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完治まで導くマインドフルネスは難しい [2013年11月10日(Sun)]

完治まで導くマインドフルネスは難しい

浅いマインドフルネスでは深い苦悩は援助できない

 難治性のうつ病、不安障害、過食症の方の支援は難しいことです。支援の活動において、同じような扱いをしているのに、ごく一部ですが、カウンセラーに対しても過敏な方もおられて、クライエントさんが感情的になることや、意欲を維持させることができないこともあり、カウンセラーがクライエントの方から叱られることもあり、もうやめようかと思うこ ともあります。特に、メールが難しいです。顔を見ずに、簡潔に答えますので、感情的になりやすいようです。悪気がないつもりなのに「えーっ。そのように受け止めるのか」と予測不能の反応です。人は個性的で、みな自由に行動するので、予測がつきません。 対面の援助でさえも難しいのに、メールでの援助は特に難しいです。 希死念慮・自殺念慮のある人も多く、死の瀬戸際におられるのです。かなり、 必死です。そのような方たちが、「マインドフルネス」に期待しておられます。

深刻な苦悩を持つ人には誠実な支援者

 そんな状況のなかで、マインドフルネスの本が続々と出版されていますが、本で読んだだけでうつ病の人の援助を始める とクライエントさんを失望させるでしょう。つらいのに、また失望の苦しみを与えるでしょう。希死念慮・自殺 念慮のあるうつ病には、良心的で忍耐強いマインドフルネス者の支援が必要な領域です。元来、会 社員であった私には向かないようです。
 やさしいが、芯の強い人に、マインドフルネス心理相談員に なっていただきます。これからは、カウンセラーの育成に力をそそぎます。そして、完治したあと、生 涯続けていくことができる高度のマインドフルネス<日本的マインドフル・ライフです>の粗いスケッ チをすることに力を尽くしたいです。このような領域は、まだ欧米のマインドフルネスには見ることができません。日本文化、日本の宗教の底に流れています。鈴木大拙が日本的霊性といったものを 基礎とします。宗教は、現代人にわかるようには、説明してくれません。必死に生きる人たちの現場での生き方を具体的に教えてくれません。しかし、そうではいけないと、マインドフルネスが起りました。セラピー(医療、心理療法)の領域を越えて、マインドフルネスな生き方、マインドフル・ライフとはどういうものか、 そういう創造的な思索ができるのは、あと、2,3年でしょう。その 後は、思索力、行動力も衰えてきていますから、近所の高齢者の方とごいっしょに、高齢者のための 実践を近所でやっていこうと思います。

完治、再発しないほど、マインドフルネスの実践

 うつ病にマインドフルネスが効くと宣伝して誘うと、自殺の危険が迫っておられる人がこられます。拒絶過敏性で、傷つきやすい方がこられます。 薬物療法で治らなかったうつ病、不安障害の援助は難しいです。
 完治しない程度で軽くなっただけ では、大きな出来事があれば、すぐに再発します。どのマインドフルネスでも、うつ病は<軽く>なるでしょう。しかし、8週間、6か月程度では完治ではありませ ん。1,2年、自己洞察瞑想療法(SIMT)を実践して完治したつもりになっても、 さらに5年油断せずに、実践を続けましょうと私は言ってきました。重症だった人の脳神経生理学的な回路は、活火山のようで、1、2年では休火山で、また爆発するかもしれません。 長い人生には、さまざまな出来事、喪失の悲しみがあります。 もう、どんなに大きい出来事が起きても、価値崩壊の反応パターンをしないという自信がつくほどに心を洞察できたほう がいいわけです。

 完治することのないマインドフルネスでは、また再発するでしょう。 完治、再発しないほどの心の変化がもたらされるレベルのマインドフルネスを 完治するところまで支援するカウンセラー、医師、心理士が求められます。今は、ごく少数の善意に 頼っています。将来、活躍の場があるかどうかわからない、収入になるかわからないのに、講座を受 講なさっています。しかし、習得が難しいですから、職業として成り立つほどの報酬を得られるような 制度が必要です。さもないと、難しい援助スキルを習得する人が多くは現れないでしょう。こういう領 域に、国や自治体の予算をさけないのでしょうか。
Posted by MF総研/大田 at 11:46 | 新しい心理療法 | この記事のURL