CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«患者の利益に立つ医療 | Main | 「人格」とは何か(3)»
「人格」とは何か(2) [2013年07月23日(Tue)]

「人格」とは何か(2)
 すべての人の根源的な人格底に基礎づけられた個人の尊重を

 西田哲学によれば、人はさまざまな自己観を持ちます。 魂とか、死んだら抜け出ていくものというのは、意識的自己であり、 西田哲学によれば、浅い自己になります。
 東洋人、日本人は、昔から深く、人、自分の根源を探求してきました。 西田哲学は、自己、個人の根源を場所的論理から説明しています。魂、死の問題、死後の問題、どう生きるかという問題を含めて、さまざまな問題で苦しんでいる日本人に、今こそ解決の糸口を教えて くれる、世界にほこるべき人間哲学でしょう。あまりにすばやく動きゆく瞬間の心であるために、意識されない「絶対無」という原初の心を記述しているために、難しく見られていました。 これまでは的確に読みとれていなかったようですが、多くの哲学者の研究によって、解明されたようです。人間のありのまままの様子、まだ人間の眼が全く加わっていない、全く偽り、誤りのない、すべてのものを生み出していく原初のすがたの心(絶対無)(すなわち一元観)があり、すぐにさまざまなものに分節化していく・・・。自分と客観、無限の解釈、善悪、誤解、差別、好き嫌い、エゴイズム、苦悩、・・・。自己の見方も個人によって解釈がわかれてしまう。 人の原初のありさまは一元観であるというのが、長く東洋で探求され、西田によって論理化された。西洋哲学は二元観であり、見るもの苦悩するもの働くものと、世界とが分かれており、ここから、心の問題は深く扱っていくと、一元観では限界に達する。
 西田幾多郎によれば、判断的自己、知的自己、意志的自己、叡智的自己、 人格的自己があります。深くなるほど、浅い苦悩や葛藤を包むので、深い苦 悩を解決できることになります。
 人はさまざまな苦悩を持ちます。自己を深く洞察していく、東洋的マインドフ ルネスならば、こうしたさまざまな段階のマインドフルネスがあることになります 。最近の拙著では、意志的自己のレベルのマインドフルネスの体得実践を定 型化したのです。

『マインドフル・ライフ』第2号に論文

 さらに、これで解決できない葛藤、苦悩(さまざまな領域の専門家のスランプ 、限界、自己存在、死生観、自己否定、自己嫌悪など・・・)を解決するような マインドフルネスが考えられます。その展望を『マインドフル・ライフ』第2号(日 本マインドフルライフ協会発行)に掲載しました。(10月からの、カウンセラー講座を受ける方にはテキストの一部として1冊ずつ配布します。)
 『日本独自のマインドフルネス&アクセプタンスの可能性』という論文です。 マインドフルネス、アクセプタンスは、表面上、形式上、仏教や襌の実践に似たもの (あくまで、他の理論によって東洋的実践が形式的に用いられていて、深い東洋哲学を基礎にしていない) を とりいれているが、 まだ、欧米には、真に東洋哲学(言葉以前の絶対無を基礎にした哲学)を応用したマインドフルネス、アクセプタンス(M&A)は ないようです。M&Aは深く深く研究していくと、西田哲学にならざるをえないはず。深い問題には応えられないはずです。 人は、表面的な問題ではなく、魂とか、死後のこととか、人生をいかにいきるのかとか、自己存在とかいうような深い問題意識を持つことが多いのです。その解決を求めて、いかがわしいものに向かい、問題を複雑にするひともいます。 今後、日本では、西洋の二元観に基づくM&Aと東洋の一元観によるM&Aとが併存 していくでしょう。 日本の仏教の各宗派の解釈でさえも、一元観になっているものと二元観になっているものとがあるくらいだから、M&Aも同様の分派を生み出していきます。もうすでに始まっています。
 拙著は、浅い意志的自己レベルです。たいていの問題は、これで改善しますが、死、魂、死の不安、人格、自己自身の評価、出自の問題、宗教に類似する問題は、さらに深くないと応えられないと思うはずです。方向は西田哲学があります。これから私は深いレベルのM&Aの実践化、定型化の研究開発に取り組もうと思います(できないかもしれません)。しかし、老体であり時間がなく十分にできません。荒いスケッチを描くだけでしょう。詳細は、若い方々に引継ぎたいと思います。意志的自己のさらに奥底の叡智的自己、人格的自己までの東洋的M&Aは、 限りなく広い領域に貢献できるM&Aになる可能性があります。松尾芭蕉が「不易流行」といった、「不易」のところ、東山魁夷が「泉」といったところも、同じところ、人格的自己の基礎になるところをさしていると思われます。信仰ということが深かった封建社会と違って、現代人は論理的に納得できるものを求めているのではないでしょうか。こんなに知性が発達した現代の日本人ができないでしょうか。
Posted by MF総研/大田 at 12:30 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL