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講演=自己洞察瞑想療法の基礎にある西田哲学 [2012年03月24日(Sat)]

講演

 東京で講演させていただきました。
古くから日本文化の底にながれる自他不二の哲学(自己の中に世界があり、世界の中に自己があ る)を基礎にした日本独自のマインドフルネス&アクセプタンス(M&A)を構築したいというのが趣旨でし た。いつか、要旨を掲載いたします。
 この哲学に導かれて自己を深めていくM&Aの長所は、日本文化や仏教も理解できることかもしれませんね。これらにも似た哲学があって、西田哲学は、芸術、道徳、学問についても説明しています。
 講演の参加者のかたとお話しして、色々なマインドフルネスが展開されていることを知りました。M&Aにも、多くの流派がありそうで、好きなものを選択できて、広く普及していきそうです。 大乗仏教も、日本の仏教も多数の流派が成立しました。マインドフルネス&アクセプタンスも 背景の理念や哲学の違いから多数の流派ができそうです。
 襌の実践、西田哲学を応用した自己洞察瞑想法(SIMT:Self Insight Meditation Tecnology/Therapy )は、従来、心理学を全く勉強していない人(私がそうです。心理学を勉強していません。勉強 したのは、襌、西田哲学、ワーキングメモリ(作業記憶)などの神経生理学、うつ病の病理です)でも、できる手法です。普通の人間の「心」、「自分とは何か」を襌に似た洞察実践の方法と哲学の智慧に導 かれて深く深く洞察していく実践的探求(目覚めている時間常に探求している)だからでしょう。だから、心理学(心理学系の大学院に入学して2年間学習)を勉強できなかった人、仕事などのため心理学 を勉強できない人(たとえば、医師、看護師、保健師、民生委員、公務員、ビジネスマンなど幅 広い人材)が習得できると思います。だから、じわじわと広まり始めているのですね。(ただし、 マインドフルネス心理療法として、SIMTも、他のマインドフルネス心理療法も、治癒割合の高い臨床心理学となっています。従来心理学を使わず、新しい心理療法を創作した。そのテキストが心理学といえます。メタ認知心理学に類似しています。)
 また、西田哲学を基礎にすることの最も顕著な特色は、仏教用語を用いなことと、 人はすべての人が無差別平等の底を持 つということを、西田哲学の言葉で論理的にいえることかもしれません。大乗仏教では、すべての人が「仏性」を持つという一派(如来蔵派)がありました。 仏教学では、その定義さえも、議論百出で、確定できません。そして、 それは、宗教的な言い方で、宗教の中立性(キリスト教や仏教の特定の宗派から)が言われる公共の場や教育現場では使いにくい用語ですし、信じにくいかもしれません(だから、これを否定する仏教学者も多い)が、西田哲学では論理的に説明していま す。人の根底の共通性をいっています。それは、すべての人の本質が無差別、平等であることになります。宗教用語によらず、宗教思想によらずに、宗教的に中立で説明できます。
 SIMTでは、「仏性」に相当する事態も新しい用語に置き換える ことが必要になるでしょう。「人格底」か、「人格性」か。 (用語の置き換えも、まだ、始まったばかりです。これからです。) ともあれ、 この考え方は、しいたげられた人、虐待された人、暴力を受けた人、愛されなかった人など、自己評 価がきわめて低くて苦悩するひとに光明となるのではないでしょうか。また、 そういうことが日本でも至るところに(医療、介護、教育、ビジネスの現場においてエゴによる人権のふみにじり)起こっています。人の底の人格を認めず、物あつかい、道具扱いしているのではないでしょうか。
 どうせ、何年もマインド フルネスを実践していくならば、そういう深い目標を云う西田哲学的な(昔の大乗仏教に似た)智慧を現代にふさわしく衣替えして心理学として、それを帯びて実践していくことは尊いことだと思いま す。M&Aは、特別の時間を作って行うことは、15分位(治療する人は30分)の静かな瞑想の時間を持つことくらいで、あとは、日常の生活行動の中で同時に探求していくものです。どうせ、5年10年実践するつもりならば、人格とは何か、人間性とは何かというテーマを帯びてM&Aを実践することは、無駄ではありません。ひょっとしたら、M&Aの専門家が、その技術のレベルを向上すればするほど、自己を執着するおそれがあること(西田哲学が懸念したこと=専門家の独断、我執)が起きるかもしれません。自己のものを最良とする自己を執着することをあくまでも消すことを求めている西田哲学です。 人はすべて、根底は宝、それが見失われている。そのことを教えてくれる西田哲学がまた埋もれていて、かえりみられていない。 西田哲学のような哲学を背景にするマインドフルネスには、長所があると思います。特徴の一端を紹介させていただきました。学ぶ人、救済されるべき人は多様です。 西田哲学は難しいといわれているので、すべての人が好きになれるわけでもないでしょう。 色々な マインドフルネスがあって、「みんなちがってみんないい」(金子みすずの詩の一節)です。ただ、初級レベルは、うつ病で苦しむ人でさえも実践できる人が多く現われていることはこのブログやホームページでご紹介しているとおりです。ただ、続けられない人もおられるのですが、それは、月1回のグループ指導(個別指導をしない)のせいかもしれません。指導者が多くなれば、個別指導ができますので、続けられる人がふえます。種々のM&Aが日本でも、広まりそうですので、指導者も増えて、個別指導を受ける場もできるでしょう。
Posted by MF総研/大田 at 23:13 | マインドフルネス心理療法 | この記事のURL