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日本マインドフルネス学会設立記念大会(1) [2013年12月22日(Sun)]

日本マインドフルネス学会設立記念大会(1)

 本日、日本マインドフルネス学会設立記念大会がありまして、参加させていただきました。  マインドフルネス、仏教、襌の先生方の説明と、大学院の学生さんによるマインドフルネスの研究 の発表、そしてマインドフルネスの実践がありました。マインドフルネスの研究が広く行われていて、 今後、日本も普及していくことが確実です。
 10年ほど前まで、宗教は警戒される人、場所があり、私も宗教と間違われることもありながら、カウ ンセリングをやっていたころは苦労もありましたが、学会ができましたので、もうそういうことはないでし ょう。まことに嬉しいことです。 本日の発表は、仏教や襌におけるマインドフルネスの意義、マインドフルネス認知療法(うつ病の再 発予防)、ACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)やセラピー以外の領域の研究発表でした。毎年1回、学会が開催されます。
 次に、1月には、日本マインドフルライフ協会の実践的な発表会があります。こちらは、定例会は隔月午後に開催していますが、 1月は拡大して、早朝から午後までです。  私は、これまでは、私の坐禅(東南アジアに伝わる初期仏教、大乗唯識、中国および日本の臨済、曹洞などさまざまな流派がありますが、私のは日本のものでした)と西田哲学、神経生理学を基礎にして、うつ病、不安障害のセラピー(医療、心理療法)を 中心としたマインドフルネスを研究してきました。 マインドフルネスの定義も欧米のものと多少変わります。一つだけの定義でなくていいのでしょう。ある程度の重要な共通な点があれば。 心の病気を治すこと、予防も含めて生きることの全体(実現価値も存在そのものも) をマインドフルネス、マインドフル・ライフとしますので、狭義のマインドフルネス(部分的、 欧米のマインドフルネスと似た範囲)のほかに、広義の マインドフルネス(全生涯的)を考えていきます。
  • A)自分が考えるマインドフルライフとは(狭義、広義)
  • B)マインドフルな状態の定義(狭義、広義)
  • C)その状態に至る方法(メソッド、アプローチ)(狭義、広義)
 A)B)C)は、これこそ定義だ、絶対だといってはいけないだろうと思います。 人は無数であり、よりよく生きたいという願い、解決したい問題、こうして生きていきたいという人生観も個性的で無数です。 マインドフルネスは宗教でなくて科学ですから。 仏教も、先行する仏教教団のものでは不十分として、次々と新しい仏教が起りました。しかし、後のものが現代社会の特定の目的のために効果的であるというわけでもありません。 マインドフルネスも先行するマインドフルネスを絶対視してはいけないと思います。西田哲学もそういうことを強調しています。立場、目的によって違ってくる、「みんなちがって、みんないい」(金子みすゞ)でいいと思います。

マインドフルネスに瞑想は必須か

 学会で発表された研究の中に、「瞑想」を用いないマインドフルネスの可能性の発表があったのも、興味深いことです。 瞑想ができない人や許可されない場所、間に合わない状況でのマインドフルネスも必要です。 ターミナルケアの現場のマインドフルネスも瞑想だけでは間に合わない、不十分でしょう。自己存在観、生死観の智慧の宗教哲学的な援助が中核でなければならないのではないかと思われます。 うつ病の場合も、瞑想できない人にどのように援助するかは、セラピストの力量が必要になります。この点については、次の記事で補足します。

現実の問題の場での試行で有用性を確認し臨床現場で用いられる

 仏教は専門家による文献研究が中心となって、現実社会の一般民衆から離れていきました。 一般国民の有用性という点の克服がなされませんでした。
 一般論の研究者だけでなくて、クライエントに直接援助するセラピスト、カウンセラーの援助スキルの向上、コミュニケーションのスキルも必要です。 研究室内の基礎研究者だけでなく、研究室外、現場のクライエントの面前に立つ援助者が必要です。実際、臨床で使ってみて、現場のクライエントに効果があるかどうか試すこと、仮説の修正、手法の修正、臨床と繰返す必要があります。
 A)はマインドフルネスを自分が用いる目的ともいえます。学会に参加してマインドフルネスを研究な さる方も何かの目的、何か社会に有用な手法を開発したいという目的をもっておられるはずです。C) その方法(メソッド、アプローチ)も当然、A)の目的、目標によって異なってきます。自分の満足できる 生き方、他者の発達障害、うつ病、パーソナリティ障害などの改善支援、非行犯罪の更生、リハビリ現場の意欲向上、職場の燃え尽き予防、生活習慣病の予防など、マインドフルネスの適用の目的が違えば手法が 違ってきます。
 たとえば、ボディスキャンも目的によって有用な手法ですが、うつ病の治療目的のマイ ンドフルネスには用いません。別の手法を用います。目的が何であるかによって、手法を適切に用い るのは、クライエントに無用な手法を強制しないため、死の淵にたつうつ病の貴重ないのちの時間を浪費してもらいたくないためなどの配慮からです。効果ある手法を特に推奨し、他では効果 があるといわれる手法も「この目的」には、もちいません、という考慮をする必要があります。マインドフ ルネスのセラピストの自己満足にならないようにしなければなりません。 注意集中力の向上、対象的な問題(人間関係、いじめ、過労、セクハラ、パワハラ、仕事を失った、身体の病気になったなど無限)が原因であるうつ病と、対象とならな い自己存在の消滅についての苦悩(死の恐怖、人格の否定の苦悩など)など、 現代人のさまざまな問題によって、手法が違ってきます。
 日本マインドフルネス学会もでき、日本マインドフルライフ協会も応用実践を続けます。異なる目的のためにさまざまな手法が研究開発されていくでしょう。私自身、一般的なうつ病の治療を目指すマインドフルネスの標準モデルを一応まとめましたが、虐待された人、大震災被災地の方々の苦悩、がん患者さんの 長期闘病中の死の恐怖、ターミナルケア段階ではじめてマインドフルネスを受けたいという人、こういう違う目的を持つマインドフルネスは、さらに新しい手法を開発しなければならないと考えています。私だけでは、その問題について知識、経験がないものもありますので、教えていただきながら取り組んでいくことになります。高齢者であるため、家を建てるつもりの荒っぽい設計図だけになるかもしれません。

 社会には、無限の問題があるので、しなければならないことが無限にあります。大乗仏教が、仏になる前に、菩薩には長遠の利他行がある、苦がすべてなくならない限り、仏世界に行かず、ここに留まる、といった菩薩の思想はそういうところを言ったものなのでしょうか。大乗仏教はとても深いので、そういうことをいうのかどうかわかりませんが、大乗仏教から入門するとそのような慈悲、菩薩の思想を教えられます。心理学から入門すると、そういう目もくらむような長遠の課題(?)はないのかもしれません。
日本マインドフルネス学会に参加して
Posted by MF総研/大田 at 22:49 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL