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人生価値の確認(2) [2014年01月07日(Tue)]
★宮城県石巻で、うつ・不安障害を治すマインドフルネス心理療法についての実習、講演
 企画中です。被災された方、または、被災の有無にかかわらず、石巻周辺でうつ病、不安障害を治したい方、援助したい方。虐待、がん患者さんの死の不安などにご関心のかたも。
ご参加の希望が多ければ、実現します。メールでご連絡ください。
☆ご希望があれば、岩手、福島でも。

★1月13日、日本マインドフルライフ協会の拡大定例会

人生価値の確認(2)

 人生に価値を発見するのはとても重要です。価値発見できないということは、絶望ということですか ら、生きがいを喪失し、自殺もありえます。
 価値を発見できない人に価値発見の援助をするのがV・E・フランクルのロゴセラピーでしょう。この援助をなさる専門家がおられます。
 ところで、うつ病や不安障害、それによる自殺が多いのですが、日本に多いのは、価値を発見していない人よりも、価値は発見しているのに、価値実現ができないで 、うつ病になる人のようです。価値は発見しているのに、不安障害のために、実現することが不十分で苦しんでいるということがあるでしょう。マインドフルネスとロゴセラピーとは、哲学は似ているが、セラピーの対象、適応症が違うかもしれません。適応症が違えば、 援助手法も違ってきます。
 それは、さておき、V・E・フランクルの価値については、宗教以前のレベルでは西田哲学と似ている ような気がします。彼は、3種の価値があるといいます。 創造価値、体験価値、態度価値です。西田哲学は宗教以前から宗教レベルまで論理的に説明していますので、こういう求める価値ではない、存在すること、存在価値ともいうべきものも扱っていますが。そもそも3つの価値を求めていく存在(自己)とはどういうものだろうかという問題です。 価値は対象的でしょうが、それを観て行動していく、対象とならないものです。
 前の記事で「価値は行為を伴うので、一つの瞬間には、ひと つしか実行できません。」と書きました。個人は、価値をたくさん持っています。
 フランクルはこうもいいいます。

 「人生における価値実現の機会は、ある時はこの価値グループへ、他の時はあの価値グループへと 時々刻々に移り変わっていく。人生は、ある時はわれわれに創造価値の実現を求め、またある時は体 験価値のカテゴリーへ向かうことを求める。われわれは、ある時は行為によって、いわば世界をより豊 かにせねばならず、他の時は体験によってわれわれ自身をより豊かにせねばならない。 一方は、その時点がわれわれに要求するものを行為によって充たすのであり、他方は、体験可能なも のにわれわれが専心することによって充たされるのである。」(『人間とは何か』ヴィクトール・フランクル 、春秋社、p114)

 創造価値は行為によって世界を豊かにするといいます。世界、社会、他者のために行動するのです から、この時には、やはりなるべくエゴイズムを捨ててマインドフルネスで行動するほうがいいので、広 義のマインドフルネスだと思います。そして、創造的行為をする場合にも、同時に必ず情報を受容す る局面があります。さまざまな阻害事象、不快な事象に遭遇します。しっかりしないと挫折します。ここは、アクセプタンスですが、狭義のマインドフルネスがあります。
 一方、体験価値は、「体験によってわれわれ自身をより豊かに」「体験可能なものにわれわれが専心 すること」といっていますから、自然や他の人が創造するサービスをもらうという受容、アクセプタンスす るところに価値を見る意味が強いです。行動するよりも、参加です。参加も行動ですが、直接の創造ではなく、間接の創造です。この場合には、狭義のマインドフ ルネスで体験するのがいいことになります。

 ところが、非常に重要と思っている価値において、価値が発見できているのに、それをうまく実現で きない状態になったらどうなるでしょうか。日本に多いのは、価値は発見できているのに、実現できないでなるうつ病、不安障害のようです。フランクルのいう実存的空虚ではないようです。価値を持っている人が多いので、価値の確認、再確認をして、その 価値実現、目的実現の意志作用をうまく行使できれば、治る精神疾患が多いと思います。
 価値を発見できない場合にも、長引くとうつ病になることもあるでしょう。この場合には、うつ病の症状緩和と価値発見の援助が必要になるでしょう。日本では、若者の一部と定年後の高齢者の一部にありそうです。さらに、うつ病にならないで自己存在の価値に苦しむのが、パーソナリティの障害、虐待された人、犯罪被害者、愛する人を失った被災地の方の苦しみなどではないでしょうか。苦悩は感覚や意志作用どころではなく、深く自己存在に達していますので、うつ病の治療援助よりも難しいです。自己存在にかかわるマインドフルネスを研究すべきです。おそらく、ジョン・カバト・ツィンのいう「全体性」というもの、それを論理化した西田哲学、東洋哲学のある日本人が取り組むしかないでしょう。
Posted by MF総研/大田 at 21:14 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL