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<募集>西田哲学のマインドフルネス的実践研究 [2012年04月29日(Sun)]

西田哲学のマインドフルネス的実践研究

 自分をよく知らないから心の病気になったり、自己自身を見失うことが起き てしまいます。歳を重ねるにつれて、問題も違ってきます。他者とのかかわり についても、期待どおりに支援できない葛藤、自分自身にも、若い頃にはなか った試練に見舞われます。
 竹村牧男氏(西田幾多郎もそういう)が、現代は、東洋哲学が見 失われているといいます。 この点について理解する人は、少ないです。現代の仏教書からも説法からも、深い哲学が失われたからです。
 深い哲学とは、さまざまな視点から記述されますが、わかりやすく、すべての人のことであることに関係しているのは、「種々の自己」です。西田哲学では、判断的自己、知的自己、意志的自己、叡智的自己、人格的自己があるといいます。深い東洋哲学を実習しない人は、意志的自己しかしりません。真の自己、自他不二の自己を知らずに、生き、死んでいくのです。
 東洋哲学といっても、深い仏教哲学と西田哲学が考えられます。仏教哲学も 深いのですが、論理的に書かれたものは、「唯識」ですが、現在の自分の社会的行動との結びつきがうまくいきません。深い仏教哲学を実践的社会的に生かしている人をあまり多くはみかけないというのです。だか ら、(大乗仏教が起きた時と似て)批判もされ、一般の人が離れていっています。仏教哲学も西田哲学も、言葉の理解だけで、自分の実践(他者、社会への行動)に結びつかなければ 、理解の満足、自分だけの満足に留まってしまいます。そういう態度は、社会 性がない、社会に貢献しないと批判されています。
 浅いM&Aは、すぐわかるものです。浅いと、3年10年とは実践されず、自分の深い問題には貢献せず、見失ってしまうおそれがあります。 そういう自分の実践に生かす西田哲学(=襌の哲学)を実践的に学習しましょう。

マインドフルネス、アクセプタンス
東洋哲学
(西田哲学)
にささえられたもの
かなり深い自己をいう
東洋哲学
(仏教哲学)
にささえられたもの
かなり深い自己をいう
哲学の不明なもの

 「マインドフルネスのための西田哲学研究」という研究会に参加しませんか 。(以前、やった「マインドフルネス研究会」の新しいものです) M&Aに特に関係の深い西田哲学の論文(「叡智的世界」を中心として)を少しづつ読みすすめ、M&Aも実践していきます。自分にとって、判断的自己、知的自己、意志的自己、叡智的自己とは何かを探求します。芸術、スポーツ、技術を提供する人が自己を没して満足して実践できている時の自己、それなのに時々おきるスランプや空しさ、虚飾で得た名声と苦脳、自分のあやうさ、名声の喪失、自己の罪・悪を感 じる良心、社会貢献や救済活動ができていない苦脳などが深い苦脳でしょう。人格的自己(絶対無の自覚に生きる自己)としてのM&A の実践は何かを探求していくのです。 人生上のさまざまな試練(不快事象)を受け入れて、自己実現の人生を生きていく(マインドフルネス)のが、日本の先人の教えです。日本の文化の根底には、深い自他不二の自己という哲学が流れています。自己と相手(汝)、主観と客観、自己と自然や世界、自己と絶対者などが一体にして不二というのです。
 西田哲学によれば、どの段階の自己にも苦悩、葛藤があります。自己を知らない苦悩、他者 のためになれない苦悩です。苦脳がないという人は、社会の人が苦脳していても自分には関係がないという態度や自分自身に誠実ではない態度です、苦の問題(たとえば、自己の死)を見つめることをさけているというのです。
 自己洞察瞑想療法(SIMT)のセッション10までを実践した人は、意志的自己 まで、おわかりでしょう。さらに、その先を探求、実践していきます。
 セッション10まで、意志的自己になる実践法(仏教で「修行」にあたる )を標準化、定型化しました。さらに、その先があります。 叡智的自己、人格的自己にいたるために、西田哲 学で実践します。西田哲学にいう叡智的自己、人格的自己を悟り、それを社会で生かしていくということです。これを実 践した定型化された手法がありませんので、参加者のみなさんと一緒に読み、 実践していきます。M&Aをよく実践していない人には、難しいはずですから、参 加資格は、セッション10まで実践した人、当研究所のマインドフルネス心理 療法(SIMT)の講座を受けた人とします。
    (注)意志的自己までの段階の実践法も定型化されたものがなかったのですが、グループセッションに15年かけて参加してくださった多数の人たちとの協働作業で作り上げられたのです。 試して実践していただいて、質問、効果をお聞きして、修正してきました。それで、一応、セッション10までを文言化、標準化できました。 それと同様のことを、叡智的自己、人格的自己レベルに至る標準的な手法を探求し開発していきます。詳細な 文言化は、数年かかると思います。ただ、個人の実践次第ですが、体得、体験は、1,2年で会得する人がいると思います。自分で体験するのはやさしいのですが、他の人に伝えるのはとても難しいのです。西田幾多郎はそれをなしとげました。しかし、具体的実践法は書かれていません。 「五輪の書」(宮本武蔵)があるが、どのように実行(剣道の実際)すればいいのか、実践方法がわからないというようなものでしょうか。
     理論はあります。西田哲学の論文です。どう実践したら、深い問題を受容することが体得されるのか、多くの人が深いM&Aの支援者になれるように西田哲学に準じた手法にする、それがM&Aの実践法になります。テキスト化しないと、叡智的自己、人格的自己レベルの支援者が増えません。せっかくの、東洋哲学が社会的に生かされません。叡智的自己、人格的自己レベルをめざして瞑想を行いながら、これかなということを積み重ねて、標準化したものを開発できるのか探求していきます。

 叡智的自己以降は、セッション10までのようには、定型化されていません。進行しながら、参 加者の方と質疑応答しつつ実践手法を作り上げていく方法をとります。疑問、質 問があるということが、自己自身をわかっていないことであるはずです。多く の人の持つ疑問がおそらく定型化されるべき実践法になるだろうと思います。
 参考になる資料を集め、資料を作成する準備がありますので、 3か月に1回くらい開催したいと思います。西田哲学の 種々の自己、種々の世界と、それに関連する西田哲学のさまざまなテーマを原文でみていきます。
意志的自己を越えて深い自己の探求の実践をしていきます。

参加希望受付


<連続記事・目次>種々のマインドフルネス&アクセプタンス
Posted by MF総研/大田 at 09:12 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL