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自己自身の存在についての苦悩 [2013年02月05日(Tue)]
4月に日本で開発されたマインドフルネ ス心理療法(SIMT)の本が発行になります。 欧米の輸入ではなく、理論も実践も日 本人にわかりやすいものとなっています。 重症のうつ病、不安障害でも治る人が います。
患者・家族会(2月23日、3月24日)(解決に向けて確かな方 向を)
マインドフルネス哲学研究会(4月13日)
マインド フルネス自己洞察瞑想療法(SIMT)研究会(4月20日)
専門家の育成講 座・マインドフルネス自己洞察瞑想療法(SIMT) (次回は、2月16日、3月16日 )
心の健康クラブ(うつ病・認知症の予防、自己実現)(5箇 所で毎月)

宗教と宗教でないことの区別(2)

=自己自身の存在についての苦悩

さらに深い苦脳

 しかし、人の苦脳にもっと深いものがある限り、臨床心理学での支援ができな いのだろうか。 がん患者さん、虐待された人など「自己自身の存在」の消滅、自 己自身の無価値観の苦脳、愛する家族を見捨てたという罪の苦脳がある。現存の 宗教が深い苦脳を支援をしなくても、理屈上(哲学的に)西田幾多郎によれば、 救済可能であることになる。 うつ病や不安障害の進行によって、自殺するのも、 自己自身の存在の意図的消滅として深い苦脳である。これを次の記事で述べたい 。
 以上のように、述べました。これについて述べます。

対象的なことの苦悩でなく自己自身の存在についての苦悩(1)

 マインドフルネス、アクセプタンスとは、苦悩があっても受容(アクセプタン ス)して、自分の価値実現・自己実現の行動をする(マインドフルネス)ことで ある。 単に気付いても、価値実現の行動ができなければ、価値実現・自己実現はできな い。だから、マインドフルネス、アクセプタンスには、浅い苦悩、深い苦悩と克 服があるのである。
 病気にはさまざまなものがある。人の苦悩にはさまざまなものがある。同じレ ベルの救済方法ですむはずがない。深いレベルの苦悩や病気の人を浅い苦悩や病 気の支援スキルを持つ人が扱うのは、倫理の問題があるだろう。
 うつ病には、さまざまなレベルの苦悩、症状がある。 人の心理現象・意識現象には、浅いもの、深いものがある。 うつ病の発症の原因となったものは、感覚や思考など浅いものが多いのであるが 、症状は、浅い感覚レベルから、希死念慮・自殺念慮という最も深いレベルのも のがある。自己自身という自己存在の否定である。だから、自己自身の存在の否 定についての支援をしなければならない。 表層的な扱いを続けていると、治らないかもしれない。長く治らないと悲劇が起 きるかもしれない。 問題とスキルのアンマッチは、クライエントの悲劇である。自分は、本当に、そ の問題を扱えるスキルを持っているのか、自分の「本音」を自分に問う必要があ る。良心である。支援者は、良心を持たねば、クライエントを不幸にする。 カウンセラーは、クライエントの立場からみなければならない。

 自己存在にかかわる苦悩は深く広く、自己洞察瞑想療法(SIMT)のセッション1 0までのスキルでも足りないものがあると思う。だから、初級のカウンセラー育 成講座の受講者には、範囲外の問題は扱わないようにすすめたい。もちろん、熟練してきて 他の領域への適用について、 心理的な反応の連鎖と神経生理学的な基盤の検討によって、 ある程度、改善可能性の確信が得られるならば、 ク ライエントの了解を得て、まだ改善するかわかっていない問題に試験的に適用し てみるという新しい領域への応用は必要である。さもないと、臨床心理学は発展 しない。しかし、あくまでもクライエントの了解が必要であろう。新薬の治験、 臨床試験のように。なぜなら、精神的な問題でも、生命がかかっているものがあ る。患者や家族の了解が必要であろう。

 さらに深い苦悩の支援のためのマインドフルネス心理学が必要であると思う。 これから、その定型化、臨床での確認を続けていく必要がある。(続く)
<目次>宗教レベルと宗教でないレベルのマインドフルネス心理療法
 =宗教と宗教でないことの区別
 =宗教レベルの臨床心理学も必要
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Posted by MF総研/大田 at 20:51 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL