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無理な願いではないのに、ささやかな幸福がかなえられない [2013年03月18日(Mon)]

それほど無理な願いではないのに、ささやかな幸福がかなえられない
 病気が治らないために

 フランクルの「夜と霧」。被災地の方にも、生きる希望をもたらしているという。 創造価値、体験価値、態度価値。どんな状況にあっても、最期まで生きる意味を発見できれば自殺しないという。
 最近の日本の自殺は、何か違うような状況がおきているような気がする。第一に、生きがいを発見できないほどに、うつが深刻化している人がいる。第2は、生きがいを発見できていても自殺が あるかもしれない。病気が治らないからだ。ということは、フランクルのセラピー(医療、心理療法)もまた、「扉が開かれて」いるはずだ。どのセラピーも絶対視してはいけない。もちろん、私の推奨しているマインドフルネス心理療法も、また、限界があり、他の心理療法への扉、薬物療法への扉、他のカウンセラーへの扉が開かれていなければならない。さらに、深みへの「扉」が開かれていなければならない。
 生きる意味を社会の中で発見していて、それほど欲張りではない願いであるの に、うつ病、不安障害が治らないために苦しんでおられる人が多い。
 ささやかで、堅実な生きる意味、価値を発見しているのに、病気が治らないので、社会で活躍できない。 この情況は、決して患者さんが高望みしているわけでもなく、実現不能な欲張りな価値 ではない。こういう分野で就職したいのにできないでうつ病になり治らない。夢が挫折して進路を変える人もいる。 夢がかな って就職していたのに、ストレスが強すぎてうつ病になって、薬物療法、カウンセリン グ、心理療法など受けたのに治らない。そんな人のうち一部ですが、マインドフルネス 心理療法で治る人がいる。専門家でなかった人が月1,2回支援して治る人がいる。 この事実は、マインドフルネス心理療法の力ではなく、人間の生きようとする根元的エネルギー、社会を創る一員になりたいという底知れぬエネルギーを人が持っているからだろう。人間には底知れない力があるのかもしれない。 専門家が、自分の科学的立場から、人が生きようとする扉をふさぐことを言ってはならないと思う。
 政府が本気でさまざまな心理療法の専門家を育成すれば、治療成績はもっとあがることが期待できる。 アメリカでもそういう報告がある。それなのに、日本ではなぜ、心理療法が普 及しないのでしょうか。
 自殺、ひきこもり、不登校もその背景に、うつ病、不安障害、過食症などが治ら ないことも原因である。自殺した人の多数が、その前に薬物療法を受けているから、治らなかったのだ。治る期待が持てなかったのだろう。がんになって心理的ケアがないために自殺する人もいる。がん病棟に、心理療法への扉がない。 うつ病でなければ、一般的に、人は死にたいとは思わない。たった一度きりしかない人生、この世 に生まれる確率はきわめて小さい貴重な命なのに、守ってあげられない。どうして、も っと心理療法の普及に真剣にならないのだろう。西田哲学では、いつの時代でも人間の 心には、善意と悪意があるという。専門家の中に、患者さんの立場に立たずに、自分の学問的立場しかないと断定して、可能性の「扉」をふさぐ。さまざまな領域に、専門家のエゴイズムがあると西田哲学が教えている。心理療法についても、無勉強、無理解、新しい療法への偏見、自己の伝統の執着があるのではないだろ うか。毎年2万5千人以上の人が自殺する。影響の大きさを知らずに、さ まざまな悪意の犠牲のようで、よい方向に向かっているとは言えない。
 私も70に近い、おそらく5年ほどしか活動できない。事故、病気があれば、もっと短い。今の大人、専門家には、自殺を減少できるスキルがなかったのだ。若い人が時代遅れの治療法を超えて、研究開発して、自殺のない社会に変えてほしい。今死にたくなっている若い人、治して、このような社会を変えませんか。人は世界を作るのだというのです。各人が創造的世界の創造的要素である、と。一生薬を飲みなさいといわれた人でも完治して完全断薬ができた人がいる。人にはまだ解明できていない力があるのは確実だから。
Posted by MF総研/大田 at 23:35 | 自殺防止対策 | この記事のURL