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«<目次>フランクル・人間は生きがい(価値・願い)を求める存在 | Main | 死にたくなったら、そのままではそこに生きがいがない証拠»
生きがい、生きる価値は世界の中にある [2013年03月01日(Fri)]

生きがい、生きる価値は世界の中にある

 人間は、生きがい、生きる意味を求める存在である。 その生きがいは世界、社会、外部にある。自己自身の中にはない。 人間は、すべて世界の中で生きている。生きる意味は、世界にある。 生きる価値は、自己の内にはなく、世界の内にある。 愛する人も世界の内にいる。自己の人生の意味を見出す価値も世界の内にある。 従って、世界の中で行為しないと、生きる意味を感じることができない。 西田幾多郎はこういっている。
 「行為するということは、自己が自己の内容を実現することである。知識的立場から は、未だ実現せられない自己の内容は自己自身にも知られない、実現せられて後それを 知ると云ひ得るのである。併し未だ実現せられない自己の内容といふものは、既に自己 の内容として自己に於てあるものでなければならぬ。かういう意味に於ては既に知られ たものでなければならぬ、然らざれば「私が行為する」といふことは出て来ない、我々 はいつも客観的なる事実を見るのみである。私々は知らない自己を求めることはできぬ と云ふのもかかる意味でなければならない。そこに私が行為をば無にして見る自己のノ エシス的限定と考える所以のものがあるのである。」(「一般者の自己限定」)(旧全 集5巻414p)
 行為するということは、自己が自己の内容を実現することである。未だ実現していな いことを内容として描いて、その実現のために行為するのである。行為しないかぎり、 自己の希望や夢は実現しない。
 西田はこうもいう。
 「自愛というものが意識的に自己の存在を限定する・・・ 行為的自己とは客観界を自己実現の手段となすもの、否、その表現となすものである( 対象そのものを愛することによって自己自身を愛するものである。)。」 (同5巻「叡智的世界」157p)
 すなわち、人間は客観界、他者、社会、世界の中に価値を発見して行為することが自 己実現となる。他者、社会、世界を愛することによって満足感を得て、自己自身を愛す るのである。
 7つの価値、まとめれば3つの価値のどれでもいいが、いずれも、他の人や社会の中に、価値を見 出して行為していくのが心の健康な場合である。そうでないと自己自身を愛することができないというのである。 社会から回避、逃避していては、生きがいを感じないで苦悩を感じる。

今、休んでいる人は

 うつ病になると、 社会に出ていけなくなり、自己自身を愛することができなくなる。 そこで、まず治すことが大切。そして社会に出るとか、家族のための家事ができるようになる。そのために、 社会に出たい、家事ができるようになりたい、と強く願う。とにかく、そのためには「治す」のだと強い決意を持ち、改善のための行為をする。

休まず学校、仕事に行っている人は

 一方、今、学校や職場、家庭で、休まずに、一生懸命にがんばっているのに、「死にたくなっている」のであれば、「病気」なのだから、休んで治療する必要がある。 人は、生きたい、生きていきがいある人生を送りたいという存在なのだから。 だから、「死にたい」というのは、本心からではなく、病気なのだ。学校や仕事を休んで、治療すればいいのだ。次の記事で考える。
Posted by MF総研/大田 at 20:22 | 私たちの心理療法 | この記事のURL