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他愛できてこそ、自分にも満足 [2013年03月27日(Wed)]

愛する人や社会に価値を発見して行動するスキルが重要(2)
 =他愛できてこそ、自分にも満足

 人は内にこもると苦悩する。西田幾多郎はすべて人は「創造的世界の創造的要素」で あるという。人は、家族、職場、地域など社会の一員であり、その社会を作る。 愛する他、すなわち家族、さらに外部の人たちの属する社会、すなわち、職場、地域な どを満足させる行動をしないと、自分が満足できないのであるという。 フランクルがいう創造価値、体験価値と類似の思想である。
     「社会的意識なる者があって我々の個人的意識はその一部であるから、我々の要求の 大部分はすべて社会的である。もし我々の欲望の中よりその他愛的要素を去ったならば 、ほとんど何物も残らない位である。我々の生命欲も主なる原因は他愛にあるをもって 見ても明らかである。 我々は自己の満足よりもかえって自己の愛する者または自己の属する社会の満足により て満足されるのである。元来我々の自己の中心は個体の中に限られたる者ではない。」 (岩波書店「善の研究」p199)

自己を犠牲にして大きなことをするよりも、小さなことでも自分の本分をはたす人が偉い

 ところで、間違ってはならない。社会のために働くのがいいといっても、ボランティ ア活動、社会貢献、趣味、宗教などの活動が必ず推奨されるわけではない。家族や職場こそ、最も大切な「他者 」である。家族や職場をおろそかにさせる活動は偉大ではない。家庭や職場での本分を 発揮する人が、偉大であり、満足できるのである。家族を苦しめ、仕事をおろそかにしてまで、ボランティア活動をするのは偉くない。自分が生きていけるのは家族や職場のおかげである。
     「余は自己の本分を忘れいたずらに他の為に奔走した人よりも、よく自分の本色を発 揮した人が偉大であると思う。」(岩波書店「善の研究」p195)
 うつ病や不安障害などで自殺が多く、余裕のある人はカウンセラーとなって他者の支援をすることを提案するが、家庭や職務をおろそかにしてまでこういうことをしてはいけないと言っている。ボランティア活動や宗教的活動をして、 家庭や職場をおろそかにすると、自由意志による真の満足は得られない。 家庭や職場をおろそかにしてまで、他の活動をする人は信用されない。家庭や職場をおろそかにする人は、いざとなったら、裏切る、だます。最も愛すべき家族や生きる糧をくださる職場さえも軽視するのであるから。
 大震災、原発や経済不況で、社 会がなんとなく不安になっている。こんな時に、「ほかの社会は不安だ、この組織には幸福が ある」と誘い、精神的に隷属させるカルトに入らないように注意しなければならない。
 結局、家族や職場が、自分の生きる世界であり、それを創造していく。他の企業、組織も、世界を創造的世界の創造的要素である。すべての人、組織が、世界を動かしていく。人は愛する家族のためとか社会のために行動できる心になることが大切である 。社会に出ていけない状況になっているのならば、どうすればできるような心になるか努力し 続けることが大切なのである。人生は短い。庇護してくれる家族も老いるし、その家族をささえる職にいつ何があるかわからない。
 たいていの、うつ病、不安障害などは、宗教でない心理療法で克服できるが、 社会のために働くことが難しい人や 余命が長くなく、社会のために創造価値、体験価値も発見が難しい人には、精神の自由を奪わない誠実な宗教的カウンセリングも必要となるだろう。
 家族もいない、職もない、創造価値、体験価値も難しいという場合、なお究極の「他者」が絶対者であり、絶対者を愛す るので宗教的となる。西田哲学でいう自己を忘れて絶対に触れた「人格的自己」の目覚めがそうであると思う。フランクルが紹介した木と対話して感 謝した女性もこれであろう。精神科医は、宗教を扱えないというから、 この女性を導いた聖職者がいたのだろう。不治の病気や障害を持つ人やがん患者の死の不安の援助やターミナルケアの領域は、日本の誠実な聖職者の活躍の場であろう。
フランクルのこと
Posted by MF総研/大田 at 19:32 | フランクル | この記事のURL