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(3)初心を忘れないこと [2012年05月24日(Thu)]

種々のマインドフルネス&アクセプタンス

(18)ジョン・カバト・ツィン氏の哲学
 (3)初心を忘れないこと

 マインドフルネス&アクセプタンス(M&A)を世界的にしたジョン ・カバト ・ツィン氏のマインドフルネス・ストレス低減法(MBSR)にあ る7つの態度(ツイン、1993)は、東洋哲学にもある。静座瞑想、ヨー ガ瞑想、ボディスキャンをする時に、この態度で行う。
  • (1)自分で評価をくださないこと
  • (2)忍耐づよいこと
  • (3)初心を忘れないこと
     三番目の態度について、ジョン・カバト・ツィン氏の言葉はこうで ある。「初心を忘れないこと」「初心を忘れてはいけません。あらゆ る事柄を、初めて見たときと同じように受け止める姿勢が大切なので す。」(ツィン,1993)
     これは、日本の伝統文化である「能」の世阿弥の「初心忘るべから ず」(花伝書)に通じる姿勢だろう。世阿弥は、襌の悟道の人であ る。ただ、これは、誰でもよくいう常識のようにとられてしまう。世 阿弥の心は深いのだが、これをマインドフルネスに特徴ある態度とす るには、深いものを伝えにくい。次の心得が深いことがわかる。
     「同じ瞬間というのは、二度と訪れません。今の一つひとつの瞬間 に、かけがえのない可能性が秘められているのです。」(ツィ ン,1993)
     この、ツィンの言葉が、襌や西田哲学に類似する。襌や西田哲学は 「今ここ」しかないという。ツィンもそうだろう。時間や空間がいったん消えて、時間と空間が一つ である「絶対現在」から「絶対現在」へと移り行く。道元は「而今」 (にこん)(『正法眼藏』「有時」)という。而は場所、空間の意味 がある。「有」は存在、空間であり、「時」は時間である。時間(今)と存在(ここ)が一つである。今ここしかない、自分の目前に現れている「今ここ」は、無数の人が意志を持って 行動していくから、次々に変化している「創造的世界」である。動揺 的世界である。瞬間たりとも静止せず動いている。常に新しい現実が 自分に迫っている。 こうしたことの詳細は、次に触れている。  自分の心の場に、いったん時間も自己も消えて、だから、常に新しいことが現成している。無限の過去から 現在までの無数の人の意志的行為によって、世界が次々と変化してい る。常に新しい世界である。 そして、目前の現実の世界は受容するが、自分の行動で新しい世界を造ることができるのである。 無限の可能性を含む。今の瞬間は、自分の生命の全力の表現(全機現 )である。だから、今の瞬間は、生命そのものである。おろそかにし てはならない。全力をあげて向かうのである。
     静座瞑想、ヨーガ瞑想、ボディスキャンを行う時に、新しいものに めぐりあっている態度でするのである。2,3日前に体験した「これ かな」「いい気持ちだ」「またあの気持ちを」などと言えば、基準を持つことになる。過去の体験にとらわれない。
       <*注>ここにも、主観的、独断的、自己中心的な評価、色眼鏡、 レッテル張りが指摘される。「誰か親しい人に会ったときに、自分が その人を新鮮な目で見られるかどうか、試してください。相手の本当 の姿を見ているのか、それとも自分の思いこみを相手の像に反映させ ているだけなのか、自分の見方を観察してみてください。」(ツィン ,1993)
       以前に会った人をいじめたい思い、意地悪したい思いで見るかもし れない。こうした心理は仏教では「煩悩」である。特に、人(家族、 仲間、同僚など)に対する嫌悪が多い。こうした、醜いレッテル張り に気がつくようにとツィン氏はいうのである。我見我執を持っている ことに気づくように。彼には、仏教や西田哲学に類似する深い哲学が あるように見える。
  • (4)自分を信じること
  • (5)むやみに努力しないこと
  • (6)受け入れること(アクセプタンスの中核となる態度)
  • (7)とらわれないこと


    ジョン・カバト・ツィン 1993「生命力がよみがえる 瞑想健康法」春 木豊訳、実務教育出版、 pp59-60


<連続記事・目次>種々のマインドフルネス&アク セプタンス
Posted by MF総研/大田 at 07:57 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL