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裁く絶対者でなく、同伴する絶対者=日本的霊性 [2012年11月15日(Thu)]

インド、中国の仏教、襌は出離的(12)

 =裁く絶対者でなく、同伴する絶対者、見捨てず包む母なるもの=日本的霊性

 インド、中国、日本の(近現代の)仏教は、弱い人への慈悲的救済活動 が弱いという批判が、鈴木大拙、西田幾多郎などからあった。
 日本人は、激しく叱る父なるものよりも、やさしく包み込む母なるもの を求めた民族であり、西洋や中国にない日本的霊性の特徴である。
   

西洋のと違う遠藤のキリスト教

 遠藤周作(1923-1996)は、キリスト教を題材にした小説を数 多く書いた。彼のどの小説にも貫いているテーマは、次のことである。
 だから、キリスト教でも、日本人は西洋そのままではないキリスト教を信仰した人がいた。 遠藤周作は、日本的キリスト教を作った 。数多くの小説でそれを伝えている。妙好人の浄土真宗に極めて近い。 彼は、小説で次のようなキリスト教を教えている。西洋のキリスト教とは 違っている。
  • (1)日本には西洋の教えのままのキリスト教は育たない精神風土がある 。しかし、日本人は現世利益だけの宗教を求めるが、それは深い宗教では ない。
  • (2)自分の悪事を監視し罰する厳しい父のような神を説く教えよりも、 いつもそばにいて自分の悲しみや苦しみをわかちあい、一緒に背負ってく れる「母なるもの」「永遠の同伴者」であるような神が、本当のイエスに 近い。カトリック教会は、前者を説いてきているが、遠藤はむしろ実際の イエスは後者であったという。
  • (3)神は教会の中にはおられない。どの宗教にも、どの国民の中にも神 はおられる。貧しく、みじめな暮らしをしている人の中におられる。その ような神は、たとえ教団(それは神ではない、人間である)からは異端者 、裏切り者と批判されても、決して人を見捨てない。
 これが遠藤周作が小説に書いた彼のキリスト教である。江戸時代や明治昭和に現れた無学の妙好人に似ている。学のない、愚痴 、煩悩の多い自分を見捨てない。いつも、自分のところに仏がいるという 。決して見捨てないという。親のようだという。見捨てない親、だめな自 分を許してくれる親である。一元観 である。裁く父は、二元観であり、落ち着く時がなかなかこない。こういう風土にいる 日本人ならば、 遠藤周作の小説を繰り返し読めば、苦しさを抜けるひともいるだろう。
 マインドフルネスは、アメリカのジョン・カバト・ツィン氏が、痛みの緩和に坐禅の方法を取り入れたことから始まったのだが、その方法は、インド、中国、日本で、古人がさんざん考察し実践して究極までためしてきた歴史がある。人の苦脳は深くて、日本人は心理的心の使い方で救済される方法の極限までもっていることになる。道元や親鸞、盤珪などである。 それらは宗教であるが、宗教とそうではない分かれ目は、西田哲学が説明している。 さまざまな人がマインドフルネスに関心をもつだろう。宗教の領域まで踏み込まねば解決しない苦脳ならば、そこまでふみこんだマインドフルネスとなる。それは、西洋人でさえも、キリスト教では限界を感じたのである。西洋人も東洋哲学に向かう。東洋の中でも、日本的なマインドフルネスは、日本の古人が極めている。実に多数の古人が考察してきたし、実践もさんざん試している。日本の古人に学ぶべきである。
 マインドフルネスも、浅いうちは、東西の哲学の差異は問題にならない が、「自己とは何か」「この罪深い自分は生きる価値があるのか」「死とは 何か」という深刻な苦悩のマインドフルネスとなると、日本人には日本人 の精神構造にあったものによって解決するはずである。 深い苦脳は、性犯罪被害者、逆に犯罪者によく見られる苦脳だろう。日本には、自殺が多いが、 家族を救えなかったという遺族の罪の意識で苦しむ人もいるだろう。 また、虐待された人も人格否定の苦をかかえるが、虐待する人も幼い頃被害を受けた可能性がある。いじめを受けた人、夫婦間の暴力も人格を否定されることがある。パーソナリティ障害で苦しむ人も多いだろう。みな、生きる価値という問題をかかえていると思う。

 (続く)
インド、中国の仏教は出離的
 =日本の仏教も外部の人々の現実苦の解決支援の手法に熟練していない
  • (1)
    西田幾多郎は仏教の現状を批判した
  • (2)
    坐禅が仕事のような状況であった僧院での仏教は 感情が渦巻くような職場、家庭でどうすればいいのかわかりにくい
  • (3) 昔の仏教は同じような状況が続く僧院の中で発展したので
    現代人のように、家庭や職場のように激しい感情が渦巻く状況は少なかっ た
  • (4)
    現代人の苦の解決レベルのことを参考にできる仏教研究書は少ない
  • (5)
    封建時代の仏教は民衆の苦の解放を説くことができなかった
  • (6)
    マインドフルネスを1年受けると病気の改善のほか人生観の変化がみられ る
  • (7)
    仏教はわかりやすいごほうびで誘って、予想しなかったごほうびを与える
  • (8)
    元来、仏教の目的は「現実の苦」の解放だったはず
  • (9)
    1)深い根底の「自他不二」の哲学が失われた。 2)教団の外部の人の現実の苦悩を解決する活動「慈悲」の実践が なされてこなかった。
  • (10)
    「難しい言葉を使ってわけのわからぬようなしかたで述べることは「骨董 趣味」ではあるかもしれないが、それはもはや「仏教」ではないのである 。」中村元氏)
  • (11)
    自分だけ救われて、他者にやさしく説かないと死んだ仏教。浄土真宗の蓮如上人もそう言ったと中村元氏。
  • (12)
    遠藤周作は、日本的なキリスト教を作った。自分の悪を監視し罰する厳しい父のような神ではなく、 いつもそばにいて自分の悲しみや苦しみを包み込んで、一緒に背負ってく れる「母なるもの」「永遠の同伴者」であるような神。やはり、自他不二的である。
Posted by MF総研/大田 at 19:48 | さまざまなマインドフルネス | この記事のURL