CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«マインドフルネス心理療法(SIMT)基礎講座・第3回 | Main | さまざまな領域へマインドフルネス»
マインドフルネスには深さ・広さの違いがある [2012年12月16日(Sun)]

マインドフルネスには深さ・広さの違いがある

 ジョン・カバト・ツィン氏のマインドフルネスは、坐禅を応用したもの という。道元禅師を尊敬されているという。その手法と智慧を学ばれたからであろう。日本では、こういう心理療法を創始する医療、心理の専門家は現れなかった。
 襌は、釈尊の八正道の「正定」や智慧にあたる「正思惟」「正見」などに淵源がある。 形式の襌定だけではなくて、「智慧」が必要であると強調された。智慧によって、目標も違ってくる。手法も違ってくる。一般人の苦を扱わないのならば当然その方面の手法は織り込まれない。 その後、仏教は、東南アジア、中国、日本では、かなり違う方法と目的に分かれた 。悟り(見性)を目標とするもの、しないもの、悟りのその先をいうもの、苦の解決をいうもの、エゴイズムの探求をいうもの、他者の支援をいうものいわないもの・・・、さま ざまな襌の手法=マインドフルネスに分かれている。
 禅僧によっても目的と方法が違う。そのようなものだから、マインドフル ネスも方法と目的が違う。痛みの緩和とうつ病の改善は目的が違うので、 マインドフルネスの方法も違ってくる。
 がん患者さんの「死の不安」のためのマインドフルネスも当然違うべき である。がんに無関係の痛みの緩和には、死の問題はないだろう。当然、違うマインドフルネスが必要になる。 そういう意味で、痛みの緩和、うつ病、死の問題、虐待、暴力などの問題のマインドフルネスは、手法と智慧が違ってくる。 違う問題に同じ手法を用いるわけにはいかない。
 宗教以前のレベルと宗教レベルがある。公立の学校や福祉医療機関では、宗教語はつかいにくだろうと思う。襌や仏教ではない宗教信者の人もいるはずだから。 違う宗教の実践や教えが自分に向かって言われるのは、不愉快だろうから。 宗教的に中立のもの、宗派にあったマインドフルネスもある。
 今後、日本でマ インドフルネスを活用したいと思う心理士、医師は、その問題とマインド フルネスの手法の合致したものを探し、創作していく必要がある。
 日本では、これからである。私は一応、うつ病、非定型うつ病、不安障 害(パニック障害、社会不安障害、PTSDなど)について、定型化した。 来年、出版される。 うつ病になって、数年の坐禅で治って、襌の学問的研究をかじり、 支援を開始して20年に及ぶ。その間、西田哲学をかじり西田哲学の実践 という視点からマインドフルネスの手法を整理し、脳神経科学の成果を参 照して、実践と症状改善の因果関係をかなりの程度明らかにできた。 その患者さん向けのテキストが出版される。支援者向けの理論編は収容さ れない。一応、表面的な手法はわかっていただける。 支援者の育成講座で、背景の理論を学習していただく。うつ病は自殺があ って、簡単な病気ではない。
 かなり効果があることを認識してくださり、本を出版していただけること になった。 それを、使っていただいて、心理士、医師、看護師などによって 改良が加えられていくだろう。根拠があるなら改良、変更していただきたい。 私は、支援者のための参考書(マインドフルネスのための西田哲学、脳神 経生理学など)を書き加えたい。今は、簡単なテキストだから。
 さらに広い問題、深い問題のマインドフルネスの研究開発の方向に向か いたい(次の記事)。活用範囲はきわめて広いのだから。或る哲学者は、「襌(=マインドフルネス)は、一切の苦脳を解決する」というくらいだから。でも、それは、宗教レベルのようだから、とても難しいと思う。がん患者さんの一部ができないだろうか。たとえ究極を得られなくても、そちらに向かいながら闘病していけば、最期まで強く生きていかれるのではないか。やはり、ためしてみないとわからない。

http://blog.canpan.info/jitou/archive/2368
★様々なマインドフルネス
Posted by MF総研/大田 at 22:16 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL