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間は価値実現のために生きる存在 [2013年05月09日(Thu)]

人間は価値実現のために生きる存在

 =マインドフルネス自己洞察瞑想療法の構造(7)

 西田幾多郎は、意志作用の奥に意志を起すものが真の自己であるといった。 真の自己そのものは、思考の対象にはならない。思考された内容の自己は真の自己ではな い。思考によって構想された内容にすぎない。そのような時にも、その思考をしている主体が内奥にある。思考を内の方向に超えて行動する意志があり、さらにその奥に、思考も意志も包むものが ある。意志的自己である。意志的自己(意識的自己)は、客観を対象的に見る二元観であるが、意志を越える叡智的自己は、自己自身の中 に客観を包む。一元観となる。日本人は、昔から一元観の哲学をもっていた。見える山、聞こえてくる雨だれの音を自己とした。世界が自己と別ものではない。

意志を起すものは意識を越えた叡智的世界にある

 思考や意志の奥にあってそれを起すものが真の自己であるが、意識よりも深い内奥の位置にあるので直接意識すること ができない。意志作用、意識を包むもの、自己がその奥にある。
     「意識的自己が自己を超越して叡智的存在の世界に入るには、自己が自己の意志を超越 せなければならない。我々の意志の奥底において、意志的矛盾を超越してこれを内に包む ものが叡智的世界に於てあるものである。」(『叡智的世界』巻5,133頁)

     「我々の意志の奥底に考えられる真の自己とは、我々の意志を超越してこれを内に包む ものである、我々の意志はかかる自己によって基礎づけられているのである。」(『叡智的 世界』巻5,134頁)
 人間の存在の多層構造を指摘している。身体、心理だけではないものがある。

意志の底の自己(主観)は客観を包む

 意志を 越えてその底にあるものは叡智的自己であるが、それは、客観界を自己の中に包む。主観の中に客観が没入せられる。 自己の中に世界がある。場所的に自己と客観が一つである一元観である。
     「意志をも越えた時、超越的対象と考えられたものも自己自身を見るものの内容となる 、「有るもの」は自己自身を見るものである、主観の中に客観が没入せられるのである。 (『叡智的世界』旧全集巻5,139頁)

客観界を価値実現の世界となす

 意志の奥の自己は行為するものであり、行為的自己である。意識を越えるので、叡智的自己ともいう。意識(心理)を越えたものが内奥にある(心理、身体の奥に「精神」「霊性」)という多層的なもの(あとでテーマとする)が人間の存在である。叡智 的自己は、客観界を自己の内にあって自己の価値を実現する世界とする。
     「行為的自己とは客観界を自己実現の手段となすもの、否、その表現となすものである (対象そのものを愛することによって自己自身を愛するものである。)。」(『叡智的世 界』旧全集5巻157頁)

     「ノエシスの根底が深く知的直観の一般者に於てあり、之に於て限定せられるものとす るならば、自己自身を見るものの内容を映すものとして、意識作用は当為的でなければな らぬ、価値実現の作用でなければならない。それで、我々の意識的自己を越えてその底に あるもの、即ち叡智的自己の内容にすぎない。無論、意識的自己そのものの内容も一層深 き自己の内容の限定せられたものに過ぎないが、意志的自己によって限定せられない部分 が、之に対して客観界と考えられるのである。」(『叡智的世界』旧全集5巻143頁)

マインドフルネス心理療法へ

 うつ病や不安障害になると、「自分はこういうものだ」「自分は価値がない」などと 自分を思考の対象として描いて、否定し嫌悪し、感情を起して、症状を持続させる。 そういうものは真の自己ではないので、「自分は・・・」という思考を停止する訓練をす る。
 自己自身の価値をしっかりと確認して、不快なことがあっても、価値実現のための行動 をするトレーニングを繰返していく。
 こうした反応パターンは、人間の本質に合致しているせい(脳科学などの研究課題であ る)か、障害を受けていたと見られる前頭前野、海馬などの機能が回復する。
 世界、客観界を自己の外とみず、自己と場所的に同一であり、世界・対象界を自分の価 値で包む叡智的自己は、意志的自己よりは深い自己である。しかし、二元観であるとはいえ、意志作用も自分の人生の価値実現の作用とみて、価値実現の反応パターンを構想した。 うつ病や不安障害など以外の領域においても、価値実現の反応パターンとしてのトレ ーニングによって、つらい状況を乗り越えられる可能性がある。
 近刊の本では、セッション10まであるが、自己の中に世界を自分の評価を交えずそのまま映すという手法を取り入れている。まだ、あまり自他不二的な哲学をを強調していない。思考力が低下しているうつ病の人が理解し実践できる、初心者段階として配慮した。それでも、叡智的自己への扉があることをいくつかの手法に織り込んでいる。 この方針によって構想したセッション10までのトレーニング手法によっても解決できない深い「精神」に根ざしている問題は、すべてのことは自己自身の「精神」の中のことという自他不二的な叡智的自己の自覚訓練によって、解決支援できると思う。
 暴力をふるう人、虐待する人、その被害者の苦悩も、 トラウマがあり、自己の無価値感があり、マインドフルネス心理療法(SIMT)が効果があるかもしれない。こうした暴力などによらないトラウマ、フラッシュバックは、マインドフルネス心理療法(SIMT)によって効果がある。また、 当事者は、自分の価値実現を はかりたいはずであり、マインドフルネス心理療法のセッション10までにある手法で、 思考で描いた自己像は真の自己ではないこと、感情の観察、受容のトレーニング、価値実 現の方向の行動に意識を向ける訓練を繰返すと 軽くなる可能性がある。さらに、その先の、身体、心理の奥の「精神」、叡智的自己の自覚による手法を中心とするトレーニングも効果 があると思うが、今後の研究課題である。
 暴力のあるところには、自分や相手が身体、心理以上の精神的人格(鈴木大拙が霊性」といったもの、フランクルが「精神」といったもの)をもつ存在であることを知らずに、自分と相手の人格を無視した反応をすることが大きな背景になっているだろう。人間の多層的な存在であるところで、述べたい。
マインドフルネスの自己洞察瞑想療法(SIMT)の構造
 SIMT:Self Insight Meditation Therapy
Posted by MF総研/大田 at 22:58 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL