CANPAN ブログ検索
Loading
  • もっと見る
«種々のマインドフルネス&アクセプタンス | Main | 種々のマインドフルネス&アクセプタンス»
種々のマインドフルネス&アクセプタンス [2012年04月02日(Mon)]
◆非定型うつ病はこんな病気
◆非定型うつ病はマイン ドフルネス心理療法(SIMT)ではこうして治す
◆非定型うつ病はマイン ドフルネス心理療法(SIMT)で治るわけ

<連続記事>
種々のマインドフルネス&アクセプタンス

 (4)当為価値、存在価値(2)

 マインドフルネス&アクセプタンス(M&A)として、日米、多くのものがあります。 「自己とはなにか」についてどんな哲学を持つかによって、アクセプタンス、マインドフルネスするものが 違ってきます。
 自分が魂のように、世界と別に存在すると思う判断的自己の哲学を持つ人は、 意志的自己レベルのM&Aを指導することはできません。深いものを会得した人は初心者も指導できます。芸術、スポーツの一流のプロは子どもも指導できます。しかし、浅い技の人は初心者しか指導できないのと同様です。
 幼い子(成熟した大人にもいる)は、判断的自己。自然界のものを、あれは花、あれは、犬、 犬は動物と判断するものを自分と考えている(自己の哲学)。外に在るものを実在と見て、自分は自然界の外にあるものとみ ている。
 少し成長すると「知的自己」。山、犬は、自分が見た対象だ、自分は見て知るものだとおもう (そういう自己の哲学をもつ)。それが、わからない、知らないものがあると、感情を起こす。 知るが、行動がない。知らない自分を嫌う。「感情的自己」。心の病気になると、これも多く起 きる。
 さらに哲学的(年齢ではなく)に成長すると、自覚的自己(意志的自己)になる。これは、 自然界のものを単に知るものとはみない。自分の価値を実現するもの、行動の目的となる。外界 を見て、目的に向けて意志を起こし、行動する。見て行動し、行動してみる。行動するものが自 己である。そういう哲学を持つ。見る、行動するなかで、自分の価値実現に合致すれば、喜びの 感情を起こし、自愛する。実現しなければ、嫌う感情を起こす。自己を嫌悪する。
 こうして、判断的自己は対象を外に見る。このような浅い自己にもマインドフルネス、アクセ プタンス(M&A)のトレーニングがある。
 知的自己は、自然界のものを意識作用の対象であると見る。心の病気の人は、このM&Aさえも必要であ る。電車、視線、職場などを外にある実在と見ているが、意識作用が作ったものというM&Aを訓練する。 痛みのM&Aならば、このレベルである。行動レベルの問題ではないから。
 意志的自己は、世界を目的実現の世界とみる。自分の掲げる人生目標(価値)のために行動するのが自己である。心の病気になると、 そう見えない。行動できない。そこで、 意志的自己は、すべての意識作用を見る意志を起こして、不快なことを受け入れて、行動できるものであるというM&Aを訓練 する。意志的自己は世界を見ている、目的にあっているかを見て、行動している。 心の病気の治療は、この程度ですむ。
 しかし、 もっと深い自己の哲学を持つ人がいる。意志的自己くらいは、スポーツ、芸術、きびしいビジネ ス世界で成功している人、さまざまな専門家は、超えている。叡智的自己に入る。 こういう人は、常に自己自身を見る(直観という)。スポーツの技、奏でつつある演奏や芸、創作す る作品は自己自身の表現である。その表現が思い通りであるかどうか、確認(直観)  しながら技、演奏し、演じ、作品を作る、見つつ作る。これが、うまくいかないと、技、作品を嫌悪する感 情を起こし、自己を嫌悪する。うまく進行していれば、自愛する。叡智的自己は、意識作用や対象世界を見 る(意志的自己)のではなく、自己自身を見る。しかも、自己自身の内容を対象的方向に表現する。 このような深い人には、自己自身を見るレベルのM&Aが要求されている。芸術、芸能関係者の苦悩 は自己自身をうまく表現できない自己自身に苦悩する。
 もっと深い自己があり、悪を犯す自己に苦脳する自己、共通の問題は、自己の死であろう。
さまざまなM&Aがある。一律にはいかない。 M&Aでどういう目標をねらうか、レベルが合致している手法を用いないと効果が現れないだろう。 スポーツ、芸能関係の専門家や、末期だと告知された人に、知的レベル、意志的レベルのM&Aを言うと、しかられるか、がっ かりするだろう。心の専門家もそうかもしれない。そんなことくらい知っていると。 しかし、実は、西田哲学でいう叡智的自己を探求する訓練をしている人は少ない。襌における深い真の自己探求に類似する。知る心理士は少ないだろう。
 精神疾患の治療は、浅いレベルの技法を用いている。認知療法やマインドフルネス心理療法は、すべての人が習得するわけではないから、これさえもできない心理士 が多いはずである。認知療法は、思惟的自己(意志的自己より浅い)の一つの思惟内容を別の内容に置き換 える手法を用いる。思惟のM&Aである。深い意志作用を知らない自己である。 だから、欧米では、認知療法は限界があるとして、 離れて、第3世代のマインドフルネス、アクセプタンスに移行しつつある。しかし、M&Aにも、 判断的レベル、知的レベル、思惟レベル、もっと深いものがある。東洋哲学、西田哲学はそう教 えている。深い自己ほど、広く深いものをアクセプタンス、マインドフルネスするのである。 外的なもの、知識、自分の幸福(仕事)、自己自身かなどのM&Aはひろさと深さがちがう技法になる。最も深いM&Aは、最も汎用性がある。
 M&Aは、目標、領域に合致したものを用いたほうがいいことになる。しかし、指導できるスキルを持っているかどうかは、別問題である。知ることと、行動することとは別である。M&Aそのものにもそれがいえる。深いことをいうM&A者が、そこまで実践しているM&A者とは限らない。知識と行動は別である。 深いこと言う人が、実際には浅い行動になっていることが多いことを西田哲学が教える。 深いものが、仏教にも、西田哲学にもあるという人がいるのであるが、現実の社会にいかされていない(竹村牧男氏、上田薫氏)。知識レベルと叡智的レベルの違いであろう。
 マインドフルネス、アクセプタンスは、元来、東洋的な実践なのだから、輸入だけに頼らず、東洋哲学の 本家の日本が、日本独自の深いM&Aを開発すべきである。 日本独自のM&Aは無限に可能性があるが、課題は多い。まだ始まったばかりである。いや、始まってもいない。まだ、専門家が日本の宝を使っていない。真の自己を知るM&Aが指導されれば、つらい現実をアクセプタンスして、行動できる。うつ病、自殺が減少するはずであるのに、一向に減少しない。課題が多い。
<連続記事・目次>種々のマインドフルネス&アクセプタンス
Posted by MF総研/大田 at 20:19 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL