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宮沢賢治とマインドフルネスと西田哲学 [2012年04月06日(Fri)]
◆非定型うつ病はこんな病気
◆非定型うつ病はマイン ドフルネス心理療法(SIMT)ではこうして治す
◆非定型うつ病はマイン ドフルネス心理療法(SIMT)で治るわけ

宮沢賢治とマインドフルネスと西田哲学

 宮沢賢治の童話や詩は、深く自己を探求していく仏教の精神、仏教哲学を表現しようとしてい ます。雑誌「大法輪」4月号が特集しています。
 仏教も自己探求であり、西田哲学もそうです。前者は「仏教という宗教」、西田哲学は、宗教 も学問も、人格も、さまざまなものを論理的に記述しようとした人文科学の一つ。
 はやりの(?)マインドフルネス、アクセプタンス(M&A)も、自己探求ですから、宮沢賢治、 仏教、西田哲学、M&Aは、言葉や表現しようとするものが似てくるところがあります。

 次の宮沢賢治の言葉をご覧ください。実によく似ています。
    わたくしといふ現象は
    仮定された有機交流電燈の
    ひとつの青い照明です
     (あらゆる透明な幽霊の複合体)
    風景やみんなといっしょに
    せはしくせはしく明滅しながら
    いかにもたしかにともりつづける
    因果交流電燈の
    ひとつの青い照明です
     (ひかりはたもち その電燈は失われ)
      (「春と修羅」序)
 賢治の仏教的解釈は、もう多くの研究者が行っているようですから、 西田哲学とM&Aの視点からみましょう。そうすれば、もっとよく賢治の一面がみえてくるかも しれません。
 「わたくしといふ現象は」というのは、「自己」とは何かということ。人によって、違う自己像 を持ちます。「仮定」仮説です。
 マインドフルネス心理療法の一派であるACT(アクセプタンス・コミットメント・セラピー)では、 概念としての自己、プロセスとしての自己、文脈としての自己の3つを仮定しています。 西田哲学は、下記のように、もっと細分化しています。
 「あらゆる透明な幽霊の複合体」は西田哲学の「創造的世界の創造的要素」です。 個人は世界の中で世界によって作られ、生き、世界を作りゆくもの。
 自己は最も深い奥に絶対無の鏡を持ち世界を照らし映します。「照明」であり、「電燈」です。
 「わたくしといふ現象は/ 仮定された有機交流電燈の/ ひとつの青い照明です」
「(あらゆる透明な幽霊の複合体)」
ここまでは、そのように解釈できます。

 「風景やみんなといっしょに
せはしくせはしく明滅しながら
いかにもたしかにともりつづける
因果交流電燈の
ひとつの青い照明です」
 自己という鏡は自己(の場所)に於いて、すべて(風景も他のすべての人も)を 自己の中に映します。西田哲学の自己(具体的一般者)のノエマ、働きです、自己限定作用です 。その作用で映され表現される影、対象的、映された影、ノエマが、「ひかり」です。 もっとあるのですが、いつか機会があれば、お話させていただきます。
 すべての人が、内に電燈(仏教では、空、仏性という一派もある)を持つので、それから発せ られる「ひかり」と風景、みんなが見える。しかし、「電燈」は見失われている。 仏教学者の竹村牧男氏が、現在の仏教から根底の哲学が見失われたという。西田幾多郎の孫、上 田薫氏が、西田哲学のテキストが読まれても、現実社会の場でいかされていないことを嘆かれた。
 仏教も西田哲学も、表面(ひかり)の膨大な文字は見られるが、根底のそれを生み出す真の自 己が見失われている。賢治は、深い仏教探求者だったのだ。西田哲学は、宗教感情的にではなく 、論理的に真の自己を説明している。それになりきり、社会に生かせるかどうかは、哲学研究と は別のことになってしまう。同様のことが繰り返される。M&Aもまた、表面の「ひかり」、形式的 M&Aだけがおいかけられて、M&Aを作っている「真の自己」「電燈」が失われる。何度も同じこと を繰り返す。 人間は、繰り返す。自己のレベルがさまざまであるから。判断的自己、知的自己、感情的自己、意志的(自覚 的)自己、叡智的自己(3段階ある)、人格的自己。ひとはすべて、このどれかだと思っている(「仮定」している) 。その仮説、仮定の立場から見る、「わたしという現象」である。「電燈」に気づいていない自己像を持つ人がいる。
 (ひかりはたもち その電燈は失われ)

 同じようなことを繰り返さないように、こういうことを学びたい。 仏教語を使うと、さまざまな宗教信仰を持つ人の子どもがいる学校や公共の場所では学習しにくい。「宗教はお断り」という施設もある。NPO法人も宗教を主にしてはならない。これからは、 欧米のM&A者も注目する「哲学」がいいと思う。哲学を心理学にする。実践する臨床心理学にする。

岩手県へ

 宮沢賢治の故郷、岩手県が被災しました。復興の途上にあります。 そこを訪れることが、現地の支援になると言われます。観光などの支援になります。この非常時に、宮沢賢治の心がともし火になります。 夏に、宮沢賢治のふるさとをいっしょに訪問しませんか。賢治関連のたくさんの史跡(?)があります。
 現地の旅行会社かNPOなどが、ツアーを企画してくださいませんか。バスで花巻周辺の賢治の遺跡をめぐる旅です。やはり、復興支援という意味で、現地の組織の収益になるように、現地の旅行代理店に企画していただきたい。 時間があれば、宿泊施設か、賢治記念館で、賢治と西田哲学、M&Aのことをざっと概観する説明をさせていただきます。 もし、企画してくださるなら、マインドフルネス総合研究所でもPRします。参加者にツアー代金を出していただいて、現地の方が、マインドフルネス心理療法の実習を受けられます。現地企業と宿泊施設などの収益になります。最小催行人数はどれくらいでしょうか。
 来年、毎月、数ヶ月、実施できれば、そのツアーに引き続きカウンセラー育成講座とグループセッションを連続でできます。ツアーの参加者と講座の参加者は別です。 そうすれば、低額でカウンセラー育成講座とカウンセリングを連続してできます。現地周辺で、マインドフルネス心理療法(SIMT)のスキルを習得したい人の支援になります。 岩手県に、マインドフルネス心理療法(SIMT)のスキルを持つ人が増えます。

他の都市でも

 本の出版後、他の地区でも、マインドフルネスの実習会を開きたいのですが、会場の様子がわかりませんし、参加希望者の募集が難しいです。金子みすずの山口県、西田幾多郎や鈴木大拙の石川県、 西田幾多郎の師僧が寺を出て社会で生活した福井県西部、高橋新吉の愛媛県、志賀直哉をめぐる岡山や島根があります。そういう人の足跡を訪問する知的な旅に参加する人、現地付近でのM&Aの実習をからめて企画していただけませんか。そちらで、低額で、実習の会を開催できます。 魅力ある土地ならば、参加希望者が多く、連続講座をセットできるでしょう。1年に、1,2箇所しかできませんので、関心のある方はご連絡ください。
【宮沢賢治の目次】
http://blog.canpan.info/jitou/archive/2383 
★(この記事)宮沢賢治と西田哲学・春と修羅
http://blog.canpan.info/jitou/archive/2375 
★「マグノリアの木」
http://blog.canpan.info/jitou/archive/560 
★「貝の火」
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★「世界がぜんたい幸福にならないうちは」
http://blog.canpan.info/jitou/archive/2300 
★「世界がぜんたい幸福にならないうちは」
http://blog.canpan.info/jitou/archive/2596 
★「世界がぜんたい幸福にならないうちは」
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★「世界がぜんたい幸福にならないうちは」
http://blog.canpan.info/jitou/archive/3287 
★「世界がぜんたい幸福にならないうちは」
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★「世界がぜんたい幸福にならないうちは」
Posted by MF総研/大田 at 08:22 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL