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宗教でなく医学=自己洞察瞑想療法(SIMT) [2012年01月15日(Sun)]

宗教でなく医学=自己洞察瞑想療法(SIMT)

 自己洞察瞑想療法(SIMT:Self Insight Meditation Therapy)は宗教ではなくて、 医学ですが、決定的な違いを指摘しておきます。論理的(西田哲学や神経生理学的な)に説明不能 の部分は用いないことです。「開祖の言葉だから信じてやればいいのだ」というような論理的では ないものはとりいれないことです。
 心理療法、医療ならば、その体系の中で、その病気の症状の記述、その症状が起きる原因 (病因=仮説でよい、後に述べるセロトニン仮説、認知のゆがみ仮説と同様)、それを治す理論(仮説に基づく)が、科学的に、医学的に説明されなければならないこと、 それと治療法(心理療法としての介入方法、課題)が論理的か神経生理学的か心理学的(深い精神、意志まで含む)に説明され ていることです。宗教の論理では医学になりません。釈尊や開祖の言葉だから「これをする」というのは宗教であって、医療になりません。病気との関連の説明がありません。
 SIMTでは、哲学や神経生理学の成果を利用して、「仮説」を立てて、ある程度の理解度を持つ人 には納得するような説明をつけています。 他のマインドフルネス心理療法も心理学的に説明しています。同様の態度です。

簡単に「仮説」を説明

 SIMTの仮説とはこのようなことと、説明してみます。
 原因については、過去には求めません。「今、心理的柔軟性に欠ける」のが原因である、今、非叡智的フュージョンがあり、今、神経生理学的フュージョンがある。身体的、心理的な苦悩がある時に、それに抵抗できる意志作用を用いずに、衝動的思考行動を繰返すために、病気が治りません。
 うつ病は心理的柔軟性の欠如により、何かの出来事に遭遇して、否定的な思考を起こし、扁桃体 、HPA系(視床下部ー下垂体ー副腎皮質)を興奮させてストレスホルモンを過剰に分泌させて、前頭前野、海馬などを障害して発症す る。非定型うつ病は、扁桃体の興奮が鉛様麻痺感の部位にスイッチを入れる。 治すためには、否定的な思考をコントロールしなければならない。思考をコントロールする意識作 用を西田哲学では意志作用という。意志作用を活性化して、思考のコントロールをすれば、 ストレスホルモンの過剰分泌がとまるし、鉛様麻痺感へのスイッチが入らない。 これ以上は傷つかない。止まるだけでは、悪化したまま回復せず現状維持で推移するかもしれない。 しかし、 一方、 意志作用の使い方自体が、ワーキングメモリ(作業記憶 )としての前頭前野、帯状回などのリハビリテーションにあたっており、傷ついた神経細胞を修復する・・・。もう省略します 。SIMTには、いくつかの仮設があります。西田哲学や神経生理学の研究成果から仮説をいくつか立 てました。その仮説により、治療する。そうすると、かなり治った。効果がある。こういう理屈で す。
 抗うつ薬の仮説は、うつ病はセロトニン神経の低下によるというものです。認知療法の仮説は、 うつ病は認知のゆがみが引き起こすというのが仮説です。ある程度治るが、どうも、この仮説では 治らない人がいる。仮説がゆらいでいる。
 SIMTの仮説、意志作用の活性化は、認知を置き換える手法ではなくて、すべての身体的、心理的事象を観察し、衝動的自己思考を中断し、 価値実現の行為を選択することである。そのような訓練をすれば治る。具体的な方法を示している 。 こういうわけでうつ病が治る。過去の実践でも効果が証明されている。
 こういうふうに、論理的に説明されています。論理的に説明できない課題は、儀式、作法は行わ ない。こういうわけで、SIMTは医療です。

医療は有用性のために変化していく

 宗教は、論理的ではなくて、釈尊や開祖がいうから信じなさいという人もいます。問答無用、論理的な議論は無用 、開祖の言葉は絶対であると解釈されます。絶対に変化、追加してはならない。ただし、初期仏教は縁起説で説明しています。大乗仏教の唯識も論理的に説明しています。ただし、それによる、実践が失われました。
 ごく大雑把に、医療としてのSIMTの方法を説明しました。病因、治す理論は、神経生理学の研究 の進展によって変化していきます。宗教のように絶対不変ということはありません。 いくつかのマインドフルネス心理療法がありますが、将来は、いいところを取り入れて、一つのも のに集約されていくような気がします。治療割合の高いこと、習得容易性など5つの条件が心理療 法の条件だからです。リネハンの弁証法的行動療法は大変壮大ですから、これが全体の基盤でいい 。 その中の一部に、SIMTの技法が吸収されてもいい。 リネハンは「弁証法的」といいいますが、弁証法には種々あるのだそうです。西田哲学も弁証法的 です(そうではないという哲学者もおられるそうですが心理療法には厳密な差異は問題とはならな いでしょう)。弁証法的行動療法が、SIMTと同様に、西田哲学をその弁証法の根拠にしていいわけ です。西田哲学は大変、緻密で論理的に自己というものと現実の世界を洞察する実践的な哲学です から、 病気の治療や支援者の実践を説明するのに都合がいい(説得的)ような気がします。

マインドフルネス心理療法が欧米に現われた現在、今後西田哲学が見直される

 欧米のマインドフルネス心理療法の大部分(弁証法的行動療法=リネハンやMSRP=ジョン・カバト ・ツィン)は、東洋哲学を応用しているといわれます。 東洋哲学をマインドフルネス心理療法で説明するために、欧米のマインドフルネス心理療法者が西 田哲学のようにもう少し論理的な言葉にするために、西田哲学を研究するのではないでしょうか。 ACTも、弁証法的行動療法も、内奥の場所のような自己について記述していますが、翻訳されたもの ではわかりにくい。言葉で説明するなら、結局、西田哲学のように言わざるをえないのではないで しょうか。なぜなら、西洋ではあまり見られなかったもので、彼らが「東洋哲学」だというのです から。東洋哲学でも昔の大乗仏教や平安、鎌倉仏教であり、現在の仏教の解釈説明では、現代の医学には使いにくいでしょう。昔の仏教にあった 深い哲学はこれまであまり解明されていないと東洋大学学長、竹村牧男氏はいいます。
     「日本の仏教においてはいまだじゅうぶんに検討 されていないことも事実である。」(「入門 哲学としての仏教」竹村牧男、講談社現代新書、255頁)
 こちらに、アメリカのマインドフルネス心理療法者の言葉を紹介しました。あちこちに、 東洋哲学を賞賛しています。現代人の苦悩を救うと。 アメリカのマインドフルネス心理療法
 ところが、日本の仏教者は、こういう哲学をいうひとがほとんどいないということです。アメリ カの人がいう宝が埋もれています。
 だから、今後、若い人に深い東洋哲学の解明を期待されるのです。昔の大乗仏教の哲学が西田哲学に近いという(同167頁)のです。
     「もっと、仏教が本来持っていた豊かな思想・議論に耳を傾けるべきではなかろうか。そして、それらを現代社会の課題に応えうるよう、さらに鍛え上げていく必要がある。」(同257頁)

     「若い人々こそが、この貴重な「心の世界遺産」としての仏教思想、仏教哲学に関心を持ってくださり、それを鋭意、時代に活かしていくことをめざしてくれるなら、心からうれしく思うのである。」(同262頁)
 今後、西田哲学や昔の大乗仏教が欧米でも見直され、尊敬され、研究されるのではないでしょうか。 哲学者も西田哲学を評価しています。
 たとえば、「西田哲学の論理と方法」(板橋勇仁、法政大学出版局)では「学問としての厳密な 論理」「厳密な学の立場に立つ」(213頁)など評価しています。 日本の学問、専門家には、厳密ではないところがあります。ある立場を作って自己に都合のいい論理を 展開するとか、自己の組織内の立場を優先する解釈をとるものがあり、世界的立場、立場のない立場に立たない 専門家がいるのです、そういうことを批判する西田哲学です。ヴィクトール・E・フランクルも、学問の全体主義、還元主義といって批判しています。
 また「西田哲学の基層」(小坂国継、岩波現代文庫)では「西田哲学は一貫して生の根本の意味 を究明しようとする哲学である。現実の世界の真相を解明しようとする哲学である」(あとがき)、 「今後、西田哲学は西洋においてますます多くの関心と共鳴を得るのではなかろうか」(まえがき) とされています。
 日本人が軽視、無視した禅、東洋哲学の方法で 心の病気を治すことを欧米の人が始めました。自己洞察瞑想療法(SIMT)は西田哲学を理論的背景にしました。自己嫌悪、自己の死の苦悩についてまで援助できます。日本人が捨 てた状況になっている西田哲学が欧米によって再評価されるかもしれません。
Posted by MF総研/大田 at 17:50 | 私たちの心理療法 | この記事のURL