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アクセプタンスがないマインドフルネスではいけない [2012年09月23日(Sun)]

アクセプタンスがないマインドフルネスではいけない

 今日は、グループ学習の日です。雨ですがこんななかで参加なさるかたは、きっ と治るでしょう。真剣なのですから。気をつけておこしください。
 マインドフルネスが話題になっていますが、必ずアクセプタンスが裏打ちされていなけ ればなりません。アクセプタンスを忘れて、マインドフルネスはありません。日本の精神、文化、芸術には、アクセプタンスが流れています。大きな ものの愛情、慈悲に包まれている=受容されている、根底に包むものがある、これが日本人の精神の根底に あります。 受容されないと、落ち着いて、マインドフルネスできないのです。
 これからは、マインドフルネス心理療法、マインドフルネス心理学ではなく、ア クセプタンス心理療法、アクセプタンス心理学を強調していくことが大切でしょう 。日本では、特にそうです。
 こどもがクラスメートをいじめるのは、ささいな不愉快さを受容できず、存在全 体を受容しないのです。この同じような状況が虐待、暴力と見捨てられ不安、 社会におけるぎすぎすした人間関係、うつ病に追い込まれる働く人、 高齢者への虐待、・・・。国と国の争いも。アクセプタンスがないのです。
 親が子を受容しない、子が親を受容しない、夫婦が互いを受容しない、職場で同 僚、部下を受容しない、非正規社員を受容しない、医療・福祉の現場で相手を受容 しない。
 アクセプタンスの底の底も、西洋と日本とでは違うようです。日本人は、どんな に悪い自分でも見捨てられない、無条件で、絶対的に受容されているという安心を求めてき た人種のようです。東洋のうちでも条件つきの受容があって、日本は特に無条件の受容心を発見したのです。
 人が生きていくうえで、自分がアクセプタンスされていてこそ、相手にやさしく なれるのです、相手の不十分なことを受容して、対決しない行動を求めていけるの です。相手の底にも人格を見るからです。ささいなことで怒り、比べようもないほどの命をうばうこと、自殺に追い込むことをしません。アクセプタンスがないマインドフルネスは破綻します。 燃える家のたとえがあります。 マインドフルネス心理療法・心理学ではなく、アクセプタンス心理療法・心 理学ということを推進していきたいものです。日本には宝が埋蔵されています。
Posted by MF総研/大田 at 07:25 | 新しい心理療法 | この記事のURL