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虐待(3) [2013年12月17日(Tue)]

虐待(3)

 =虐待された人が自殺を決意する時、思いとどまる時(『足摺岬』の場合)

生きることはつらいものじゃが、生きておる方がなんぼよいことか

   「生きることはつらいものじゃが、生きておる方がなんぼよいことか」
自殺しようとして、足摺岬に行った主人公が、四国の老遍路から言われた言葉。私が中学3年生 の夏休みに始めて読んだ小説『足摺岬』(田宮虎彦)の中にありました。夏休みの課題の一つが読書感想文でした。 前年、私の母が脳梗塞のため、半身不随となり悩み、うつ状態となり、家庭が暗いものになっていま した。私は幼い頃から喘息、結核と体の弱い子どもでした。私の父母は愛情豊かな人でした。私の病気を治そうと、当時考えられる治療を受けさせてくれましたが、私は病死の不安から、不安過敏な心になっていました。そこへ、母の重篤な病気。私はいきずら くなっていたのかもしれません。ふと、目にしたのが『足摺岬』でした。

 その小説の一節です。主人公は、父から虐待されて育ち、今も不和です。つい最近、母が死にまし た。そして、自分も病気でした。痛みがあります。貧困、就職できない。愛してくれた母の死、父との不和。 絶望でした、自殺しようとして東京から足摺岬にたどりつきました。
 虐待されて育った子が、大人になっても居場所(愛され受け入れてくれる場所)がなく貧困であること、身体か精神の病気、援助がないことなどが重なると、自殺のリスクが高まるのでしょ うか。
 主人公は、岬を見にいきます。雨の中を死にきれず宿に戻ってきました。察した宿屋の人たち、遍路、薬売りなどが自殺を思いとどまるように何げなく配慮します。薬売りはこの宿を拠点にして付近の村に薬を売って歩きます。宿で知り合った遍路と友達になります。薬売りが病気であって薬を買う金を持たない主人公に無料で与えます。遍路は、あの言葉をいいます。
 省略しますが、絶望であった主人公は、いきがいを見出して死ぬことをやめます。遍路や薬売り、宿屋の人々の暖かい言葉や配慮と宿屋の娘の愛情によって、自殺を思いとどまります。

 フランクルは実存的空虚を持つ人に、いきがいを発見する援助をするロゴセラピーを開発しました。人間は、いきがいを発見できないと自殺のおそれがあります。虐待は、さらに存在価値、人格否定の問題もあり、価値の発見が難しいケースもあるでしょう。

 30年たってうつ病となった私は40歳の頃、あの言葉を思いだしました。ずっと覚えていたのでした。時々思いだします。しか し、 その苦悩の渦中にあるただなかでは、「生きておる方がなんぼよいことか」とは思えないのが、うつ病の悲惨です。毎年、3万人近い人が自殺していきます。そう思えないのがうつ病の悲惨さです。 遍路の言葉、そして治った時と今の私は、本当にそう思います。しかし、うつ病がひどいひとには、自殺への誘惑があります。「死にたい、死んだ方がよい」と。

 虐待されると、幼い時期を生き延びても、継続された苦悩によって、青春期になってからPTSDになる人、トラウマ、うつ病に苦しむ人もいると言われます。こうした被害者が、 うつ病やPTSDになったら、何とかいきがいを思いつ いて、生きて欲しい、うつ病やPTSDを克服していただきたい。
 虐待された人は、大人になってからも生き辛い、そしてうつ病やトラウマのために自分自身の心をコントロールできず、わが子を虐待し てしまうかもしれません。うつ病やPTSDの母親に精神疾患がある人もいると学会の分科会でおききしました。そうでない人も多いよう ですが。つらい幼少期を送ったのに、大人になってもなお、不幸な状況の中で悲しみを募らせています。

 「生きることはつらいものじゃが、生きておる方がなんぼよいことか」
中学3年の時、刻まれた言葉を30年後に思い出して読み、そして先週、虐待防止の学会への旅の 途上で読みました。3回目の今回は、虐待という視点が浮き彫りになりました。大人にならないうちに、虐待された子どもの自殺にみえる行動もこの小説集に描かれていました。

(続く)
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Posted by MF総研/大田 at 23:43 | 虐待防止・虐待予防 | この記事のURL