大切です。 同じようなトレーニングをしていても、「この程度になる」「この程度しかない」という哲学を持つ指導者のもとに長くついていると、抑圧されて小さな心になります。日本人には、本当は鈴木大拙がいった「日本的霊性」、大乗仏教がいった「仏性」、西田幾多郎が「絶対無」といった、すべての人の根底の絶対平等性(井筒俊彦は「絶対無分節」の側面から考察)を持つのに、抑圧されてしまいます。指導者から、「この世では、この程度までしかいけない」といわれると、そうなるのです。文化、生育期に植え込まれた自己評価、成人後に学習した心理学理論、宗教思想など、井筒俊彦が「言語アラヤ識」とよぶ深層に記憶されて、常に表層意識に影響させるのです。
 日本の深い襌(絶対無の「全体性」ですので)は、言語以前、評価以前、思想以前の人間の 原初の意識を基礎にするので、対象的な浅いレベルのすべてのマインドフルネスを包含します。感覚、思考、感情、欲求、衝動的本音、自己評価、自己と世界、主観と客観、自己の死など、すべてをマインドフルネス的に気づき、観察し、建設的な価値実現のことに意識を向けます。人生上の苦悩のすべて(全体性の現成)をマインドフルネスするのです。
 この20年、参加してくださった反応を見て、改良を加えてきました。そのために、うつ病、非定型うつ病、パニック症、社交不安症、PTSD、広場恐怖症、過食性障害まで改善する統一的なマインドフルネス心理療法になりました。

 今回は、どのテーマのご参加でも、個人面談、グループセッションが進行中の短時間の質疑応答を加えて、ご自分の問題解決の方向を明確にしていただく機会にしていただきます。
Posted by MF総研/大田 at 15:46 | 新しい心理療法 | この記事のURL