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マインドフルネスと東洋哲学 [2012年05月01日(Tue)]

マインドフルネスと東洋哲学

前の 前の記事で、次のような表を示しました。

マインドフルネス、アクセプタンス
東洋哲学
(西田哲学)
にささえられたもの
東洋哲学
(仏教哲学)
にささえられたもの
哲学のないもの

 哲学はさまざまなことをテーマにするのですが、「自己」とは何かをテーマ にしたのが、西田哲学です。襌も「己事究明」というように、自己とは何かを 探求するものです。東洋哲学といえば、それが最も重要なテーマでしょう。西 洋の自己観とは違うと言われています。
 マインドフルネス、アクセプタンスは、東洋哲学、襌、瞑想に学んだ手法 (MBSR,MBCT)を用いる、または、東洋に学んだつもりはないが必然的に、同じ ような手法になった(ACT)といいます。自分の心を観察する瞑想の方法で、 自分を内奥の方向に深く探求していくと、同じようなところにゆきつくためであると思います。
 東洋哲学で特徴あるのは、自他不二の自己でしょう。 「他」を「他の人」や「世界」にわけると、世界は、多くの人の集合ですから、 自己と世界は別ではな いともなります。
 自己は世界の中にあり、世界は自己の中にある。自己世界の不二をいいます。そして、自己と他者では、 道元は、自己、他己といいます。自他不二をいっています。自己の中に「あなた」(西田哲学では汝)がある。「あなた」の中に自己がある。これを道元は、「他己」といいます。それが襌です。そういう東洋哲学でいう自己になろうとする、本来の(東洋哲学の)修行ですが、マインドフルネス、アクセプタンスの意味があります。仏教は、元来、苦の解決でしたから、苦がありながらも受け入れて、修行する(マインドフルネス)して、無明から晴れて(自己の真相を知る)ものでした。 深い自己を自覚するためには、M&Aのような実践が必要なのです。仏教ならば「修行」というのです。心理療法ならば「課題の実践」というでしょう。大乗仏教の場合は、修行を六波羅蜜に整理しました。布施、持戒、忍辱、精進、禅定、智慧の6つです。 襌は大体、禅定と智慧の2つに整理しました。マインドフルネスとアクセプタンスは、 2分類の「禅定」を2つに分けたような意味を持ちます。六波羅蜜の忍辱(にんにく)と襌定に類似します。どの場合にも、最も重要な、他の修行の根底の理論にあたる「智慧」があります。 生活や修行の方向づけ、最終目標(自己を知る、苦を克服するなど)などを含む理論で、そこが東洋哲学と実践の肝でしょう。
 欧米のM&Aのいくつかは、「智慧」「哲学」にあたるものがあります。弁証法的行動療法は「賢明な智慧」を言いますし、ACTは、「文脈としての自己」を言いますから。それが、欧米のM&Aの自己の哲学といえます。 「文脈としての自己」は、東洋哲学の「絶対無の場所」ではないかもしれません。表面的な「意識の野」(さまざまな作用と作られた対象とがともにある場所)であるかもしれません。 東洋では、意識の野よりも深い自己を探求してきました。 だから、日本の人も、M&Aを応用していく時に、どの哲学のものを採用するか個人の好みによることでしょう。どれによるかで、M&Aの技法と適用する問題に差異が生じるでしょう。
 西田哲学(仏教哲学の粋である「唯識」も)は、人の深い心理を探求しています 。自己はさまざまな意識作用があるが、その作用には働きの側面(西田哲学ではノエシス、唯識では見分という)と、その作用が作り出す対象(西田哲学ではノエマ、唯識では相分という)を持つ。作用と対象は同じ場所にある。そして、そのほかに、自己を意識する自己 意識がある。西田哲学は、自覚という。 見ている自分があるように感じる。意識される自分があるように感じる、自覚がある。この 最も大切に感じられる自覚とは何だろう。それが、自分なのだろうか。時々、「自分」を嫌悪したり、否定する人がいるが、その時、どのレベルの「自己」を嫌悪しているのでしょうか。M&Aに注目されるのは、様々な現代人の葛藤や苦脳、問題の解決のためにも、こうした 自己の精密な探求が必要であるとことを認識したのかもしれませんね。
 「あの人の言葉が許せない」「あの人が嫌い」という他責は、最も浅い悩み です。思考作用の内容を嫌悪しています。その人から離れると解決する問題で す。離れることができなくても、形式的マインドフルネスの実践をしていれば 、まぎれます。 しかし、「自分は価値がない」「自分は家族を救えなかった罪深い人間だ」 という自責は深い苦悩です。思考作用の対象ではなく、思考も行動もする自己 自身を苦悩しています。根が深いです。他人のように離れることができません 。いつもその嫌悪する自分があります。対象的なことでまぎらすマインドフルネ スでは、根本的解決にはならず、静かな状況になると、絶えずその苦悩がよみ がえるでしょう。だから、欧米のM&Aの心理療法者も東洋の哲学をも参考にしたと いうのです。
 非定型うつ病には、拒絶過敏性があるのですが、根底の「自己」がしっかりしていれば、人から何を言われても動揺しません 、排除もしません。受け入れられます。他人から否定されても、自分の信じる 道をしっかりと生きていけます。
 弁証法的行動療法も、ACTも、自己とは何かという哲学を持っています。それから M&Aが出てきています。
 東洋には、多数の深い自己の哲学があったよう です。初期仏教、唯識、襌、西田哲学、日本の芸術家などが「自己」の深い哲学を教えて くれます。だから、日本は、こういう深い哲学を持つM&Aを開発できるはずです 。日本では、深い自己の哲学に出会う機会が多いのです。しばしば、詩や絵画にもそれを見出します。
 どのレベルの苦悩、葛藤、問題を克服できるM&Aであるかということを明示す ると表を書き換えられます。

マインドフルネス、アクセプタンス(M&A)
意志的自己レベルのM&A
叡智的自己レベルのM&A
人格的自己レベルのM&A
その仏教の哲学レベルのM&A
(宗派によって異なるM&A)
(唯識、華厳、天台、襌など)
概念的自己レベルのM&A
プロセス的自己レベルのM&A
文脈的自己レベルのM&A
表面的M&Aか
(レベルが不明)
東洋哲学
(西田哲学)
にささえられたもの
東洋哲学
(仏教哲学)
にささえられたもの
欧米の心理療法の哲学
にささえられたもの
哲学が不明なもの

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    マインドフルネスの指導者は哲学が必要
     哲学とはM&Aを行使する自己の哲学のこと。西田哲学でもいいし、襌の哲学、唯識の哲学、天台の哲学、華厳の哲学でもいい。ここまでは、東洋に多い哲学で、自他不二的な自己、絶対無の自覚のようであり、類似しています。 さらに、欧米のM&Aにも自己の哲学があります。 ACTの哲学(文脈としての自己)、弁証法的行動療法の哲学(賢明な智慧)。 こういう深い自己からアクセプタンス、マインドフルネスが出てきますし、逆に、M&Aから、深い自己が出てくるはずです。今後、欧米のものも、日本のものも進展するでしょう。仏教がさまざまな形で発展したように。

<連続記事・目次>種々のマインドフルネス&アクセプタンス
<目次>セラピスト・カウンセラーを育成する人には哲学が必要になる

★種々のマインドフルネス流派の哲学の違い
★宗教者だけが偉いのではない。社会を創造するすべての人が尊い
★宗教と科学
 =最も深い宗教(西田哲学が指摘)は科学の根拠となる
Posted by MF総研/大田 at 21:04 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL