CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«宮沢賢治とマインドフルネスと西田哲学 | Main | 自分に都合のよい情報ばかりに基づく»
種々のマインドフルネス&アクセプタンス [2012年04月07日(Sat)]
◆非定型うつ病はこんな病気
◆非定型うつ病はマイン ドフルネス心理療法(SIMT)ではこうして治す
◆非定型うつ病はマイン ドフルネス心理療法(SIMT)で治るわけ

<連続記事>
種々のマインドフルネス&アクセプタンス

 (7)西洋の哲学による「自己」の位置づけ

 マインドフルネス&アクセプタンス(M&A)として、日米、多くのものがあります。 「自己(私)とはなにものか」という哲学をどのように持つかによって、アクセプタンス、マインドフルネスするものが 違ってきます。
 「自分とはこういうものだ」と思っている(この思う立場にも、ちがいがあると西田哲学では いいます。浅い主観的、独断的、自己中心的な自我の立場からの思考から、絶対無の立場からの 客観的思考まで)そのレベルによって、対象としてみるもの、考えるものが違ってきます。日本 の芸術家は、深いものを見る人が多いのはこのせいです。
 こう述べましたが、西洋の哲学、心理学でいう「自己」は、絶対無の自己では なく、自覚的自己から叡智的自己の浅い位置にあると西田幾多郎は指摘しています。
 カントの「意識一般」、フッサールの現象学、ジェームズの「意識の流れ」を中間に位置づけています。自己について、西洋的な見方もいきづまり、東洋の哲学(知られているのは主に仏教哲学、大乗仏 教の哲学のようです。西田哲学はあまり知られていないかもしれません)に深い人間の哲学が あり、西洋の人たちが関心を持つようになってきたのでしょう。
 心の病気を越えた領域にも、深い自己の見方が心理学として貢献するのならば、東洋哲学の深い自己の立場から、助言できればいいのでしょう。深いものは、禅や念仏にもある(西田がいう)ようですし、西田哲学にも深い自己が説明されています。心理学は上記の西洋の心理学よりも深いものを検討する方向はないのでしょうか。M&Aを実践していると、従来の心理学では説明できないことを体験するはずです。西田幾多郎も多くの芸術家も体験して、その道で、すぐれた業績をあげたのですから、異常心理ではなくて、「真の自己」だといっています。M&Aを真剣に実践する人は、自己を没する、物となって見、物となって働くという体験をする可能性があります。指導者は、 深い体験の意味を知っておく(必ずしも体験的でなくていいのだと思います。哲学的に理解しておく)必要があります。さもないと、浅い自己知識で、深い意識現象を否定してしまうかもしれません。(それも専門家のエゴです=主観的、独断的立場からの自己中心的な評価的判断=本音=煩悩に似る)
 日本の芸術家や宗教者に深い自己が「表現」されています。大変多くの芸術家や宗教者(西田があげているのは道元、親鸞、盤珪などですが良寛もそうでしょう)大乗仏教経典、西田哲学が表現しています。このことが深い自己がある証拠です。それを哲学的に心理学的にあきらかにしておく方向です。欧米のM&Aの人たちが迫ろうとしているのに、日本人が知らないのは奇妙です。
Posted by MF総研/大田 at 08:12 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL